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「クリスマスにケーキを切り分けて食べる意味は?」、「サンタクロース=恵比寿、大黒?」

物語を物語る

みなさん、クリスマスはどう過ごされましたか?
私はいつものように「イブに牛丼」でした。毎年この時期は、帰宅が遅いので仕方ありませんが……。
そして、夜中にひとりでケーキを食べる。さみしい、むなしい、クリスマスの夜。
でも、なんでそんな気分になるんですかね。仕事で帰りが遅くなれば、ひとりで食事を取るなんていつもと変わらない日常なのに。そこはやはり「聖夜は特別で、家族や親しい人と過ごす」ということが世の中に染みついているからなんでしょうね。
で、この「クリスマスにケーキを食べる」という習慣、日本人にとってこれほど浸透したものはないでしょう。しかも一人で食べるのは寂しいと感じさせるほど、「みんなで食べる」ことをかなり意識させる。この特別な日に、みんなが「意識的」に同じものを分け合って食べるということに意味があるのでしょう。

そこで最近読んだ本から一節を引用します。
山極寿一著「暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る」 (NHKブックス)から、
「家族が分かち合うもの
(ゴリラ社会では)……こうして生まれた家族内、家族間のきずなは、食の共有によって強められた。人類は奇妙な食習慣をもっている、それは常に仲間と食事をともにするということだ。自分ひとりで食べられるものをわざわざ仲間と分け合おうとするし、仲間といっしょに食べるために食物を集めにいく。現代人はそれが当たり前だと考えているが、人間以外の霊長類にとってはとても不思議なことである。本来葛藤のもとになるはずの食物をなぜ、親しい仲間との社会交渉に使うのか。よく考えてみれば、ずいぶんおかしなことをやっている。だがこれは、類人猿の行う採食場所の譲渡や食物の分配から受け継がれてきた行動特性であり、それを独自に発展させてきたものである。ニホンザルの優劣社会と違って、類人猿の食には劣位者が食物を前にして優位者に自制を要求するという特性がある。優位者がそれを了解したときに初めて、優劣に関係なく複数の仲間が顔をつき合わせて共食することができる。そして、共食をすることで、互いにきずなや協力関係にあることを確認できるのである。初期の人類はこの食の共同と共存を支える働きを、家族内だけでなく家族間にも用いたに違いない。共食はどの文化でも家族を超えた仲間に対して行われており、隣人に食物を与えない家族は軽蔑され、みんなに後ろ指を指されることになる。……」
著者は霊長類のゴリラやチンパンジーの社会生態学や人類進化論を研究している方。そしてこの本は、その研究から人間社会の根源を探ろうとしたもの。
これを読むと、クリスマスに様々な食物を集めてみんなで食べるという行為が、かなり意味深いことが分かる。最近はクリスマスに「ピザ」も食べるようで、これも一つのものを切り分けてみんなで食べることになるから同じ意味合いになるのか。となれば、クリスマスプレゼントの授受を行うのも互いのきずなを確かめ合うための意識的行動なのだろう。
日本人はこれらを再確認するために、クリスマスが「特別な日」の一つとして存在しているのかもしれない。

そしてもうひとつ、クリスマスは、日本人の祭りや儀式の一つとして取り込まれているということ。(以下、ほとんど感で書いてます。)
つまり日本人にとって、クリスマスが「キリストの誕生」を祝う行事として浸透したわけではないことは周知の通りでしょう。ただ、仲間や家族が集まり、特別な食料を集め、それを囲んで食し、楽しむ日だと考えている。そこにキリスト教や西洋文化はあまり必要ない。求められたのは、祭事を盛り上げるための舞台装置である。だがら、キリスト教圏で行われるクリスマスの行事とは、一見雰囲気は同じであっても、それは日本人的なものに変形されている。それは料理を見ても分かる。日本では、家庭で開くクリスマスパーティーには、寿司や刺身が用意されたりする。外国ではまずありえないだろう。また、一部はカレーだったり中華料理だったりする。すでにどこに国の食卓かも分からない。(実際、クリスマスに高級カレールーや中華材料が売れている) これはかなり独特だろう。つまり日本人にとってクリスマスは毎年行われる「祭事」「ハレの日」だということ。
また「クリスマスケーキでは、ろうそくに火を灯して、電気を消し、それを吹き消す。(必要なのは静寂と暗闇) そこで、時に、人は願いごとをする。そして、一斉に同じことばを唱える。」(「メリークリスマス」と言うが、みなが同じ言葉を発するという行為が実に呪術的である。それに全体の流れが宗教的儀式に近い)
この行為こそ、どこか神事的儀式そのものだろう。
そして、この「儀式」が終了したのちに、参加者みんなで食することになる。
これは「直会」そのものではないのか。http://pcscd431.blog103.fc2.com/blog-entry-239.htmlまた、福を運んでくるサンタクロースは「マレビト」ではないのか。
気になっていたのだが、サンタクロースの造形は「恵比寿+大黒」に似ているということだ。
恵比寿は異邦から漂着、来臨する神。大黒さんは大きな袋を担いで福を運んでくる。髭をはやした恰幅のいいおやじが遠くからやってくる。
サンタクロース=恵比寿、大黒。これは当たっていると思う。

クリスマスが、日本人に違和感なく浸透していったのはそこに受け入れる下地が存在し、また日本人の好みに合うように変形させたからだろう。

というわけで、Xmasの夜に一人で、勝手なクリスマス解釈をしてみました。




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消えた二十二巻

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