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物語を物語る

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今年は鏑矢祭に行けず。

物語を物語る

5月8日は新田義貞挙兵の日ということで、生品神社で毎年恒例の「鏑矢祭」が行われたようです。
本来なら、私も見に行く予定でしたが、どうしても抜けられない仕事があったので、今回は見れませんでした。
ここが会社員の辛いところです。
残念。
ということで、去年の記事

書き足し
翌日新聞で報道されていたのは、3紙でした。
上毛新聞は一面に載っていました。

東京新聞

太田で鏑矢祭 児童、空へ放つ
新田義貞が鎌倉攻めの旗揚げをした地とされる太田市新田市野井町の生品(いくしな)神社で8日、鏑矢(かぶらや)祭が開かれた。黒袴(ばかま)に鉢巻き、たすき掛けの男子小学生64人が、竹製の弓で矢を2度、空に向けて放った。
 義貞が1333(元弘3)年に挙兵した際、鎌倉の方角に向けて矢を放ち、吉凶を占ったという故事にちなんだ行事。儀式をつかさどる茂木晃さん(72)の指導で、地元の生品小学校6年生が4月から放課後に練習して臨んだ。同小の柳悠真君(11)は「伝統的な行事に参加できてよかった。本番はちゃんと矢を放つことができ、練習してよかった」と話していた。 (川口晋介)


産経新聞

ふるさと便り 新田義貞偲び…群馬・太田で伝統の鏑矢祭
 鎌倉幕府を倒した武将・新田義貞の挙兵にちなんだ「鏑矢(かぶらや)祭」が8日、挙兵地と伝えられる群馬県太田市新田市野井町の生品神社で行われ、市立生品小学校の6年生男子児童64人が、勢いよく竹製の矢を放った。
 元弘3(1333)年5月、義貞が出陣前に鎌倉のある南西方向に向かって矢を放ち、戦の吉凶を占ったという伝説にちなむもの。参加した同小児童は4月から鏑矢祭保存会会員に作法を習い、練習を重ねてきた。
 吉岡大地君(11)は「鉢巻に黒ばかま姿がかっこよく、早く6年生になってやりたいと思っていた。雨になって残念だったけれど、矢がちゃんと飛んで満足」と話していた。


上毛新聞

新田氏ゆかりの太田・生品神社で鏑矢祭
新田義貞の鎌倉攻めの故事にちなんだ「鏑矢(かぶらや)祭」が八日、太田市新田市野井町の生品神社で行われ、生品小学校六年の男子児童六十四人が、雨雲を吹き飛ばす勢いで勇ましく矢を放った=写真。
 一三三三(元弘三)年五月八日、義貞が同神社で倒幕の旗揚げをした際、鎌倉方向へ向け矢を放ち、戦の吉凶を占ったという。
 児童は、新田氏の「大中黒(おおなかぐろ)」の紋入り鉢巻きに黒袴(はかま)のりりしい姿で登場。祭式師の茂木晃さんの号令に合わせ、「魚鱗(ぎょりん)」「鶴翼(かくよく)」のそれぞれの構えで南西へ向け一斉に弓を引いた。





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Author:消えた二十二巻


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