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物語を物語る

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歴史ミステリー小説 東毛奇談第1章 2

物語を物語る



平成14年 10月。

(東に太田、館林、新田、尾島、……、中央部には前橋、渋川、て、西に高崎、藤岡……、群馬にはどれくらい市町村があるのだろうか)
真船千太は、ふと頭の中をよぎった。地元紙の新聞記者である真船は、記憶をたどって、確か十一市三十二町二十七村であったというのを思い出した。
来春には万場町と中里村が合併して神流町となるはずだから、村がひとつ減ることになる。そんなことを考えながらも、指先はノートパソコンのキーボードをたたいていた。
千太という名前には似合わない細身の身体に、すっと伸びた背格好、三十にもなるというのに、今でも大学生に間違われるような童顔。切れ長の目に,丸縁のメガネを掛け、鼻筋は通り、締まった口元は、ちょっとした優男に見える。しかし外見にはこだわらない性格で、今日は無精ひげに髪には寝癖がついていた。
真船は、群馬県の地方新聞社に勤務していて、現在は文化部に所属していた。この部署は他の政治経済部や社会部とは違い、常に締め切りに急かせされることなど滅多にない。ただ、秋気漂う十月のこの日、真船は急遽記事の差し替えを求められたのである。入社して七年なるが、このような状況は初めてであった。
気が急くのか、手元にあったコーヒーカップを倒した。あわや、ノートパソコンの上にこぼすところであった。
「おいおいそんなに慌てても、記事は書けないぜ」と隣席を陣取る同僚の相馬が気の毒そうに声をかけてくる。
内容は県民文化祭に関する記事で、3年前から真船の担当であった。年に一度開催される県民文化祭は、県主催、新聞社共催の一大イベントである。その開催に合わせて毎年、知事、各市町村のインタビューを掲載することになっていた。通常なら各市町村長の記事をそのまままとめればよい。ただ今回は事情が違っていた。ある市長がインタビュー記事にまずいところがあるという理由で、掲載延期を申し込んできたのである。後日再び会見するという条件もあり、また上層部からの要望もあったのでは、真船の立場からは何ともいえない。ただ真船としては、その経緯を詳しく聞かされていないことと、あまりに呆気なく圧力に屈する会社の姿勢にも不満があった。とりあえずは、去年までの県民文化祭の歴史という記事で穴うめすることになった。真船には、このとりあえずというのも気に入らないが……。
(インタビュー記事のどこが不服なのだろうか……。あれか、きっとそうだ)真船は仕事をこなす一方で、考えを巡らした。
ここ数年のあいだに全国で広がった市町村合併の気運が、群馬県にも及んできた。今回掲載延期を求めたであろう県南東部の東毛地区でも、合併のムードが盛り上がりつつあった。今までは、東毛地区の太田市と新田郡の新田町、尾島町、薮塚本町の三町を中核として、合併協議が進められていた。しかしここに来て大泉町や桐生市など周辺を含む広範囲の合併までもが検討され始めた。もし実現すれば人口三十万以上の中核都市となり、前橋市、高崎市と並ぶ県内有数の市が誕生することになる。しかもこの合併問題が盛り上がる中、来春統一地方選挙が控えているのだ。各市町村選挙と県議、市議、町議選は当然のように合併問題を争点としていた。これに呼応するように市議、町議で合併に関する会議会合が連日行われていた。そして合併問題は県の最大関心事ということで、毎日のように新聞紙面をにぎわせているのである。
そんな時期に開かれる県民文化大会は微妙なことになっていたのだ。いつもなら各市町村長の会見をそのまま記事にすればよい。しかし今回は合併問題にも当然質問が及び、その発言が新聞に載る。しかしこの時期は選挙前でもあり、情勢は常に流動的であった。候補者や会派の思惑もからんで各市町村は慎重となっていた。なぜそこまで神経質になるかといえば、容易ならない理由があるからだ。
先日のこと、ある町長が市町村合併をしないという方針を公表した。町長の一方的な方向転換であった。ここで騒動が持ち上がった。町長の発言は、合併推進派の反発を買い、リコール運動が起こったのである。たちまち町長は追い込まれ、遂には辞任した。そのためか、些細な掲載記事にも合併推進派、または反対派の目が光るようになった。そこで、今回のインタビュー記事の内容如何によっては反対勢力の格好の餌になると、市長は危惧したのだろう。真船にはわからないが、きっと掲載されてはまずいところがあったに違いない。だから直前になって、掲載延期を求めてきたのだろう。それほどまでに、この問題に関係者は敏感になっていた。
(合併してしまえば、消え行く自治体もあるわけで、結局は小さい所が吸収されるだけではないか。すべてが国の思惑と経済効果という名の下に、地方は踊らされているだけではないか。そこに地元住民の意見が反映されようが、されまいが関係なく、官僚たちの密室で決まって行くだけではないのか──)と真船はこの合併問題を疑問視していた。
ただ今は、そんなことを主張している場合ではなかった。早く差し替え記事をまとめなければならない。どこかの県知事のように機嫌を損ねて、気に入らなかった新聞社を記者クラブから追い出してしまったことがあったが、今回のことでそんなことが起こらないとも限らない。そうなれば政治部に申しわけない。
そんなときである一階の受付から内線がかかってきた。
「真船さんを訪ねてきた人がお待ちですけど、何か郷土史家で、東毛地区の歴史についてということなんですが」
真船は大学の歴史科を卒業していて、県の歴史を記事にすることが多く,この手の対応も彼の担当であった。
「えっ、俺はいま忙しいからな。違う人でよければ……。そうだ今暇そうにしている相馬を行かせますけど」
それを聞いていたのか、隣で相馬が、俺はいやだ、と手を振る。
「でも真船さんを直々にご指名なんですけど。しかもアポをとってあるって言ってます。一様、一階の接客室に待たせてありますのでよろしくお願いします」といってこちらの話にも取り合わずに切ってしまった。
うーんそういえば確かにそんな話を受けていた気もする。あのときは今日がこんな忙しくなるとは思っていなかったし、今は数分でも惜しいのに……。と内心舌打ちをしたが、長々と待たせるわけにもいかない。
(簡単にあしらって追い返そう)
郷土史家が自分の研究や自説を新聞に載せてくれと売り込みに来ることが多々ある。実際にそんな記事が載ることもあるから、きっとその手合いだろうと見当をつけた。
その部屋は、上客用の応接室などではなく、簡素な応接セットがあるだけの商談室兼休憩室のような小部屋である。そこに待たせているというだけで、客への対応がわかるというものだ。
でも俺の名前を直々に指名とはな? まーいい、気分転換くらいにはなるだろうと思い直した。
真船は、左眉にある古い傷をさすった。これが真船の癖である。高校生のときに性に合わないケンカをして作った傷だ。本人は名誉の負傷といって嘯いているが、それほどかっこいいものではない。ただこの傷を触ると、気持ちが落ち着き、いい考えが浮かぶのだ。今、しきりとここをさすった。
そして、相馬に10分くらいしたら呼びにきてくれと頼んだ。
(それを頃合いにして話を切り上げよう)
真船は寸暇を惜しむかのように駆け足で部屋を出て、一階の接客室へ向かった。
少し息の切れた真船は、ノックもそこそこに接客室のドアを開けた。その途端、こちらを見る鋭い視線を感じて、はっと息を呑んだ。
そこには異様な雰囲気を持つ男の老人が座っていた。
まず目についたのが、ざんぎり頭の白髪。いまどき結婚式でも見ない紋付の袴姿。座っているが、ピンと伸びた背筋が、歳の割に背の高いことがわかる。また日本人離れした顔立ちで、目鼻、口がはっきりとしていて、各パーツが異様に大きい。なによりも眼光が鋭く、真船が真っ先に思い付いたのが、鷹や鷲のような猛禽類であった。
そんなことを思い浮かべていたとき、老人と目が合い、見透かされたようで、真船は思わず目線を下げた。ごまかすように、部屋の一角にしつらえてある簡素な給茶コーナーに行き、安い番茶を二人分注いで、席に着く。
老人は真船に名刺を渡した。その名刺には雨月 常太郎という名前と東京都港区……:と住所が書かれていた。
「あー失礼ですが、うずきさんとお読みするのですか」
「いや、あまつきだが」
恐縮している真船を尻目に、あまつきと名乗る老人はおもむろに口を開いた。
「早速だが、新田義貞の鎌倉攻め、稲村ガ崎渡渉の件、如何に思う」
唐突な質問と古めかしい言い方に真船は少々威圧された。まして身体に似合わない甲高い声が真船の腹にまで響いてきた。だが、この老人がなぜ真船を指名してきたのかが、おぼろげながら分かってきた。以前に地元の偉人、著名人を取り上げるという特集企画があった。毎週日曜日版に、選ばれた人物を見開き2ページにわたって掲載するという大特集であり、しかも記名入りという記者にとって気合の入る仕事であった。
真船もこの特集担当となっていた。特集はただ偉人紹介という簡単なものではなくかなり突っ込んだ調査も記事にしていたから、大学で日本史を専攻し、大学関係者の知り合いも多い関係上、歴史上の人物を担当していた。記事にした一人に新田義貞がいたのだった。
(さては、あの記事を見たな)と思いつつも、鎌倉幕府滅亡を滅亡させた状況を慌しく頭の中で思い浮かべた。
1333年5月に新田義貞は挙兵して、十数日で北条氏を攻め滅ぼした。そうだ、義貞軍が鎌倉に突入した場面は確か太平記の巻十に出てくる。それは太平記の前半の山場といってもいい。真船は記事にした内容を思い出してきた。真船がその情景を頭に描いているときに、老人はカバンから太平記の現代語訳を取り出して言った。
「原文ではわかりにくいであろう。訳語を読んであげよう」というと、詩吟でも謡うかのように朗々と読み始めた。
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消えた二十二巻

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