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物語を物語る

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ジェンダーフリー論者は街宣右翼と同じで、日本社会には毒である。

物語を物語る

平成21年9月5日 朝日新聞 別刷り「be」から
読者のお悩み相談「悩みのるつぼ」

7月4日の「悩みのるつぼ」の欄に若い女性の性の悩みの相談があり、多少ふらちな興味で読んでしまいました。
ところで、私は66歳の無職の男性ですが、性の悩みは決して若い人だけのものではなく、自分にもあることがわかってきました。私の妻は62歳で、長男夫婦と孫3人の7人で、現在暮らしています。
私たちの夫婦仲は普通だと思います。ですが、すでに性生活はありません。私にとっては不満が残るのは、妻が私の体に触れられるのを嫌がることです。一切を拒否されるので、我慢ができなくなるのです。
年齢を重ねれば、夫婦生活がなくなっていくのは自然の成り行きだと思っていました。ただ、私としては、時には妻の体に触れてみたいという、性欲のようなものが残っています。この思いはどうすることもできず、ほかにあたることがあったりします。
かといって、いまさら、外で処理しようとは考えられません。思うに、私のような悩みを持っている同じような年齢、境遇の男性、あるいは女性が結構いるのではないかと思います。ただただ我慢するしかないのかが、今の私の悩みであす。
ちなみに私は男性機能はなくなっています。それなのに妻の肌に触れたい気持ちを持つのが異常なのでしょうか。

回答者は、 社会学者の上野千鶴子(東大教授)

また回答者のご指名を受けました。うれしいことです。
この広い世界で触ってよい異性がたったひとりとは、ご不自由なことですね。それというのもあなたがそういう契約でご自分を縛ったからこそ。「結婚とは、自分の身体の性的使用権をたったひとりの異性に生涯にわたって排他的に譲渡する契約のこと」とわたしは定義しています。こんなことを部数800万部の全国紙に書けるようになるなんて、よい時代が来ました。
ところで、あなたが触れたいのは、妻でなくてもかまいませんか、それとも妻でなければなりませんか?それによって答えは違ってきます。もし前者なら契約を解除するか、もしくは妻に契約違反を許可してもらわなければなりません。妻の方も、あなたに触られるのがイヤなだけでなく、あなたが他のすべての異性に触れるのがイヤなのでしょうか。これも聞いてみなければわかりませんね。
もし後者なら、これは性欲というより、関係欲というものです。性器挿入がなくても親密さを表現する手段としてのスキンシップはあたりまえ。あなたの側に妻に親しみたいという気持ちがあって、妻の側にないとしたら、これは「片思い」というものですね。(苦笑)
でも、もしかして、妻がそうなるにはそれ相応の理由が過去にあったのではありませんか?
「妻が自分の体に触れられるのを一切嫌がる」関係を、「普通の夫婦仲」とは呼びません。夫婦ってこんなもんだ、と思うそんなあなたの鈍感さを、妻は嫌がっているんじゃありませんか?
触れるのが親密の証なら、まずあなたと親しくなりたいというサインを妻に送り、過去を反省して、妻と関係を結び直すことです。夫婦であることにあぐらをかいてはいけません。
それともこれは単に「触れたい欲」というものでしょうか。それなら解決策はかんたん。小さな孫だの、ペットの犬猫だの、ふあふあしてやわらかいものを身近において、思いきりさわり倒し、抱きしめてあげてください。体温のあるやわらかいものをさわる楽しみを、女性は子育ての過程でたっぷり味わっています。赤ちゃんが生まれてから夫に触れたい欲望がなくなったという女性もいるくらいです。孫のお守をすすんで引き受けてはいかが?喜ばれますよ。

なんだよこれ、頭でっかちのジェンダー思想の大家の独演会か?
全く答えになっていないではないか。
性欲による悩みなのに、「結婚とは契約」とかいった自説をご披露し、66歳のいい年こいたおっさんに「ペットやぬいぐるみを抱け」などと平気で言う神経がどうかしている。アホか。
こんな馬鹿な質問を新聞社に投稿する66歳のおっさんも「のりピー」ぐらいどうかしているが、そんなアンポンタンには、「風俗へ行け」または「我慢しろ」で十分だ。でなければ「町中をマラソンでもしろ」とか、「性欲に悩むのなら「親鸞」や「瀬戸内寂聴」でも読め」とかそんなもんでいいじゃないのか。
ジェンダーフリーの教祖様みたいな「上野千鶴子」をご指名して、こんな質問するのがまずおかしい。何でも記号化して公式にあてはめる社会学者先生に、「人の心」が分かるのか。「深遠なる人間の業」を見つめ、「人生の苦悩」から人を救うことなど土台できない。
(私は社会学者という冠を付けた先生というものを全く信用していない。宮台真司とか)
だいたい朝日新聞のこの日の書評には「ジェンダーフリー」の本が写真付き紹介されていて、また別記事では、上野千鶴子を含むこの手の本の特集があった。
この時期に、朝日新聞が必死になって「ジェンダー問題」に力を入れるのが気になるところだが、実に気持ち悪るく感じられる。この新聞が偏っているというのが、この一点からでも良く分かる。(政権交代で「左」に傾いているからか? なにしろ社民党の人が大臣ポストを要求するご時世だから……)

こう語っていくと、私がすべての「こういった運動」に文句をいっているように見えるがそうではない。
女性の社会進出、男女平等など、議論され改善されるべき問題だというのは十分認識しているし、またこうした運動が十分に行われるべきだと思っている。(「ひなまつり」と「金子みすゞ」と「アフガニスタンの女性たち」とか、ちょこちょこ書いている。)
しかし、気になるのは、ここに「ジェンダーフリー思想」を掲げてこの手の過激な主張をする人々が台頭してくる点にある。彼ら、彼女らは、こういった問題にしゃしゃり出てきて、ヒステリックに騒ぎ出す。「伝統芸能には男尊女卑が隠されているから、『ひなまつり』はやめましょう」とか「テレビで女子アナが『今日は洗濯日和ですね』と言ったがここに女性蔑視が隠されている……」とか「『ドラえもん』にも『サザエさん』にもあった性差、男性社会の現れだ」「あっここにもあった、あっちにもあった女性差別」「正しい性教育が必要だ。小学校低学年から性器のついた人形で性交のお勉強を!」「家事や子育ては無償の労働であり資本制の間接搾取だから放棄せよ(?)」「女性が近代資本主義の利益に貢献すると家父長制度を強化することなる(?)」「女性は『産む性』であり、父権的性的奴隷(?)」……といった具合だ。
いや、やっている本人らには実に楽しそうな研究(?)だが、はっきり言って、そこまで行くと、みんな「引く」んですよ。大半の一般人が、ここまで社会を壊すような思想を受け入れるはずもないし、本来「男女平等」「女性の社会進出」は必要だと思っている人たちまでが、これではもついて行けなくなる。こんな考えに賛同するような人は極少数だろう。
しかし、「ジェンダーフリー論者」はそうは考えない。この立派な思想(本人らは理論だというだろうが)を受け入れない人々を「遅れているバカだ」「勉強不足のアナクロ人間」と見下し、自分らを高尚な優等な人種だとして、高みに置く。
こういった学者ずらした態度が実に気に入らない。(私はこっちのほうが差別だと思うが……)

実際には、女性差別に対して真っ当に運動しようとしてる人たちの邪魔になっているのではないかと思えるのだ。過激な主張をする自分らは正しいことを言っていると思っているようだが、この行き過ぎた思想は、たちまち一般人には敬遠される。そこが分かっていないのか。
まったくもって、机上のみの論理で、ここに「現実」がなく、「人とは何か」という根本的なものがない。
それに極端なことを言えば、「女性差別だ」「男性支配の社会だ」と日本といった先進国で叫ぶんだったら、女性差別が酷いイスラム諸国やカースト制度で差別があるインドや、いまだに少女の人買いがあり、一人っ子政策で女の子が生まれたら殺す中国、女性たちが民族紛争の犠牲になっているアフリカ諸国……などなどこういった海外へ行って運動をすればいい。私はそれこそが本当の意味での「女性解放運動」だと思う。
まあ、しょせん「平和な国の、高等遊民の学問」だということだ。

私には、この過激なジェンダー論者たちが、どこか「右翼の街宣車の人たち」と同じに見える。
過激な街宣右翼は、はっきりいって、真の保守・右派にとってはまことに迷惑で、すべて「右側の人」たちということで、一括りにされるのは大いに困るのである。
これがジェンダーフリー論者と街宣右翼とが似ているというのだ。
「ガーガーと自分の意見を言いたてて」「騒音をまき散らし」、「運動は戦いだと思っている」「混乱と破壊を生み」そのくせやっている本人らは、まったくもって「気持ち良さようだ」

ここで、福沢諭吉の「尊王論」から一節引いておこう。(現代語訳)

およそ人間社会の安寧を害するものは極端論であり、極論よりはなはだしいものはない。完全で健全な主義を称するものであっても、それが極論に至れば、危険性が生まれる。ましてや現在の人類があえて文明の名目で行うと言っても、その言行はすべて小児の「戯れであって、頼りにならないことが多いからなおさらである。さらにまた古来より伝わってきた教育に従って、事物の両極端だけを知り、思想が浅慮で度量が狭隘で、これまで自尊自治がどういうものであるかを理解していない日本国民としてはなおさらであろう。これは多数のわがままな子供達と変わらない。

つまり、「過激なジェンダー思想」も「街宣右翼」も極論に偏ったものは、人間社会の秩序と公共の平和を破壊するものである。
こんなものは社会生活に不必要だ。
また最も問題なのは、その「ジェンダーフリー」なる極論が、日本で一流(?)といわれている朝日新聞に堂々と載っているということや、教育の現場(上野は東大教授、この思想をもとにした他過激な性教育など)に持ち込まれているという点にある。
この思想は、「家族を否定してる」のだから、これは究極的には「人類破滅」を意味している。まさに、核爆弾よりも危険なものなのだ。真に「平和」や「人間」を守りたいなら、「憲法9条」を必死になって守るよりも、「家族」を「社会」をどうやって守るのかを考えた方がいい。

それにしても、朝日新聞というのは、こんなものを朝から読ませるのだから実に恐ろしい。

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