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相撲を「世界市民」レベルで語る「粕谷一希」ってそんなにエライ人なのか?

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粕谷一希」がどんなに偉いか知らないが、変なものは変だと言いたい。

平成21年10月16日 読売新聞「文化面」から
大相撲 国技と国際競技の溝
粕谷一希(評論家)

大相撲秋場所が終わってしばらく経つが、今も余韻が残っている。千秋楽の最後まで白熱の土俵がつづき、門外漢のひとりに過ぎない私などもTVを通じて、毎夕楽しんだ。危ぶまれた朝青龍も白鵬もモンゴル出身だが、彼らだけではない。琴欧州や日馬富士など、上位陣の多くが外国人になってしまった。これは21世紀の日本にとっておめでたいことだが、多少の懸念がないわけではない。いまの相撲協会の対応を眺めていると、一方で国際化の波をうまく受け入れていながら、他方で国技としての性格を強調しすぎるように見えることである。
問題は、朝青龍が地方巡業をサボってモンゴルで競技に出たという事件で顕在化した。問題はともかくも収まったが、どうもものままでゆくと、これからも繰り返される可能性がある。相撲が日本の伝統的な国技であることは当然だが、これだけ国際化すると、柔道同様、国際社会との間に不適応が起こりかねない。
朝青龍は「私は日本が好きだから」と愛嬌を振り巻き、内館牧子さんとの握手が大きくTVの映像に映し出されていた。本来、朝青龍がサボったことも、祖国の政府の依頼だったようで、そうだとすれば、外国出身の力士たち全員の問題となる可能性がある。要するに、今日、相撲は国技であると同時に国際競技となりつつあり、外交問題となる側面をはらんでいる。出身地が中国周辺、ロシア周辺の小国であることも問題を複雑にしている。
モンゴルという存在は、ジンギス汗、クビライ以来、日本との関係は深く長い。梅棹忠夫という人類学者は、現地観察を「モンゴル族探検隊」(岩波新書)という大ロングセラーとしてまとめ、著作の出発点とした。また、司馬遼太郎は大阪外国語大のモンゴル語科を卒業し、晩年の著作は、「草原の記」(新潮社)だった。梅棹さんも司馬さんも、日本を代表する著作家であるが、お二人の観察はモンゴルを拠点として、中国大陸やシベリアに及んでおり、今後とも東アジアを占う重要さを含んでいる。
モンゴルと交流することは、そうした歴史や文明とつながっており、日本側の国技という視点だけではすまない問題であろう。伝統は大切であり、儀礼や格式は社会の基礎である。ただその伝統も不断に外からの波によって変革を強いられているのが歴史である。21世紀の日本人はこの二面性を巧みに使いこなし、国際社会から親しまれ、尊敬される存在となる必要がある。
グルジア出身の力士がいる。このスターリンの出身地が、今日のロシアの中で難しい立場に立たされている。われわれは、グルジア出身の力士と付き合うことで、自然にグルジアという地域の今日の問題を学びとることができる。そうした世界市民となることも、日本人としての伝統を磨くことと同様大切であり、21世紀を生きる資格要件のように思う。われわれ自身の振る舞い方を工夫してゆきたいものである。


これを読んでいて、「ハァ~」と首を傾げるような記述ばかりで最後には呆れてしまった。(朝日新聞にありそうなコラム)
変なところをいくつか挙げてみる。
外国人力士が帰国したときに問題なるのは「朝青龍」だけであり、この特異な人物、一人を取り上げて、「国際問題だ」「国際社会との不適応」などと結びつけるのには、無理がある。
それにいつから相撲が国際競技になったのか?外国人力士が増えたことが、これイコール「国際的競技」となったわけではない。相撲はスポーツではなく、「日本文化」の中でしか成立しないものだ、ということはかつて書いた。
本文中にある「21世紀を生きる資格要件のように思う。われわれ自身の振る舞い方を工夫してゆきたいものである。」って言うけど、どんな振る舞い方すればいいの? あれ、「相撲、国技と国際競技の溝」の結論は? 相撲の話どっかいっちゃってるし……。
まあ、このエライ人が言いたいのは「日本の伝統、歴史はほどほどでいい。(ほんとのこと言えば必要ない) 日本も国際社会に生きていくために立派な世界市民になろう」ということだろう。だから「相撲」はこのことが言いたいための「ダシ」に過ぎない。

世界市民」って。
これ左の人の大好きな言葉。同義語が「世界平和」で、反対語が「民族主義、国家主義、ナショナリズム」……、あとは検索してください。

それにしても、「相撲」をネタにしてこんな事を言う人が周りにいたら、私はその人を罵倒し、コケにします。それがどんなに「エライ」人でも……。

過去記事
テレビ番組「田舎に泊まろう」と相撲巡業はマレビトか?
朝青龍マレビト論
「神事としての相撲」
「私は帰ってきた」朝青龍の言葉に見るマレビト。

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