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物語を物語る

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読売新聞「五郎ワールド」に感動。

物語を物語る

父の日が近づいてきて、新聞各紙も関連させた記事を載せている。
そんな中、ちょっと感動した逸話を書いた記事があったのでそのまま転載します。
平成21年6月13日 読売新聞 解説面「五郎ワールド」 特別編集委員 橋本五郎

「父なるもの」

父親とはいかなる存在なのだろうか。「父の日」を前に、思いを馳せるとき、すぐ浮かぶのが元首相、大平正芳である。大平には「長男正樹との永別」という慟哭の文章がある。
大平正芳は1964年8月、難病であるベーチェット病で26年の生涯をとじた。右目は失明状態、足の神経も侵され、歩行中にバランスを失って倒れることが幾度もあった。死淵に近づきつつある苦悩の毎日だったにもかかわらず、ひたすら外相である父の健康を案じ、こまごまと家族に指示した。
<私の健康に対する配慮は妻以上であった。祖父に対するいたわり方も格別なものであった。弟妹に対しては、その欠点を指摘するよりはむしろその長所を賞めて、よく励ました> 
キリスト教が日本に渡来した頃、若年ながら従容として殉教死したパウロ・ミキという少年がいた。正樹はこの少年にいたく傾倒していた。「パウロ・ミキ大平正樹」。父はそう書いた小さな墓碑を立てた。最愛の友でもあった父としての最後の贈り物だった。
<正樹との永別。それは私が夢にだに考えなかったことである。しかるに非情にも、それは動かし難い現実となった。凡夫である私は生きる希望と情熱を失いかけた。彼はなにものにも代えられない、私にとっては全部に近い存在であった。 重い鉛のような悲愁が、鋭利な刃物のような力で、今なお私の胸を刺し続けている。時日の経過によっても、その力は一向に衰えをみせないのである>
深く結ばれた父と子。これほど悲しみに満ちた表現があるだろうか。
大平には、婦人の権利拡大に生涯を捧げた市川房枝さんとの「結婚問答」がある。1979年1月31日の参院本会議でのやりとりは、政治記者として忘れられぬ光景の一つである。
市川 「総理はお嬢さんに、昔から『おなごは勉強せんでいい。可愛い女になれ。そして早くお嫁に行きなさい』と言っておられたそうだが、今もそのお考えか。もしそうなら、婦人問題企画推進本部長は落第だと申し上げざるを得ない」
大平 「私が娘に、早くお嫁に行けと申し上げたのは事実でございます。娘を持つ父親と致しまして、できるだけ早く良縁を得て身を固めてもらいたいという念願を持っておりました。『女に学問は要らない。早く嫁に行け』という言葉は、ご批判をいただく余地が十分にあると思いますが、早く嫁に行って、全体として女の幸せを追求してもらいたいという父親の気持ちをお汲み取りいただきたい。 婦人は男性より物事に誠実でございます。道義の感覚に鋭敏でございます。とりわけ子供をもうけるなどという手応えのある人生経験は男にはできないことでございます。私は女性を尊敬致しております。
付け加える何ものもない。私も娘を持つ父親になってその思いを一層強くする。

石橋湛山元首相の次男、海軍主計中尉石橋和彦は敗戦前年の1944年2月、全軍が玉砕した南太平洋クエゼリン島の激戦で戦死した。 湛山は泰然としつつ、悲痛な覚悟を歌にした。
「此の戦如何に終わるも汝が死をば父が代わりて国の為生かさん」
自由主義者湛山は第二次世界大戦中、徹底して軍国主義の圧迫を受けた。次男の死が伝えられて1年後、戦死の公報が届いたとき、湛山は言い切った。「私は軍部及びその一味から迫害を受け、東洋経済も常に風前の灯だ。その私が今や愛児を軍隊に捧げた。私は自由主義者ではあるが、国家に対する反逆者ではないからである」
芳賀綏東工大名誉教授は憂国の書「威風堂々の指導者たち」(清流出版)の中で、「剛直な言論人」湛山の姿を余すところなく伝えている。
「愛国と合一を説く正統自由主義者の言。その重みに打たれず、その心事に涙せぬ者は湛山の人と思想を解さぬ者。語る資格のない者である」 ここには凛とした、微動だにしない「強い父」の姿がある。「厳父」の品格がある。
1956年12月、自由党総裁公選の決選投票で、岸信介にわずか7票差で逆転勝利した湛山は翌年1月8日、自由党総裁としての第一声を東京・日比谷公会堂であげた。
「民主政治は往々にして皆さんのご機嫌を取る政治になる。国の将来のためにこういうことをやらなければならぬと思っても、多くの人からあまり歓迎せられないことであると、つい実行することを躊躇する。 私どもが四方八方のご機嫌取りばかりしておったなら、これは本当に国のためにはなりませんし、本当に国民の将来のためになりません。私どもは所信に向かって、ご機嫌取りはしないつもりであります」
政権交代をかけた衆院選を前に、政党の人気取り競争に拍車がかかりそうな気配だ。
病気のため湛山は首相就任2カ月で退陣を余儀なくされた。しかし「オベッカ政治はやらない」という湛山精神は、政治リーダーの核にあるべきものとして、時代を超えて継承されなければならない。
以上が引用。

私も娘を持つ父親なので、この気持ち分かります。
また、Wikipediaにこのエピソードが載っていて、「長女に対して口癖のように「女子(おなご)は勉強せんでいい。可愛い女になれ。そして早くお嫁に行きなさい」と語っていたとされ、こうした言動が『婦人公論』誌で長女により明かされたところ、国会で市川房枝により女性蔑視として厳しく追及された[67]。政治とは直接関係のない話題での追及に大平は顔をくしゃくしゃにしながら苦笑しつつユーモアたっぷりに答弁し、議場は大爆笑に包まれた。 」となっていました。

この「五郎ワールド」月1ぐらいの割合で掲載される。これが結構いい話、感動話が載っているので、いつも読んでいる。
ただ、これ読売新聞オンラインにもでていないので、過去のものが読めない。
まとめて書籍にしてくれないかな~。
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