スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第5章 6

物語を物語る

「横道にだいぶ逸れてきましたけど、雨月の手紙にある兜について、光秀や信長につながるものがまだ弱い気がするのですが……」真船が軌道修正した。
「おっ、まだ話していなかったな。まず確認しておかなければならない。この仮名手本忠臣蔵は兜が重要な小道具として使われ、また兜改めや合兜と各段の題名にもなっているから兜が重要な因子であること間違いない。ここを忘れるな。よしそれでは千ちゃん、兜の種類を挙げてみな」
「えーとそうですね、まず兜改めで義貞が身につけていたものは筋兜でしょう。例の福井の灯明寺畷で発見されたものがこれですから。鎌倉幕府の終わりころから流行りだした言われています。その他には頭兜や星兜、糠星兜などがありますが……」
「よしそれじゃー、星兜についての解説を読んでくれ」といって兜図鑑を琴音に渡した。
「星兜というのは、兜の鉢板に打ち付けてある鋲の頭のことである。特にこの星の大きいものを、糠星、厳星、大星という。……ん。おおほし!」
大星由良助の『おおほし』はここから来ていると俺は睨んでいる。よし頭が冴えていきたところで質問だ。信長に仇討ちしたいと願っている奴はだれがいるかな。大勢いるだろうけど、信長に一番恨みを持っている者だ。さあ挙げてみな」
「そうですね、信長に滅ぼされた人は、今川義元や武田家などですが」
「いやそうじゃない。残忍に殺されれば殺されるほど恨みは深い。さあもっと」
「うーん、首を取られたあとに髑髏にされて金粉を塗られたという朝倉義景や浅井長政とかじゃないの」琴音が答える。
「いや違う。彼らは武士だよ。戦に負ければ、首も取られる。それは仕方ないことだよ。ヒントは理不尽な殺され方をした者たちだ。さあ頭をひねれ」
「ということは武士ではなく、しかも個人でもない。つまり大勢の人が虐殺されたということですね。となると比叡山延暦寺の焼打ちとか、一向宗への弾圧ですか」今度は真船が答えた。
「いや、信長がこれら宗教徒へ武力攻撃したのは戦略上仕方がないことだった。延暦寺も一向宗も相当数の兵力を持ち、既に侮れない存在となっていたからな。天下武布をスローガンとしている信長にとっては排除しなければならない抵抗勢力だった。といっても武器を持たない僧や女子供まで殺したというから信長を怨んだだろうが……。でももうひとつあるだろうが信長が討たれる直前にやったことが……」弦さんはなかなか答えが出ないので苛々し始めた。それは口調で分かる。
「それは伊賀攻めですか?」逆に真船が聞き返した。
「ふーやっと出た。このまま日が暮れちまうかと思ったぜ。いいかぁー伊賀攻めはその国の人口が半分にまで減るという歴史上稀に見る大虐殺だ。こんなことは日本では、この前にも後にもこれしかない。同じ殺されるにしても理由はあるだろう。武士だから、宗教上のことだからとか。でも伊賀攻めは違う。伊賀国には、信長に従わない忍者という得体の知れない者が多くいるという理由で、その国に住む無関係の人々も無差別に殺されたというんだ。こんな理不尽なことはない」
「それは分かったけど、その伊賀攻めと仮名手本忠臣蔵の兜がどこでつながるの?」
「さっき自分で答えを言ったじゃないか」と言って弦さん特有の高笑いをした。
首をひねった琴音はしばらく考えて、あっと声を上げた。思考が閃いた。「分かったわ。兜の大星の別名は厳星(いがほし)。兜図鑑のここに説明があるわ。『いがほし』は、江戸時代に称する伊賀星と混合されている。伊賀星は栗のイガなどからきたものだという、とあるわ。江戸時代には大星は、厳星と伊賀星が交じっていたわけか。大星=厳星=伊賀星というわけね」
「凄い、気付かなかった」今度は真船が唸った。
「憎っくき高師直を討った大星由良助、その名前に意味が隠されていたのさ。大星兜→厳星兜→厳もの→伊賀者となる。高師直は信長だから虐殺された伊賀者たちは劇中で仇討ちを果たす。これこそ鎮魂劇だ」
「兜、光秀、そして義貞がこうしてつながるわけね」琴音は深く嘆息した。
「仮名手本忠臣蔵の大きな魅力のひとつに、おかる・勘平などのサブストーリーがある。今回はこの点に触れない。今は劇の基本構成や登場人物と実在者の因果関係を探ろうとしているからだ。このサブストーリーは仮名手本の作者の洗練された物語りだから機会があったら語り合おうぜ。それじゃー、仮名手本忠臣蔵の構図をもう一度見て行こう。この劇には、義貞と光秀の仇討ちが暗示されているのは確認できた。あともうひとつ隠れた構図を発見したんだ。聞くかい?」
琴音と真船は声を合わせて、もちろんと答えた。
「いいかい、それは大序から三段目にかけて登場し、物語のサブストーリーで重要な役目を負うことになる桃井若狭之助と加古川本蔵だ」といって抹茶ムースポッキーを一本口に咥えた。
弦さんは春に発売された期間限定品を買いだめしていた。菓子は商品の入れ替えが激しい。新商品だといっても数週間で消える物も多い。菓子メーカーは、スーパーやコンビニの棚の取り合いだ。どんどん新規商品を投入していかないと他のメーカー商品と入れ替えされてしまう。その辺の事情を知っている弦さんは、気に入った菓子が発売されると、大量に買い溜めしておくのだ。今のお気に入りは抹茶ポッキーらしい。琴音も期間限定という文句に興味が引かれ、一本戴く。
椿三十郎は酒を飲むと頭が冴えるが、俺は甘めえものを食うといい考えが浮かぶんだぜ」と琴音には分からない言葉を吐いて続けた。
「大序の場面では、桃井若狭之助と高師直が、義貞の兜の真偽をめぐり対立する。その判断を塩谷判官の妻顔世御前が、義貞の兜に間違いないとして、一応決着をみる。ここで話は展開して、顔世御前に心を寄せていた高師直が、御前に言い寄るが、これを桃井が助けるのだ。このことに怒った師直が、桃井に対して侮辱を始め、桃井がかっとして刀に手を掛けたその時、足利直義の帰館の声がかかり、桃井は何とか怒りを耐えてその場をしのぐというのが、大序の流れだ。
二段目で桃井は家臣の加古川本蔵に、師直を斬ると告げる。三段目で本蔵はこの危機を回避すべく、師直に金品を渡して矛を収めようと努め、結果師直と桃井は和解する。ここで師直の矛先は、塩谷判官に向き、罵声を浴びた判官は思わず抜刀してしまう。ここで本蔵が判官を押さえてしまったために、判官は本懐を遂げることが出来なかったと、実際の浅野内匠頭が江戸城刃傷事件とつながることになる。ここで作者は、判官の家臣由良助の子力弥と本蔵の娘小波が婚約していたという話を入れ込み、物語は更に重層的になる」
「随分と複雑ね。しかも登場人物が入り組んでいる」
「作者三人で物語を大分練ったんだろうな。多分黒澤組みてぇにな。よし、ここで問題なのはだ、『桃井』という役名だ。劇の時代設定である南北朝時代において桃井若狭之助に当てはまる人物は、桃井直常となる。桃井氏は足利氏族の一族だったから、常に足利方となって戦っていた。直常は、鎌倉幕府討幕時から尊氏の軍に参陣して、六波羅探題攻めにも参加。その後も活躍し、若狭・伊賀・越中守護となり、官職は刑部大輔にまでなった。しかし転機となるのは、尊氏と直義が始めた兄弟対立であった。直常は直義派の中心人物となり、尊氏・高師直と戦ったのだ。結局直義は尊氏に毒殺され、直義派は劣勢となり、次々と粛清されていく。直常は守護職を解任されると、その代わりに斯波高経が越中守護職に就くんだ」
斯波高経って義貞を討った武将ね。義貞のもっていた鬼切り丸や鬼丸を分捕った人でしょう。何の因果か知らないけど、やたら関係してくるわね」
「いや斯波高経にはまだ話があるんだが、今は後にして、桃井についてだ。それでなー、桃井一族は、越中において幕府方の斯波氏と戦うことになったが、直常は1367年に越中松倉城で病死した。そしてその4年後に松倉城は落城して桃井家は武将としての歴史は終わりと告げた」
「武将として……ですか?」真船はこの言葉に引っかかった。
「そうだ。それは一先ず置いといて、ここまでをまとめてみるぜ。問題なのは仮名手本忠臣蔵ではなぜ桃井の名前を使ったのかだ。俺はこれが気になっていた。そこで俺なりに解釈してみた。第一、足利一族でありながら足利幕府と対立する立場に立ったこと。第二、仮名手本忠臣蔵の中では、権力の主は直義であり、尊氏は登場しない。桃井直常は直義派の中心人物。第三、さっき龍ちゃんも言ったが、斯波高経とその一族は、義貞を討ち、桃井氏を取り囲んで没落させたことになる。新田一族と桃井一族は斯波氏という共通の怨敵を持ったことになる」
「ということは、この三点により、桃井は悲劇の象徴として表されているということですか?」真船は続けて質問をぶつけた。
「いやそれがそうじゃない。仮名手本忠臣蔵での桃井若狭之助の役回りは全く不可解である。物語進行上では破綻なく行動しているが、筋からいえばあまり必要な役ではないだろう。そこがポイントである。大石内蔵助=大星由良助、吉良上野介=高師直、浅野内匠頭=塩谷判官と判別でき、しかも善と悪がはっきり区別されている。桃井は善でも悪でもない灰色の役回りである」
「桃井若狭之助の役名は、実在の若狭守護・桃井直常となるわけでしょう、これだけ役名を変えていないのが不思議ね」
「龍ちゃん相変わらず冴えてるな。そこだぜ言いたいのは。名前を考えたり、捻ったりするのも、作者の密かな愉しみだぜ。それに太平記の時代からなぜ桃井という人物を担ぎ出してきたのかが引っかかる。そこでひとつの事件が出てくる。それは高師直の塩谷判官討ち取り事件だ。やはり仮名手本忠臣蔵の作者はここから大分引っ張ってきてるのが分かる」
「この逸話と赤穂浪士の話を結び付けようと考えただけでも天才ね。それともかなりの力技かな」
「両方だな」
「それで塩谷判官討ち取り事件と桃井直常とはどんな関係があるの?」
「それが塩谷判官を討ち取るようにと、幕府が指名したのが桃井直常だった。そして桃井は追っ手の総大将として、塩谷判官を追い詰め滅ぼしたことになる。またその軍功として、桃井は伊賀守護職をもらったのだ」
「これはかなり複雑ですね。仮名手本忠臣蔵の作者たちは、桃井という役名を登場させて、歴史の織り成す綾、不可解さを表現しようとしたのではないでしょうか?」と真船が問うた。
「確かにそうかもしれん。ただもう一つ桃井でなくてはならない理由があるんだ」
「もうひとつ?」
「ああ、さっき武将としての歴史は終わったと、俺が言ったとき千ちゃんは何か感じたな。桃井氏にはこの後に意外な形で歴史に登場したんだぜ。ところで幸若舞というのを知っているかい?」
真船が答えた。「えーと、『人間五十年 下天の内に比ぶれば夢幻のごとくなり、一度生を得て滅せぬ者あるべきか』と織田信長が舞った『敦盛』が有名でしたね。確か1560年5月、西上してくる大軍・今川義元との戦いを前に、決死の覚悟をした信長が舞ったという有名な場面ですね」
「千ちゃん大分詳しいな。よし、信長が幸若舞を好んだというのも重要だな。そもそも幸若舞というのは、室町時代初期から始まったもので、声明を取り入れた軍記物語などを太鼓、小鼓に合わせて謡う曲舞の一種で、武家の愛顧を受けた謡舞であると解説されている。また幸若舞は、相手の幸福と繁栄を祈願して、舞いながら祝言を述べるという形態をとることもあり、戦国武将の御前や祝宴において行われたために大変好まれた。と説明はこのぐらいにしてと、じゃーこの幸若舞を始めたのは誰かといえばだ、桃井直常の孫直詮だとされているんだ」
「えっ……なんでこんなにつながって行くのかしら。偶然の一致なの?」
「偶然の一致というのは万に一つあるかないかだだろう。ひとつの物語りでこれほど繋がりがあるということは、必然つまり作者の意思だ。よーしそれじゃー続けようぜ。桃井直詮は比叡山に登り、学問を学んだが、天性の美声であったことから、白山神社に籠もり、修行を重ね幸若舞を完成させたという。その後、後花園天皇に召され、大夫の称号を授かり、足利将軍家にも寵愛された。戦国期には、武将たちに好まれ、特に信長は幸若舞始祖の桃井家を優遇した。それは幸若舞発祥の地として越前丹生郡朝日に幸若領として百石の知行を与えている。なお、織田氏発祥の地である織田町と朝日町とは隣接しているんだ」
スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2007年07月 09日 (月)
  ├ カテゴリー
  |  └ 歴史ミステリー小説「東毛奇談」
  └ 歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第5章 6
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。