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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第4章 8

物語を物語る



後醍醐天皇に見放された新田一族が越前に落ちてからというもの、義貞は心の平穏を求めて時宗の北国道場であった称念寺を度々訪れた。
この寺の住職白雲上人は徳の高い人物として知られ、信心に厚い義貞は、その教えを請うために推参を重ねていたのである。
上人は壮年を向かえ、義貞とそれほど歳は変わらなかった。が、その風貌は、凛然としていて、精神は既に老熟の域に至り、諦観の境地に達していた。また何よりも清廉であった。義貞が今まで見てきた南都北嶺の沙門、鎌倉の禅僧らに、この心根はなかった。
また時宗そのものが、当時の仏教としては奇異であった。貴賎男女を選ばず、一切の迷いを捨て去る特異な教義である。
絶え間ない迷途の中にいる義貞にとって、まずこの点に興味を引かれた。また白雲上人が、遠く都を離れ、この教義を求道するその姿勢に深く崇敬していた。
方や上人のほうでも、義貞の屈託のない笑顔に好感を持っていた。家臣にはその威風を示す必要もあったから、大将らしい威厳を不断に保たねばならない。それは挙兵以来、笑顔を見せることなど稀なことであった。しかし上人に時たま見せるその表情に、純粋な精神が宿っていることを発見したのである。
そして義貞は上人を訪ねては、度々質問したことがある。
「捨て去るとはいかなることか?」
当初は、この問いの本意が那辺にあるのか分からなかった。義貞が心の安息だけを求めてここにやって来ているのではない、ということだけは感じていた。
(それでは義貞殿は何を求めているのか)
数回の問答の内に、義貞があらゆる拘束に縛られ、もがき苦しんでいることが次第に分かってきたのである。だからこそ、上人は、時宗開祖・一遍の話をよくした。一遍は、武士の出あり、妻、愛妾、兄弟縁者のしがらみから逃れたいがために出家した。そしてこの時宗の本旨である「すべてを捨て去る」という境地に達したのであった。上人はこの本意を義貞に説いた。また義貞はそこに心を強く引かれたのか、好んでこの話を欲したのである。
そしてある日の昼下がり。義貞は寺を訪れ、上人と対峙した。ただこのころの義貞は違っていた。越前の敵城を次々と攻め落とし、どこか意気揚々したものを漂わせていたのである。勝ち勇んでいる義貞を見て、このように浮かれているときにこそ何か危険を孕んでいると上人は見て取った。上人は心中を見通すように義貞を見た。狂ったように戦いに明け暮れる義貞に対し、何が義貞を戦に駆り立てるのか。上人の方から問いかける。
「何故そのように戦うのか。それほどまでに覇権を手中にして、何を得ようというのかな?」
意外な問いに、義貞は答えに窮したのか少し間が空いた。義貞自身も今となっては何故戦うのか分からなくなっているかようだった。
「ただ今となっては権力が欲しいだけかもしれん。しかしこれは我らだけではない。足利一門もそれを欲しているのだ。足利が我ら新田を消し去ろうとしているように、我らも足利一門を我らの前に膝を屈しさせたいと思っているだけだ。この戦いはどちらかが消え去るまで永遠に続くだろう」と義貞は少し語気を荒げて言った。義貞にしてみれば生きている意義を問われているようで、愉快ではなかったのか。度重なる戦や公家との駆け引きで、感情を抑えることを学び、泰然と構えることを心掛けていた。しかし義貞は元々かっと血の気が上がると、押さえられない性格であった。
それを見越して、上人は同じ問いかけをした。「では何が義貞殿を戦に向かわせるのか?」
義貞はこの問いにうっと言葉を詰まらせ、すぐに返答ができなかった。そして上人の問い掛けに何らかの意図があると察した。義貞は目を閉じ、今ある自分の状況に思考を巡らした。
暫くの沈黙の後、上人が静かに語り始めた。
「所詮、権力の亡者となった者やその一族の末路がどのようになったのか、思い浮かべることです。結局のところ、時の流れに勝った者などいないということです。平家も源氏も、頼朝殿や義経殿、源氏の嫡流でさえ消え去った。あれほどの権勢を誇った北条氏でさえも例外ではなかった。権力争いがいかに愚かであるかを知ることです。この権力の妄執も、足利一門への恨みも、深ければ深いほど、死してもこの呪縛から逃れることはできないでしょう」
戦人に戦を止めよとは、仏法の僧に念仏を止めよというほど無駄なことであるが、追い詰められて戦に明け暮れる義貞を見ていると、言わずにはいられなかった。
事実、一族の尊望は、義貞に重く伸し掛かっていた。すべてを捨て去り一人生き延びることなど、周りのだれもが許さないし、第一義貞自身の心情が許さないであろう。上人は義貞が全ての束縛から解放される方策はないかと思い巡らすが、何の解決策など見つかるはずもなかった。
一方、義貞も上人の言葉に思慮を深めていった。(何故戦うのか)という問いが何度も頭を駆け巡る。ただ戦いがいかに無意味であり、目先の勝ち負けに囚われてはいけないということを幾多の経験から肌身に感じていた。勝ち戦も所詮はその場限りで優位になったというだけであった。
思えば、尊氏のことを、瞋恚の炎を燃やすほど恨んでいるのではない。新田一族にとって足利氏は憎むでき存在ではあるが……。ともに源氏の名門を率いていく棟梁としての深い孤独を知っているからだ。そしてこの重圧から逃れるように、尊氏もまた仏法にすがって生きていた。
そこまでして何故戦う。何度も自らに問い掛けた。そしてふと北条一族の最期を思い出した。あの死屍累々となった姿を……。暗愚といわれた北条高時でさえ最期のときに付き添った者が二百名以上にも及び、勝ち目のない戦に義を尽くして死んだ武将も多くいた。権勢を誇り、栄華を極めた一族が数日の内にこのような末路を辿るとは誰が予期できたであろうか。それを行った義貞自身でさえ信じられないことであった。ただ勝ち勇む家臣の前ではその心中を隠したのである。
長い沈黙の後、義貞は目を開き、上人の問いに答えた。「我ら一族は、北条家からの使者を梟首したときに、すでに我らの命は無いと思っていた。あのとき鎌倉を枕にして討ち死にする覚悟で兵を挙げ、生品明神の前で、この魂を天に預けたのである。討って出る以上、後々まで語られる武士らしい死に様をさせて頂きたいと、ただそれだけを祈願した。だが、神は我を生かした……。それ以来死に場所を求めて戦っているのかもしれない」
武士である以上いかに死ぬかを常に考えていた。正成のように華々しく死ぬことこそ、武士の本望だと義貞は思った。
「武士に生まれた宿命なのか」と上人は深い嘆息をした。しかし今現在、義貞を戦に駆り立てているのはそれだけが理由ではあるまいと、上人は感じていた。義貞殿はあまりにも急いではいるが、死に急いでいるわけではない。そこには生への渇望がある。何がそうさせるのか。後醍醐天皇からの京都出征要請か、いや違う。これは南朝のためでも一族のためでもない。これは義貞殿自身の問題だろう。
「もしや内侍殿を迎えることばかり考えているのではないかな」
義貞の表情が変わるのが分かった。
「世間が噂しておりますぞ。九州追討に渋られたのも内侍殿のせいだと……」
上人は義貞の思案の表情を見て、彼の心がここにはなく、遠い彼方に思いを馳せていることを察した。
(噂に聞いた宮廷女のことは本当であったか。血に飢えた獣のように戦に駆り立て、死に急ぐように突き動かしているのは、この女の所為に違いない。ならば一層危険なことである。始祖・一遍上人が男女の思い合う心は簡単には断ち切ることはできない。生きている限りこの妄執はなくなることはなく、愛欲の迷いにある者は、深くこの思いに苦しむであろうと。ならば義貞殿はこの迷情の中にある……。ゆえに捨て去るという意味を知ろうとしたのであろう)

義貞は内侍との短い日々を思い出した。(我は何のために戦うのか)確かに内侍と太平に暮らしたいそれだけが望みなのかもしれん。
尊氏との京都攻防戦に敗れ、帝に見捨てられてから戦う意味を失っていた。が、その失いかけた情熱を、今度は内侍との情念に求めた。今、義貞を突き動かしているのは、内侍との情愛である。再びこの手に内侍を抱きたい。その情炎が生きる糧となっていた。

ふたりは互いに黙して語らなくなった。

義貞は上人が心の内を見抜いていることを察した。
そんなとき、義貞の脳裏にふと、自分が無残に死ぬ姿が浮かんだ。
体中に矢が刺さり、数十の敵に囲まれナマス切りにされる光景がありありと浮かんだ。
義貞にとってこのような懼れが、心を支配することこそが恐怖であった。このような悲惨な死が、憎しみ恨みを生み、それがやがて怨念となる。その魂が怨霊と変わり、この世に残り、いつしか仇を為そうとさ迷うのであろう。
義貞は常々死に対して、勇猛に向かいたい。惨めに死を向かえるよりも、壮絶でありながら、武士らしい潔い最期で人生を締めくくりたいと願っていた。
「御坊にお願いしておこう。我が最期のときを迎えたなら是非とも供養して頂きたい」
「そのような気弱なことを申されるな。そのような事は起りはせぬ……。ただ心掛けて頂きたい。瞋り、貪り、痴さの荒れ狂う煩悩の中にその身を委ねてはなりませぬぞ。そのときが来たならば、何よりもすべての我執を捨て、臨終のときを待つのである。それには平時の心掛けが必要となりまする」
「濁世の中に生きる者にとって、そのようなことは難しいことであるな」と言いながらも、大きく頷き、にっと笑顔を向けた。
上人は義貞のその表情を見てはっとした。その瞳の奥に物悲しい懊悩が潜んでいるのを感じたからだった。
そこに家臣の戦況を告げる急報が入り、義貞は急ぎ本営に帰っていった。義貞に当世流行の婆娑羅大名の気風はない。ただ実直であり、苦悩をそのまま受け止める。それゆえ尚更に、義貞は苦しんでいた。
急ぎ帰っていった義貞の後姿は、死に向かって疾走しているようであった。武士である以上そのようなものであるが、しかし義貞はあまりにも急いでいるようである。それに猛々しい風貌の中にも、その運命が迫りつつあることを本人は察しているのかもしれない。そう憂いを上人は抱くと、今いちど義貞が現れたときは、少しでもその情念を取り払ってあげられることが出来ればと思った。
ただ上人が義貞の顔を見たのは、これが最後であった。義貞のあの屈託のない表情を見ることは永久にない。
なぜなら上人が次に見た義貞は、首のない身体だけとなった無残な姿であったからだ。

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消えた二十二巻

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