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物語を物語る

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読売新聞、「五郎ワールド」とか「編集手帳」とか

物語を物語る

アクセス解析を見ると、検索ワードが「五郎ワールド」で来られる方が結構いることが分かった。
過去の記事
ということで今月分を書き起こしてみました。

読売新聞 平成21年10月10日 橋本五郎「五郎ワールド」から

「友愛」と「友敵」の間 「性善説の危うさ」
夫婦仲むつまじく、手を握りながら飛行機のタラップを降りて来る。休日には、パン屋に手を取り合って出かける。
鳩山由紀夫・幸夫妻。今までの首相には全く見られなかった光景を目の当たりにして、首相の祖父の『鳩山一郎回顧録』にある「闘病と内助の功」を思いだした。
公職追放からの解除を目前に、鳩山一郎は脳溢血の襲われた。「闘病生活とはひとつの精神闘争」。そう思った一郎は、妻薫に漱石の『草枕』や谷口正春の『生命実相』を読んでもらい、病と闘った。
妻の「内助の功」に感謝しながら、議会政治の先達であるイギリスの歴代首相がことごとく妻に支えられていたことに思いを馳せるのだった。
チェンバレンは「もし妻がいなかったら成功できなかった」と日記に書いた。内気だった前任のボールドウィンに勇気を植え付けたのは夫人だった。グラッドストーンはロンドンから選挙区にいる妻に、多い日には2回も3回も手紙を書いた。
チャーチルの伝記を書いた評論家がチャーチル夫人を称えた文章を一郎は妻薫に献じた。
「彼女がいなかったら、偉大な人物も実際にはもっともっと丈の低い者になっただろう。チャーチルもまた賢い、美しい、そして忠実な奥さんのインスピレーションと同情に負うところがあった。」
『回顧録』で一郎は、こうした妻の献身を書きながら、なぜ「友愛」を政治信条とし、普及に努めようとしたのかについて書いている。
公職追放中に一郎は、、「欧州統合の父」と呼ばれたオーストラリアの貴族、クーデンホーフ・カレルギーの著作を読み、深く共鳴した。そこには「友愛」についてこう書かれてあった。
<民主主義とは、自分の自由と人格の尊厳を尊重すると同時に、他人の自由と人格の尊厳をも尊重する思想が基礎になくては成立しない。民主政治完成のためには、どうしても友愛革命が必要である>
そして1953年4月には「友愛青年同志会」を結成、全国各地で講習会や映画会を開いて友愛精神の普及に奔走した。4年後の『回顧録』執筆時には、支部は240を数え、会員は1万6000人を超えるに至った。
半世紀を経て、その孫は再び「友愛」を政治の基軸に置き、内政、外交の懸案解決にあたろうとしている。「価値観の違う人や国に対して敵視ではなく、信頼醸成を図るものだ」と説明する。日中首脳会談では、利害がぶつかり合う東シナ海を「いさかいの海」ではなく、「友愛の海」にしたいと胡錦濤主席に呼びかけた。
「友愛」とは、人間の善意を信じ、みんなと仲良くすべきだということだろう。無限抱擁的な理念であり、その根底にあるのは「性善説」と言っていい。一人の人間の生き方としては、私もかくありたいと思う。
問題は利害錯綜の森の中で、「可能性の技術(アート)」という政治目的を追及するにあたって、「友愛」とは何かということだろう。
「政治とは力である」。東京駅で凶刃に倒れた平民宰相、原敬は政治の権力的側面を重視した。
「政治は理念である」。台湾や満州の経営に手腕を発揮、関東大震災の復興に力を尽くした後藤新平の言葉は、倫理がないがしろにされていることへの批判でもあった。
「真の政治理念は、すべて人間を『悪なるもの』という前提で考えてきた。危険かつ動的な存在とみなしてきた」ドイツの政治学者、カール・シュミットは『政治的なものの概念』でそう喝破した。
中国の思想をひもとけば、法や政治の固有の意義を強調した荀子や韓非子は「性悪説」論者だった。近代政治学の祖といわれるマキアヴェリやホッブスは悲観的人間観の持ち主だった。
シュミット自身、政治が政治である究極の所以は「敵・味方関係」であると説いた。道徳においては善か悪か、経済では利・害が問われるように、政治では最終的に問われるのは「友・敵」関係だというのである。
「友愛」か「友敵」か。性善説なのか性悪説なのか。われわれの取るべき道は、素朴な性善説でも、宿命論的な性悪説でもないだろう。
<人間とは善い方にも悪い方にも転び、状況によって天使になったり悪魔になったりするところに、技術としての政治が発生する地盤がある。政治の前提とする人間とはこのように『なぞ』的な人間である>日本を代表する政治学者、丸山眞男は「人間と政治」(『現代政治の思想と行動』)でこう論じている。
鳩山首相の「友愛」に、このようなアンビバレント(両義的)な人間存在への諦念にも似た認識がどこまであるのか、必ずしも分からない。
国際政治とは、あらゆる手段を駆使して国益を守ろうとする国家間の角逐の場である。
「友愛」という温かい響きの言葉の背後にも、絶えず冷徹な「政治的リアリズム」への配慮を忘れてはならない。

要点は後半で、鳩山「友愛」外交批判です。
10月11日付・読売新聞の社説が「日中韓首脳会談 アジア重視の前提は日米同盟」だった。
民主党の「親中、脱米」を警戒しているのか、いかにも親米・読売新聞らしい論調が続いている。

で、個人的には、10月12日付けの編集手帳が面白かった。 

日本が暦を旧暦から欧米と同じ太陽暦に改めたのは1872(明治5)年のことだ。11月になって唐突に「12月3日を明治6年の正月とする」とする布告が出され、世間は大騒ぎになった◆改暦を断行した大隈重信の主眼は文明開化ではなかった。旧暦の明治6年には閏月(うるうづき)があり、官僚に1か月余計に月給を払わねばならない。回顧録で大隈は「財政の困難を済(すく)はんため」と真の狙いを明かしている◆後に「隈板(わいはん)内閣」の首相になると、大隈は再び歳出削減に取り組んだ。各省の次官、局長らを与党・憲政党員にすげ替え、内閣に臨時政務調査会を設けて行政の無駄を洗い出そうとした◆政治の刷新は脱官僚とムダの根絶から、というのは今も同じのようだ。鳩山内閣でも行政刷新会議が始動し、補正予算の見直しが大詰めだ◆隈板内閣は官僚の抵抗で予算を組めず、わずか4か月で崩壊した。現内閣の官僚は今のところ協力的なようだが、来年度予算の編成が年内に間に合うかどうか、正念場はこれからだ。下界の政権交代を見物する大隈は、「改暦で13月を追加すべし」と天上でつぶやいているかも知れない。


あと1週間前ほど前に「国際面」に載っていた記事も面白かった。

プノンペン発 カンボジアの「おしん」
「おしん、と言います」
カンボジアの首都プノンペンで乗ったタクシーの男性運転手(27)の自己紹介に噴き出した。もちろん、苦難に耐えて生き抜いた日本女性を描いた26年前の人気ドラマ「おしん」のことだ。東南アジアでも放送され、今も人気がある。
名刺に「Mr.OSHIN」とあるが、本名はキム。おしんは、タクシー会社社長が「働き者になれ」と名づけたニックネームらしい。キムさんはドラマを見たことがないが、おしんが子供時代に貧乏で苦労したと知り、似た境遇に親近感を覚えた。「おしんの苦労を学び、人生に生かしたい」とまで言う。
だがキムさんは、ポル・ポト政権の圧政下にあった自国で、想像を絶するような苦難に耐えた人々の話はよく知らない。政府が「負の遺産」の解釈を避け、学校で教えないためだ。政権元幹部を裁く特別法廷開廷を機に歴史教育が見直されている。とはいえ、すでに人口の過半数になった、キムさんら政権崩壊後の世代が自国の歴史を語れない事実の重さは計り知れない。(田原徳容)


いつも思うのだが、読売新聞の国際面のつかみは上手い。過去記事1、 過去記事2など
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