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「ブラジル人学校設立」と「藤原正彦」

物語を物語る

群馬県太田市に「群馬国際アカデミー」(GKA)という学校がある。
詳細はここで。
この学校については何度か「批判記事」を書いてきた。
その中で「英語学校よりも地元に即したポルトガル語の学校を」と書いた。
これを書いたのが2年前のことだった。
そこで、先日の新聞記事からこんな記事を見つけた。
平成21年7月31日付け上毛新聞

太田の伯人学校、初の認可へ 私学審が計画承認  県私立学校審議会が30日、県庁で開かれ、太田市龍舞町のブラジル人学校「エスコーラ・パラレロ各種学校」(石井・ジョアナ・ファスチイノ校長)の学校設置計画を承認した。大沢正明知事への答申を経て、早ければ年度内にブラジル人学校としては県内で初めて学校教育法に基づく各種学校に認可される見通し。
 認可には財政的に安定していることや、原則校舎を自己所有していることなどが必要だが、本県では校舎については長期の賃貸借契約があれば、設置を認めるよう条件を緩和している。各種学校になると、法律に基づいた「学校」となり、学割の適用対象にもなる。
 県内にはブラジル人やペルー人向けの外国人学校は約10校あるが、現在はすべて「私塾」扱いで、国や県からの支援はほとんどない。県内では長引く不況の影響で職を失うブラジル人の保護者が多く、学費を払えず、ブラジル人学校に通えなくなる子供たちが増えている。

遅い。もっと早く対応すべきではなかったのか。
経済状態が悪くなって、外国人労働者のクビ切りが始まり、国にも帰れず、そこに、学校に行けない子供が出てくるという状況が生まれている。それではあまりにも対応が遅いというのだ。彼らブラジル人は、地元工業都市の底辺を支えた人々ではないのか。これはあまりにもひどい話だ。
2年ほど前にも書いたが、地元の子供も通わない裕福な家庭のための学校に税金をつぎ込むくらいなら、こういった施設に目を向けるべきだったのだ。
今年の4月に太田市市長選、大泉町町長選が行われたが、こういった論議はなかった。実に残念としかいいようがない。
この「ぐんま国際アカデミー」の学校設立は、「英語=国際人」「英語=かっこいい」といったもの根底にがある。この「英語至上主義」は改める時期に来ている。それは「小学生からの英語教育」といった問題と併せても考えるべきなのだ。
そこで、藤原正彦著「祖国とは国語」(新潮文庫)の「英語第二公用語論に」から。
ここでは、現在進められている英語教育を大いに批判している。
例として、「英語がうまくなれば経済が発展するのか」「英語はすべての日本国民に必要であるのか」「英語がうまければ国際人になれるのか」「他の教科の授業時間を削ってまで英語教育に時間を割くべきなのか」といった点を上げて、問題点を指摘している。

特に小学校の英語教育に対して否定的だ。

「(小学校で週5時間を英語の授業に割り当てると)週当たり総時間数はたったの20数時間だから、他教科は必然的におろそかになる。漢字も九九も駄目という日本人であふれることになろう。母国語はすべての知的活動の基礎であり、これが確立されていないと思考の基盤が得られず、内容は空疎な人間にしかなれない。また数学はすべての科学の言葉であり、これが軽視されると科学技術立国は覚束ないから、経済発展どころか資源のない我が国は食べていることさえままならなくなる。
英語教育を強化拡大し英会話能力を育てるため小学校から英語を導入する、などと言うと聞こえはよいが、これは他教科の圧縮を意味し、国民の知的衰退を確実に助長する。愚民化政策と言って過言ではない。<中略> このような誤解に基づいた英語第二公用後論だが、実はこの論の最も救いようのない所は、母国語=文化伝統=民族としてのアイデンティティー、という視点の完全な欠如である。言葉を伝達手段としてしか見ていない。

また、こうも書いている。

英語が世界を支配すれば、米英の思想や思考法が支配的となる。米英文学がかりが世界中で読まれるから感性の世界においても米英が支配的となってくる。独、仏、露、中国、日本などからの情報や文学は世界に翻訳を通じて間接的にしか届かず、その地位は相対的に大きく低下する。
アングロサクソンの文化が世界を覆い尽くし、他の文化や伝統は衰微の道をたどるだろう。言語支配の行く末は、我が国でアイヌや琉球のたどった運命を考えれば大概は想像がつく。言語とは文化伝統であり民族としてのアイデンティティーなのである。
世界各地に花咲いた美しい文化伝統を守り発展させる、ということは人類最大の大義と言ってよい。<中略>
英語第二公用語論はいくつかの誤解に基づいているばかりか、実現された場合には国民の徹底的な知的衰退をもたらし、日本という国にとどめを刺すものである。文化とか国家というものへの省察を欠き、流行りのグローバリズムに乗っただけの空論と言ってよい。
このような恥ずべき論が、日本の代表的知性を集めたと見られる懇談会(「21世紀日本の構想」懇談会で当時の小渕首相に提出された報告書)から堂々と出てきた所に、我が国が直面する情況の真の深刻さがあるように思う。


まさに正論。
これを読むと、ブラジル人が多く住む太田市に「ポルトガル語」の学校が出来るというのは、大きな意義があるというのが分かる。

藤原正彦 祖国とは国語
やはり、藤原正彦の著作を読むと「祖国愛」「日本人」「真の国際人」といったものを考えさせられる。



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