スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

足利尊氏と映画「ゴッドファーザー」のマイケル・コルレオーネは同じ境涯にあった。 本編

物語を物語る

南北朝時代の本を読むと、足利尊氏に対する評価は、ベタほめがある一方で、義貞同様酷評されているものが案外多い。
特に「優柔不断」「ここ一番で逡巡する」といった面が強調され、この手の記述が多いことに気付く。
また、「心変わり」が多いことから「変節漢」といったものや、今だに皇国史観的発想の「謀反者」といったものもあり、、果ては「性格破綻」「躁鬱病説」まであるのにはさすがに引いた。
誤解、偏見も多々あるように思われる。
では尊氏を評する代表的な「迷い」や「優柔不断」は、どこからくるのだろうか。
私は、尊氏が迷う姿が、実に人間的魅力となっていると思っているのだが、世間ではそう見ないらしい。ただ、この時代の中心人物である尊氏がこうした「迷い、逡巡」といったつかみどころがない評価が、南北朝時代をより解かりにくくさせ、不人気の一因にもなっているのではないかと、私は思っている。
ここをうまく、分かりやすいもので説明できるものはないか、と思っていた。(尊氏が魅力ある人物でなければ、南北朝時代はまず盛り上がらない。そこに関心が行けば、かならずそのライバルである新田義貞も注目されることになるからだ)
そんなとき、NHK・BSで放送予定される映画「ゴッドファーザー」の予告を見た。(この経緯は前回の記事で)
そこで、ゴッドファーザーのアル・パチーノ扮するマイケルの迷う姿と、尊氏との姿が重なり、その境遇も似ていることに気付いたのだ。
といっても、すべてが似ているというわけではなく、尊氏の「迷い」「孤独」「心情」「人生」は、こんな感じだったのではないかという意味合いであります。

ということで、新田党の私が、映画「ゴッドファーザー」とともに「足利尊氏」を語ります。
ゴッドファーザーPART3ゴッドファーザーPART3、マイケル・コルレオーネ
足利尊氏像足利尊氏像


1 戦い
「ファミリーを守るために戦う」マイケルと「武家社会を守るため戦う」尊氏はどこか似ている。

ゴッドファーザーPARTⅠの冒頭30分近く、「結婚式」のシーンで、マーロン・ブランド扮するドン・コルレオーネのもとに、イタリア系市民から次々と頼みごとや依頼を受ける場面がある。彼の存在はイタリア系にとって、仲裁役であり、調停役であり、制裁役である。一つの社会をまとめるにはこういった「顔役」のような存在が必要であった。
この存在を南北朝時代にあてはめてみる。
司馬遼太郎井沢元彦のところでも書いたが、鎌倉時代、武家社会における調停者は北条氏・鎌倉幕府であった。それがなくなったために、新しい「顔役」が必要となった。そこで、源氏嫡流との足利家が嘱望されることになった。
海音寺潮五郎の「武将列伝・第二巻」の足利尊氏の章では「頼朝の幕府政治が確立し、成功したのは、社会の要求に合致したからである。だから、現実がわからないかぎり、幕府政治の必要は続く。武士らは鎌倉幕府の責任者である北条氏に愛想をつかし、後醍醐の呼びかけに応じて、一緒になって北条氏・幕府をたたきつぶしてみたものの、今さらのように幕府政治の利便さ、―自分らの利益を保護してくれるものであることを感じぜずにおられなかった。」という南北朝時代のポイントが書かれている。また、「足利家の家柄と威望とは、天下の武士らのよく知っているところであるから、鎌倉幕府の権威が失墜しかけて、世の中がこう乱脈になった以上、尊氏のこうした御教書めいたものが武士たちにありがたがられることは容易に想像がつく。人に支配されることに慣れた者は、支配してくれる者がなくなると心細いのである。」とある。
この望みを満たしてくれるのが、源氏の嫡流(源氏本流は途絶えたので)とみられていた「足利家」であった。(よって新田家もこの資格があったということ。)
この点で、ドン・コルレオーネと足利家が、同じように人々に威望されていたということ。(コルレオーネがイタリア移民のまとめ役として、足利家が武士のまとめ役となった)

しかし、マイケルも尊氏も自ら望んでこの役目を担おうとしたわけではなかった。
PARTⅠの前半で、マイケルはファミリービジネスから距離を置こうとしていたことがわかる。それは募兵に参加したり、ファミリーのことを冷やかに語っていることでもわかる。
実際、長男ソニーが死ななければ、三男マイケルがファミリーを継ぐことはなかった。
「手を引こうとすると、引き戻される」といったセリフがPARTⅢにもあるように、ドンになってからも、この世界に生きることを望んでなかった。
尊氏にもそういった傾向は見られる。「出家したい」というのは口癖のようだし、弟直義に政権を渡して、この修羅の世界から抜け出したい、と常々思っていた。私が思うに、尊氏がこの乱世の時代に生まれてこなければ、人のよい、鷹揚な、一族のお館様として平穏な人生を送っていたことだろう。
実際、尊氏はそんな人生を望んでいたようだ。

だが、2人は望むと望まぬとにかかわらず、運命の波に呑み込まれるように、彼らは、ドン、武家の棟梁になっていくわけである。また、それを周りの人々が望んでいた。

興味深いのが、「ゴッドファーザー」マイケルのセリフ。常に出てくる「ファミリービジネスを合法化する」というのは、3部作を通しての念願であり、生涯を通じて腐心したことだった。
合法化するというのはすなわち、自分の作り上げたものを違法ではない、正当化するということだ。
これは、尊氏が、北朝を正統化するというのにもどこか通じる。尊氏は常に、後醍醐天皇に叛いたという罪の意識に苛まれていた。「太平記」にはそんな場面がよく登場する。(ただ武家社会を守るということは、後醍醐天皇の目指す公家中心の政治とは相対するものなので、仕方がないことなのだが、尊氏はここに苦悩していた)
また、マイケルもファミリービジネスに後ろめたいものを感じて、合法化することによって、自身を正当化しようとすることに悩むことになる。

生涯を戦いの中に過ごすのも似ていて、結局は自分が勝者だったのかは分からない。(権力、富を手に入れたが、それが幸福だったとは思っていない。)
マイケルは偉大な父の作りあげたファミリーを守ろうと必死になって戦う。
尊氏は足利家という源氏の名門を背負い、祖先からの大望を果たそうとし、また武家社会から期待されていた。ともに、自分の意に反して、戦いを強いられる境涯に置かれる。血と暴力の世界、司馬遼太郎が評した欲に溢れた時代に。
しかし、ともに戦いに関して資質があった。
ゴッドファーザーPARTⅠで、父の病院に殺し屋がやってくるシーンでも、マイケルは動じることがなかった。(手が震えることなくライターに火をつける。そのライターを見つめて気づく) ここでマイケルは、自分にはギャングのドンの血が流れていることを悟る。
尊氏のいうところの夢窓国師の評。「御心が強く、合戦の際に身命を捨てたまうべきところにたびたび臨んだが、笑みを含んで畏怖の色が無い。」(梅松論)とある。
だが、この勇猛果敢が、一転して、非情なことを犯すことになる。
マイケルの5大ボスを残殺、裏切り者も抹殺。尊氏による後醍醐天皇の親王らを殺害など…。
敵を倒し圧倒的な富も権力も得た。
だが、その先に待っていたものは……。


2苦悩と孤独
尊氏とマイケル、戦いに勝利して得たものは、孤独だった。

尊氏が武家の棟梁、時代の覇者になろうとも「孤独」にあった。
その手がかりとして、いい文章があった、NHK「そのとき歴史が動いた」の書籍版・第21巻から引用してみましょう。

「よしあしと 人をばいひて たれもみな わが心をや 知らぬなるらむ」
(ここが良い、ここが悪いと人々は言いつのるが、私の心情はだれもわからないであろう)
「等持院殿御百韻」より
五十ぢまで 迷い来にける はかなさよ 唯かりそめの 草の庵に」(「風雅和歌集」)
尊氏の和歌の研究者だった故和泉恒二郎氏によると「かりそめの草の庵」とは、尊氏にとって南北朝の動乱のこと、修羅の巷であった。尊氏はそこで常に迷う自らを詠んだのだ。
尊氏は、乱世を制したリーダーとして下した「決断」と背中合わせに、常に「孤独」と「迷い」を抱えていた。
そして、和歌こそが、リーダーとして生きなければならなかった尊氏の「孤独と迷いの心」を慰めるものだったのかもしれないと、私には思えた。
乱世を制するリーダーの条件とは? 一般的なリーダー論からすれば「行動力」「情報分析力」「ニーズ実現能力」などが尊氏の武将としての生きざまから導き出されるかもしれない。しかし本当に必要な条件とは「孤独」や「迷い」が自らのなかにあることを認め、それを抱えながら責務をまっとうしていく力なのかもしれない。尊氏の和歌を知るにつれ、そんなことを私は考えるようになった。
尊氏は乱世を制し征夷大将軍になったのちも、しばしば出家を望み、かなわぬ現実に苦悩したという。
「山ふかく 心はすみて 世のために まだ背き得ぬ 憂き身なりけり」(等持院殿御百首)
六五〇年以上前に生きたリーダー尊氏の心のうちにある孤独の深さを、私は少しだけ垣間見た。
担当ディレクター中根健



大望を果たすことが、幸福であると信じ、ひたすら進んでいったのに、その先にあったものは、権力と引き換えにした「孤独」だった。
上記引用の文章をそのままマイケルにあてはめることもできる。
godfather 3
PARTⅡのラストシーン、この表情は「苦悩と孤独」をよく表していた。

また、両者には、戦いの中ので多くの肉親や家臣(部下)との争いがある。
PARTⅢで、マイケルが司教に今まで犯した罪を懺悔するという重要なシーンがある。
godfather 1
ここで自分を裏切った次兄・フレドを殺すように命じたことを悔やみ、号泣し、司教に救いを求める。
母のこどもを、父のこどもを殺すように命じました」といいうセリフは効いています。
兄を殺すことを命じるが、このあと、彼は罪業を背負って生きていたことが想像できる。
このシーンだけでもゴッドファーザー3は作られた意味は十分にあった。またPART1では、裏切った義弟(妹の夫)を殺すように命じているし、敵に自分を売った幹部を闇に葬っている。(PART1のクレメンザ、PARTⅡのフランキー、PARTⅢのアルベテロらは、父の代からの部下、旧友)

一方、尊氏は、苦悩の連続だろう。
妻は北条氏一族赤松家だが、この妻の血筋の家を滅ぼし、仲の良かった弟・直義と戦い、毒殺し、第一の腹心・高師直を謀殺する。また自分の子・直冬と戦う。(しかも子のない直義の養子に直冬がなっていた)
これはまるでシェクスピアが書きそうな悲劇ではないか。裏切り、寝返り、謀略、肉親ゆえの愛憎……。まさに映画「ゴッドファーザー」の世界。
(太平記や南北朝時代について書かれた本で、観応の擾乱以降に全く触れていないものが多すぎる。楠木正成の死、後醍醐天皇の死をもって話を終わらせるものが実に多い。だが、ここで終わっては足利尊氏は語れないのである。観応の擾乱からの人生が、人間尊氏としての妙味があるからだ…)
悪行をなせば仏罰を受けて悪い報いを受けるという仏教的因果応報がある。これは太平記の前半のテーマにもなっている。
つまりマイケルが行ってきた悪行(ファミリーを守るためという名目はあるが)が最後には、自分の最愛の娘の命が奪われた。、その苦しみに苛まれながら生き続けなければならない。
この罪業に苦しみながら生きていく様が尊氏と似ている。
そして、尊氏は神仏にすがった。
足利尊氏 地蔵図(尊氏自筆の地蔵菩薩図、鎌倉の浄妙寺蔵)
生涯書き続けた地蔵図や写経は今も多く残っている。
そして、マイケルのキリスト教会への帰依、慈善団体の活動などが描かれている。

尊氏の人生が「迷い」「孤独」の中にあり、それが「宿命、運命」であったという、いい文章があったので、引いてみる。作品社「史話・日本の歴史12、二つの王権・南北朝と太平記」の中から、萩原朔太郎の「足利尊氏」より。

僕は日本の英雄の中では、足利尊氏が最も偉大な人物だと思っている。但しここで偉大だという意味は、必ずしも英雄としての偉大さを言うのではない。英雄としての価値要素は、武将プラス政治家の総合天才であるけれども、尊氏は武将として、それほど大した軍略家ではなく、いつも大軍を擁しながら、概ね負けてばかりいるし、政治家としての手腕も家康や秀吉には遠く及ばない。英雄としての尊氏は要するに大したものではなく、頼朝、信長、秀吉、家康等五将軍中で、あるいは末席に地位するものかもしれない。
尊氏に対する僕の興味は、主としてその人物の哲学的雄大さと、性格の深刻性とにぞんするものである。尊氏は夢窓国師に就いて禅を学び、その深奥を究めていたが、この無抵抗主義の仏教哲学が、彼の場合に於いては、その武人としての境遇と一致せず絶えず深刻な矛盾に苦しんでいた。彼の痛ましい悲壮な生涯は丁度ローマの哲学皇帝、背教者ジュリアンの悲劇を連想させる。ジュリアンの場合は、詩人が皇帝の家系に生れ、瞑想家であるべき人が、境遇のために武人となり、誤って戦場に出たことに悲劇をもってくる。足利尊氏の場合も同様であり、本来哲学者であるべきが、武将の名門に生まれたために、周囲から無理に押されて担ぎあげられ、生涯を戦場ですごさねばならなかった。ジュリアンの場合と同じく、これは宿命の最も大きな悲劇である。
足利尊氏は、決して如何なる敵をも憎まなかった。のみならず彼は、自分の正面の敵をも憎まなかった。のみならず彼は、自分の正面の敵を愛しかつ常に尊敬した。彼は特にその最も仇敵である楠正成を敬愛し、常に左右に語って「正成こそは我を知る唯一知己」と語っていた。おそらくこの感想は尊氏にとっての実感であり、他人に理解されない深刻な意味を持つものだろう。それ故正成の戦死した時、彼は天を仰いで長嘆し、「爾後また誰れおと共に語らん!」と言ったそうである。その正成の首を鄭重に礼葬して、河内の遺族に送り届けたるは、小学校の読本にも書いてある通りである。その結果は却って遺族の敵愾心を挑発し、子の正行をして「七度生まれて尊氏の首を斬らん」と叫ばせたが、尊氏がもしそれを聞いたら、人生孤独の感を深くし、一層寂しく暗然としたことだろう。
正成ばかりではなく、新田一族に対しても、決して仇敵としての憎しみを持たなかった。況や他の一般の敵に対しては、すべて皆心から抱擁し、最も憎むべき忘恩者や裏切者さえも、降参する以上はすべてを許して優遇した。「汝の敵を愛せよ」というキリストの言葉が、尊氏の戦争哲学に於けるモットオだった。しかし尊氏の哲学は、キリスト教の博愛主義ではなく、もっと深刻な厭世観を根拠とする東洋宿命哲学、即ち仏教にもとづいている。彼の人生の存在を、根底的に悲劇と見、避けがたい悪の宿命として観念しながら大乗的止揚によって、また一切の存在を必然として肯定した。それ故に彼の場合は、敵も味方も悲劇であり、戦争そのものが痛ましい宿命だった。世に憎むべき人間は一人もなく、「敵」という言葉すらが、尊氏にとっては不可解だった。
そうした尊氏の外貌は、彼の理解しない武人等の眼に、おそらく馬鹿な「好人物」として見えたであろう。そして人々は彼を利用し、自己の野心の傀儡にした。既にして利用を終えれば、たちまちこれを棄て、今日の味方は明日の敵となって叛逆した。実に尊氏の一生は、忘恩者と裏切者との不断の接戦に一貫している。
彼はその最期まで、自己の欲しない戦いながら、宿命の悲劇を嘆き続けて生きたのである。


萩原朔太郎とは、あの有名な詩人である。それが、尊氏について書いているところが面白い。(でも戦前で、これを書いて大丈夫だったのかな。)
やはり、太字で示した「孤独」「苦悩」といったことがキーワードとなっている。このあたりもマイケルと同じ境涯であった。

ただ、マイケルと尊氏の違いは「敵」への対応の仕方が正反対だった。敵さえも愛そうとした尊氏と、味方さえ愛せなかったマイケルとではだいぶ違う。
この点は、尊氏は、父・ビトー・コルレオーネに近かった。
「ビトーとマイケルには大きな違いがあった。ビトーに敵対する者を取り込む懐の深さがあったが、マイケルは敵対するものを徹底的に排除する厳しさを持っているのだ」(本「ザ・ゴッドファーザー」から、詳細は、後述)
「慈悲天性にして、人を憎まれることがない。怨敵を、まるで我が子のように許される。」(梅松論・夢窓国師の尊氏評)
と同じだ。
尊氏には、父コルレオーネのような、懐の深さ、器の大きさ、カリスマ性もあったということです。
ということは、映画「ゴッドファーザー」は全編通じて、足利尊氏を描いているということになるでしょう。(もちろん私見ですよ)
また、そう見れば、ロバート・デュバル演じるトム・ヘイゲンは、足利直義に似ている。優秀な実務家で、常にビジネスライクに事を進める点などに共通点がある。ファミリーを動かすトムとマイケルと、幕府を動かす尊氏・直義兄弟といった感じが、あんな風だったのでは、と思わせる。
監督コッポラが考えた、PARTⅢの当初のストーリー構想は、「トムとマイケルとが確執し、ファミリーが内部抗争する」という話にする予定だった。(ロバート・デュバルが降板して、やむなく別の話に変更した) やはり肉親・兄弟の(トムは養子だが、一応兄ということになっている)争いが主題になっていたようだ。
この点も、足利兄弟との関係と同じだろうか。

3 死
マイケルは死の瞬間救われた。では尊氏は、

ゴッドファーザーの本では、ハーラン・リーボ著の「ザ・ゴッドファーザー」(ソニーマガジンズ)が3部作の制作過程が詳しく載っていた。その本によれば、ゴッドファーザーPARTⅢは当初「マイケルコルレオーネの死」という副題をつけられる予定で、マイケルの「死」と「贖罪」がテーマだった、という。
ゴッドファーザー ハーラン・リーボ著
またPARTⅢのラストについては

「映画の最後を飾るオペラ・シーンの撮影を前に、コッポラはプーゾ(原作者)に相談を持ちかけている。当初の脚本では、劇場の前でマイケルが撃たれ、死を迎えることになっていた。しかしメアリーが身代わりになって死ぬという結末、マイケルは糖尿病で失明し、罪の意識の中で生き続けるという結末などが書かれ、コッポラは迷っていたのである。コッポラは次のようにファックスをプーゾに送った。「メアリーの死は、まさに(一作目のアポロニア)の死と同じだ。純粋な心の死をも意味する。そして、その死に対してマイケルは何もできない。―だからこそ、彼は苦しむんだ」。それに対するプーゾの返事は簡潔だった。「マイケルが年老いて死ぬというのは“文学的”な、小説の終わり方だ。彼が暴力的に殺されるというのが、正しい“映画的”エンディングだと思う。小説家の私が“映画的”なエンディングを望み、君が“文学的”なエンディングを望むのはおかしなものだが、どちらであれ、君の判断が正しいと思っているよ」


godfather 2
ゴッドファーザーPARTⅢのラストシーン
また同書の解説に「マイケルがシチリアに戻るのは物語としての必然であり、最初からそのように計算されていたかのようにも思える。」とある。
重要なのは、主人公が故郷に帰って死を迎えたということ。

一方の尊氏の最期は、こうなる。
太平記の尊氏の記述。
太平記第三十三巻「将軍御逝去のこと」(新訳太平記を読む 長谷川瑞・訳)

同じ年(延文3年・1357年)の四月二十日、尊氏卿は背中に悪性の腫瘍ができて、ご気分がすぐれなかったので、内科・外科の医師が多数参集した。昔の中国の名医である倉公や華陀のような名医がその術を尽くし、さまざまな薬をさしあげたけれども、まったく効果はない。陰陽頭や効験あらたかな高僧が集まって、鬼見・太山府君・星供・冥道供・薬師の十二神将の法・愛染明王の法・一字文殊の法・不動慈救延命の法など、さまざまな祈りを懸命に行ったけれども、病気は日を追って重くなり、時が経つにつれて頼み少なく見えなされたので、御所中の男女は気持ちを押し隠し、近侍する従者たちは涙を抑え寝食を忘れて、将軍を見守った。
こうしているうちに、尊氏卿は次第に衰弱して、同月二十九日午前四時に、御年五十四歳で、とうとう逝去された。死別の悲しみはもちろんであるが、国家の中心人物が亡くなったので、世の中は今にもどうなるであろうかと、人々は嘆き悲しんだ。
しかしながら、死は致し方ないことであり、中一日置いて、衣笠山の麓の等持院に葬り申し上げた。棺の蓋を閉じる儀式は天竜寺の龍山和尚によって、棺を送り出す儀式は南禅寺の平田和尚によって行われ、また棺前に茶を供える儀式は建仁寺の無涯和尚によって、霊前に湯を供える儀式は東福寺の鑑翁和尚によって、さらに火葬の火をつける儀式は等持院の東陵和尚によって行われた。哀れなことよ、将軍となって二十五年、尊氏卿が向う所へは必ず兵が従ったけれども、死という敵の訪れを防ぐ兵はいない。悲しいことよ、六十余州の天下を治めて、その命令に従う者は多いとはいえ、この世との別れに供となる者もない。その身はたちまちにあの世のものとなり、夕暮に立ちのぼる数条の煙となり、骨はむなしく残って卵塔に埋められる一握りの塵となった。別れの悲しみに沈み、涙がとめどなく流れるこの頃である。


敵を倒し、生き延びる。戦乱の中での。
尊氏は戦乱の世にあって、一人、生き延びた。ライバル新田義貞も、後醍醐天皇も、楠木正成も失意の内に死んだ。味方でも股肱の臣・高師直は謀殺し、弟直義も毒殺した。尊氏は戦陣の中で死ぬわけでもなかった。重い病による死。それは、どこか悲しい。最期は苦しみのうちにあった。

では、その最期に何を思ったのだろうか?

マイケルは自分の祖先の生まれ故郷であるコルシカ島に帰ってきた。
そして、最後の最後に、美しい記憶を呼びこして、こと切れる。
godfather 4PART3、娘とのダンスシーン
godfather 5PART1、コルシカ島最初の妻とのダンスシーン
godfather7.jpgPART2、最愛の妻とのダンスシーン
美しいダンスシーンをつないで迎えるラスト。素晴らしい場面だ。
映画「ゴッドファーザー」という長い物語を締めくくるにふさわしい回想シーンだった。

そして、これは、「あなたは死を迎えるときに何を思い出すのか」と問いかけているようにも見える。
死を迎えたとき、死ぬ最後のその瞬間、に。
マイケル・コルレオーネは、孤独と苦悩の人生を送った。悪行をなせば悪い報いを受けるという仕打ちも受け、罪悪感に苛まれながら生きてきた。
だが、最期には「愛した人と過ごした美しい瞬間」を思い浮かべる。
ここに、「救い」があった。

では、マイケル・コルレオーネと同じように、修羅の世界で「孤独」だった尊氏はその死の瞬間何を思ったのか。
想像でしかない。
尊氏の自ら望んだ「戦いに勝利した瞬間」でも「将軍職を得たときはなかったはず」でもなかったはず。

きっとマイケルが自分のルーツであるシチリア島に帰って最期を迎えたように、尊氏もその魂は自分のルーツである「足利」に帰ったのではないか。
そして、何を思ったのだろうか?
やはり自分の死に際に、「幸福」だったときのことを思い浮かべるのであろうか。
2足利尊氏像栃木県足利市にある足利尊氏像

そして、私は死の瞬間に何を思うのだろうか。
それが「美しいもの」であったなら、
いかに惨めに生きようとも、その時救われたような気がするだろう。


スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2009年02月 19日 (木)
  ├ カテゴリー
  |  └ 歴史ネタ
  └ 足利尊氏と映画「ゴッドファーザー」のマイケル・コルレオーネは同じ境涯にあった。 本編
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。