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物語を物語る

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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第5章 2

物語を物語る



それから五日後、真船は東京都港区にあるテレビ局に来た。1ヶ月前には、この近くの日枝神社へと琴音と行ったのだ。あのときは麗らか陽気で爽快な気分であったが、今は梅雨のせいで気持ちまでじっとりとした感じがする。ひと月でこれほど変わるのか、刻々と月日が流れていると身に沁みた。こんなに慌しいのも雨月に急き立てられているからだ。雨月は何を急いでいるのか。
真船はテレビ局の正面出入り口前で琴音を待った。
琴音はすぐに現れたが、挨拶もなくそのまま真船を敷地の中に引き込んだ。
「もうそれじゃー、アイドルを待ち構えているストーカー男か、女子アナに熱中し過ぎた爆弾魔に間違われるわよ」琴音は真船の腕を引っ張った。
真船は資料でパンパンとなったバックを両手に提げ、徹夜で資料と格闘したせいか、少々やつれた顔でぼーっとテレビ局の前で立っていた。これでは警備員どころか警察官に連れて行かれてしまうだろう。
琴音と一緒でも余程怪しかったのか、入り口で警備員にチェックされてからやっと建物の中に入ることができた。建物中は迷路のように通路が入り組んでいて、目的の場所に着くまでに無数の部屋を通り過ぎた。何よりも多くの人が忙しなく働いていることに驚いた。一人取り残されたら迷子になってしまうだろう。
そして地下2階の資料室に着いた。琴音に促されるように真船も部屋に入った。
長テーブルに銀髪の老人がそこに座っていた。真船には上品な好々爺のように見えた。
「おう、来たな」といつも会うような挨拶をしてから、真船を上から下まで値踏みするように見た。
「まあ、座んな。どうだい何か分かったかい?」弦さんという人の早口で少し乱暴な話ぶりを聞いて、見た目とのギャップに驚いた。「えー、まあ」と答えた真船はおずおずと弦さんの真向かいに座った。そのとき、いつかの雨月との対話を思い出した。このペースではまた相手に呑まれてしまうと思い始めてしまったのである。
琴音は資料や本をテーブルに用意すると、真船の隣に座った。
まず真船は、今までの研究成果を二人に話してから、問題点をまとめた用紙をそれぞれに配った。

①人物設定。高師直・塩谷判官・桃井氏・足利直義など主要な人物は太平記にも登場する実在の人物をあてはめたものであるが、肝心の主役である大石内蔵助にあたる大星由良助の名前は太平記に出てこない。この名前は作者の創作である。よってこの名前に意味が隠されているのではないか。
②仮名手本忠臣蔵以前は、時代設定が自由であったのに、仮名手本と近松門左衛門の兼好法師物見車や碁盤太平記は時代背景が南北朝時代であった。一般解説では、足利時代となっているが、実際は南北朝時代の混乱期に設定されている。何故か。
③大序(第一段・序幕)は古来の演出が残っているという。人形浄瑠璃の形が今でも残っていて、歌舞伎でもこの形は珍しく忠臣蔵にしかない。つまり大序は、仮名手本を演じる際に、大切な部分であるという証拠ではないか。形を変えていないというのは、そのまま演じなければならないということであり、この大序が重要な意味を持っていることに間違いない。大序の題名が「兜改め」というのも気になる。

「なかなかいいところを突いてるな」と弦さんは真船のまとめたレポートを読んで素直に褒めた。
「①の大星由良助は、由良というのが新田一族を表しているのかしら」琴音が口火を切った。
「そう思います。由良助の由良と聞けば、上野国新田荘の地名由良ではないかと真っ先に浮かぶ。新田義貞は新田荘の由良で生まれたとも言われ、代々新田一族が住んでいた場所でもあります。自分が龍舞さんを案内した円福寺があるところが由良です。そこに新田宗家の住居があったから『由良殿』といわれたという。また由良氏が太平記にも新田氏族として何度も登場するし、後に義貞菩提寺・金竜寺を建立したのも新田系の由良氏である。戦国時代にも由良氏はそのあたりで勢力があったので、ちょっと知識があれば、由良は新田を示しているのではないかと予測がつきます」と真船が解説を加えた。
「作家の立場に立てば、大序で義貞の兜や足利直義や高師直を登場させているのだから、観客に太平記を意識させ、その世界に入り込むように導いている。ここは由良と聞いて新田一族を連想するのは一番妥当だと言えるんじゃねーか。よしそれじゃー大星は何を示してると思う?」と弦さんは真船に聞いてきた。
「それが分からないんです」と真船はあっさりと答えた。
それに対して、弦さんははっはっはっと軽快に笑う。
「その顔は、弦さん何か分かったのね」
「あたりきよ。けどよ、今答えを言ったところで分かるまい。ここは順を追って解いて行こうぜ」といって玉露入りの緑茶の小カンを口に運んだ。弦さんはこれが一番うまいという。
これが殺人事件の謎解きなら、頭脳明晰な名探偵がギムレットを片手に華麗な謎解きをするだろう。いやタフな探偵ならバーボンだろうか。しかしここにいる探偵は緑茶、真船はアイソトニック飲料、琴音は身体に良いという理由でチョコバナナ味のココアを飲んでいる。
「千ちゃん、福井県の義貞戦没碑の由来は知ってるよな」千ちゃんと言われて真船は自分のことだと一瞬分からなかった。真船千太の千を取ったのか、そんな風に呼ばれたのは初めてだった。(しかも初対面で……)
「もちろんです。今の福井市新田塚は当時灯明寺畷といわれて新田義貞戦没伝説地ということになっています」と言ってノートを広げて、話を続けた。「江戸時代の1653年、この地の百姓であった嘉兵衛なる人物が、水田から古兜を見つけて、芋桶として使っていた。これを当時の福井藩軍学者の井原番右衛門が名のあるものであると見抜いて、貰い受けて調べると、何とそこには義貞のものであるとみられる銘が彫られていることを発見したのだ。当時義貞が戦没した詳しい場所が分かっていなかったが、兜が発見されたことにより、この地を義貞戦死の地と推定したのである。これは大ニュースとなった。そして1660年にその時の福井藩主・松平光通は、新田源氏を名乗る将軍家の遠祖として、また自分の祖先として『暦応元年閏七月二日 新田義貞戦死此所』と刻んだ石碑を建立し、遺跡を顕彰した。そこで、その辺りは新田塚と呼ばれたんです。それが今でも地名として残っているんです」
「よし、もうひとつ質問だ。碁盤太平記などの忠臣蔵を書いた近松門左衛門はいつどこで生まれた?」
ノートをめくって真船が答える。「えーと、1653年の越前生まれですが」
そのとき、琴音があっと感嘆の声を上げた。真船はまだ気付かない。
「越前って福井県でしょう。一緒じゃない。しかも1653年って義貞の兜が発見された年と同じじゃない。顕彰したのが1660年ということは、近松門左衛門はそのとき、えっーと7歳になるはず」
「いいぞ、よし、それにだ、近松門左衛門は武士の子供と生まれていることを忘れてはならねぇ。7歳ともなればこのことは覚えていただろうし、何せ、藩主が石碑を建てたりして大騒ぎだったはずだから少年時代の記憶として残っていたはずだ。彼は作家だぜ。面白い逸話や世間を騒がせたネタを忘れるはずがねぇぜ。だから忠臣蔵の大序はまさに兜改め、このことを表現しているんじゃねーか」
「これだけでも大発見ね」と琴音は声を上げた。
「でも仮名手本忠臣蔵は近松門左衛門の作ではないけど」と真船が冷静に言った。
「仮名手本忠臣蔵の作者はみんな、近松の弟子または関係者だ。例えばこうゆうことだ。今度、仮名手本忠臣蔵という芝居を書きたい、何かいい案はないかと思案する。そこに師匠である近松門左衛門がこんなのはどうだいと案を授けたとか、それまでに使えそうなネタを弟子に話していたとか、そういったことは十分に考えられるだろう。それほど仮名手本忠臣蔵のオープニングは義貞の兜改めを意識した作りとなっているじゃねぇーか」
「このことは②の時代背景が南北朝時代であったことと、③の大序が古来のまま残された謎ともつながってきますね。それではここで仮名手本忠臣蔵の大序をもう一度読んでから、話を進めましょう」と真船が言うと弦さんは大きく頷いた。

仮名手本忠臣蔵を真船と琴音で交互に読んだ。これを弦さんが聞く格好となって、どこか高校の古典の授業をしているようで、愉快な気分になった。
それに時々由良助やら、内蔵助と声が上がるので、資料室で調べ物をしていた人が何事かと覗いたり、何気なく近づいてきて様子を窺う者もいた。だがすぐに関心がなくなったのか、みな自分の仕事に戻っていく。資料室が時折テレビスタッフたちの激論の場になったりするので、いつものことかと思ったのだろう。
しかし彼らと違い、琴音たちの気持ちは徐々に高ぶっていった。これから起こるであろう謎の解明に驚くべき事実に突き当たるような予感がしていたからだ。

大序を読み終わったところで真船が話を加えた。「ひとつ思ったことは、赤穂四十七士と、義貞が討ち死にした時に切腹した家臣四十余騎が、ここに引っ掛けてあるんじゃないかと思うんです。従来、赤穂浪士の四十七士が切腹したことがここで暗示されているという説明であった。が、義貞が戦死したときも
太平記では『家臣たちは馬から飛び降り、義貞の死骸の前に跪いて腹をかき切って、重なり倒れた』と四十余騎が主君に殉じて切腹している。忠臣=赤穂浪士であるなら、忠臣=義貞家臣ということも成り立つのではなかということです」
「殿様に殉じて切腹か……」と琴音は嘆息した。
「それは言えてるぜ。仮名手本忠臣蔵が太平記を大元としているのは分かっている。それは時代設定だけでなく、元ネタとしても使っているのは随所に感じられる。それに仮名手本のつかみのストーリーは、太平記にも記載されている塩谷判官の妻に高師直が懸想を仕掛ける話から、話が転がり始める。それは史実でもあり、高師直の横恋慕が叶わずに、これを遺恨として塩谷判官を討ち滅ぼしていることに由来している。義貞の討ち死にの場面が太平記の巻二十で、塩谷判官と高師直の諍いの話は、この次の巻二十一に記載されている。仮名手本忠臣蔵はこの話をベースとして、太平記の時間の流れも完全に受け継いでいるんだぜ」
「あともうひとつ高師直の恋文を代筆したのが兼好法師であり、それがひとつの切っ掛けとなって、塩谷官は滅びることになっています。近松門左衛門が忠臣蔵を書いた劇で兼好法師物見車というのがあるから、やはり忠臣蔵と太平記を結び付けるのが好きだったのではないでしょうか」真船の説明に弦さんはフムフムと頷く。
「私はどうも高師直を悪役にしたくてしょうがないような気がしますけど」琴音が言う。
「そうですね。南朝にとって高師直ほど憎たらしい奴はいないからね。同じ敵対していた足利尊氏にはどこか同情できる面も多かった。武家の代表として権力を得るためにはどうしても南朝と戦わねばならなかったし、後醍醐天皇を追善するために天竜寺を建立したり、楠木正成を手厚く葬ったりしたりして、武将としての魅力も大きい。けど高師直は私欲の権化みたいなところがあって、南朝方としても許せないことを多く行ったからね。でもね当時、高師直を支持する武将も多くいた。私利私欲で行動するから分かりやすかったのかも、案外そうゆうのって人を引き付けるんだよね」
「そうだな。分かりやすいというのは、目的が明瞭だから、付いて行き易いんだろう。俺も魅力的悪人っていうのは興味が湧くなあ。それにしても、塩谷判官と義貞は印象が重なるぜ。塩谷判官が身を滅ぼす原因となる判官の妻は宮廷に仕えていた美女で、朝廷から判官に褒美として下賜されたものだ。これは義貞と勾当内侍の関係に似ている。義貞は内侍と離れるのを惜しんで出征を渋った結果、足利勢に京都を奪回され、新田勢衰退の一因を作ったといわれる。このことは太平記の巻二十に『美女がひとたびほほえむとしばしば国を滅ぼすことになる』と評している。塩谷判官の妻も『春を待ち侘びる若木の花でいらしたころよりも、なおあでやかに匂うがごとき美しさ』であったというほどの美女であると伝えている。まあ龍ちゃんもあまり笑顔を振りまくのは気をつけた方がいいぜ」
「ちょっと茶化さないで……、それで義貞と塩谷判官の二人とも、美女を妻にしたからその身を滅ぼしたというのね。それで太平記には塩谷判官の件はどう書いてあるの?」
真船が答えた。「まず、高師直は幕府高官という立場を笠に着て、判官の妻に懸想を掛けた。平たくいえば、美人妻を俺に寄越せば、判官お前を出世させてやろう、とでも言ったのだろう。今まで高師直はこの手でいい女を自分のものにしてきた。それは人妻だろうが高位の公家の娘だろうが関係なく、手当たり次第だった。しかし判官はこの要求を断った」
「そりゃそうよ」
「この判官の反抗は、師直にとって面白くなかったはずです。師直の権勢は絶大で、幕府内での権力は副将軍の直義と二分するほどであった。従わない者は敵、直ちに蹴落とさないと直義派になってしまう虞がある。そこで将軍尊氏に、判官が密かに陰謀計画を練っていると讒言した。権力をもつ師直の言葉だから、たちまち判官の立場は悪くなった。そこで判官一族は事態を悟ると自国に引き上げようと出雲・伯耆に急いだ。逃げるように都を去る判官を見て、これこそ反逆者の証拠だと師直は決め付けた。早速、反逆者の討手の許可を得ると、判官たちの後を追ったのだ。だが、師直の本当の狙いは別にあった。それは判官の妻を奪うことであったのだ」
「しつこい」琴音はあきれるように言った。
「判官たちは播磨あたりで追いつかれると、追ってきた幕府軍と矢尽きるまで戦った。けど多勢に無勢、家臣たちは次々に討たれてしまう。判官は師直の狙いを知っていたので、妻を生け捕りにされるのは余りにも無念だと考えて、妻と自分の子供を殺してしまった」
「最低」といってもう聞きたくないかのように、横を向いた。
「まあまだ聞いて下さい。太平記では『雪よりも清く花よりも美しい女房の胸元を紅の血をほとばらせて突き刺すと、あっという声がかすかに聞こえて、女房は薄衣のしたに倒れ伏された。五つになる幼な児は、太刀の閃きに驚いて泣き出し、母の名を呼んで息絶えた母に取りすがったのを、山城守という判官の家臣は心を励まして抱き取り、太刀の柄を襖に押し当てると、ふたり一緒に鐔もとまで突き貫き、母子は抱き合って死んだ』
そして塩谷判官も『片時も離れがたい妻子を殺されて、自分ひとり生き延びて何になろう、残念至極だ。七度生まれ変わって師直の敵となり、思い知らせてやろうぞ』というと腹を切って死んだと記述している」
「……」琴音はもう言葉も発せずに俯いた。
「講談調にいえば、ここに高師直の悪行極まれり、といったところだろうよ。七度生まれ変わっても復讐してやるというのは怨念を残して死んだ者の常套句だな。七生報国なんていやな言葉もあったなあ」
「これで義貞同様、塩谷判官の師直への怨念は、この世に残ったことになります。この怨念が仮名手本忠臣蔵の根底に流れていると思います。大石内蔵助の仇討ち事件を下地にしながらも、塩谷判官や新田一族の無念さも根底に流れているんじゃないでしょうか。特に大序はそれが顕著に現れています」
「千ちゃん、素人とはいえ、物語りの本質を突いているな。仮名手本忠臣蔵が作られた時代は、義貞や塩谷判官、由良と聞いて太平記を思い浮かべる知識が観客の方にもあった。ただ幕府の取調べをかわすためだけで時代背景を南北朝時代にしたのではないということだな。まあ一流作家なら、赤穂事件に太平記を織り込むなんてことは簡単なことかもしれない。それは仮名手本忠臣蔵という劇が赤穂浪士を扱っただけの一元的物語りではないということだ。南北朝時代を借り物として使ったのではなく、本格的に取り込み、劇を多層的に仕上げている。これこそ物語り作りのプロだよ。
こういうプロは俺の若いころには沢山いたんだ。それが今じゃどうだい。まともなストーリーを作れる映画監督なんていやしねぇ。映画は監督のものなんて嘯きやがって、てめーの頭の中だけで捏ね繰り回したストーリーを、さも芸術です、なんて顔しやがって。尊敬する監督はフェリーニ、キューブリック、タルコフスキー、なんて抜かしやがって。こうゆう輩に限ってハリウッド映画を馬鹿にする、香港映画をコケにする。物語の基本もわからねー奴がだよ。それにテレビドラマはどうなってんだ。くっついただの離れただのクソみてえなストーリーをお遊戯並みの演技で見せられちゃー目も当てられねー。大体あのカメラ割りはなんだい、役者のアップ多用で品がない。引き、寄り、俯瞰すべてがやり過ぎ……」
「玄さん、その話はまた今度じっくりと聞きますから、仮名手本に話を戻してください……」琴音は弦さんの話を途中で遮った。映画やドラマの話になると異様なまでに興奮する。その兆候は言葉が悪くなり始めるからすぐに分かる。弦さんは2缶目の緑茶に口を付けて、一息ついた。そして今度は真船が語り始めた。
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消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


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