スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

福沢諭吉「帝室論」現代語訳 6

物語を物語る

福沢諭吉「帝室論」現代語訳 6

すでに前述したように、わが日本国民は帝室に対して奉り、過去に恩があり、現在の恩がある。今後、国会を開設して政党の軋轢が生ずる日には、必ずや帝室の緩和の大勢力(大権威)に頼らざるをえない。これすなわち未来の恩である。この三様の大恩は、日本国民たる者が平等にいただくことのできるものである。
ところが近来、民間に党派を結成して改進自由などと唱える者があれば、これを目して「民権党」と名づけ、一方、民権に反する者は官権であろうということで、世間に徐々に「官権党」なる名前が生まれてきたようだ。
そもそも「官」とは、いかなる字義であろうか。官とは、今の内閣の大臣・参議以下の官吏を総称した名称であり、官権とはこれらの官吏が政府の立場で国事を執行する権力という字義であろう。今日の政体においては、官吏は天皇陛下の命じたまうところのものであり、これに命じるについて天下の人々に意向を斟酌したまうわけではない。もとより賢良な人物を用いて庶民の望みに添うようになされることは明らかなことだが、公然として人民が官吏となるべき人を推薦するわけではなく、投票の多数によって官吏が進退するわけでもないので、官吏は純然たる帝室の従属者であり、その意味で帝室と政府の間にはほとんど境界がないといってもよいだろう。すなわち、明治元年から今年(明治十五年)に至るまでのわが国の政体にあって、今年の状態で官権といえば、その権は帝室の威光の中にあるものであり、見方によってはこれを、帝室の大権の中の一部分と言っても差し支えないだろう。
しかるに、この「官権」の下に「党」の字を加えて「官権党」という名をつくり、これ口に唱えて党派を募るとは何事か。字義を推定してその行き着くところに至れば、帝室の恩為に尽力せよ、という意味に落ち着くだろう。
天下が四分五裂し、大義名分もほとんど紊乱の状態を呈しているとき、帝室の安危はどうかと憂慮するあまり、「帝室にお味方申せ」と天下の志士を募った例がないわけではない。しかし、それは大昔の乱世のことであって、よく治まっている明治の御代においては夢にも想像できない不祥事である。「お味方申せ」などと言うからには、畏れ多くも真に帝室に反する朝敵が存在しなければならない。しかし今日の日本で、一体どこに朝敵がいるのか。
私は、世間の新聞記者のスタイルをまねてわざと過激な表現をしているのではない。また、巧みに婉曲な表現をするものでもない。心の底から、わが帝室を仰ぎ、その安泰を祈り奉り、祈って天下に朝敵がないことを信じる者である。
朝敵といえば、維新以後、旧幕府の一部の者どもに何か不審の筋あり云々といったことならば、古来、和漢(日本と支那)の例においても国民が前の政府を慕うというような意味で、そういう疑いがなかったことはなかったが、実際には幕府滅亡の後は、絶えてそういう痕跡は見られない。そればかりか、旧幕府の話は、政治社会においてはもはや意に介する者もないのではないか。古今の世界において革命という事態は少ないが、その革命の後で、怪訝な噂がなく穏やかな状態であることは、ひとりわが明治政府のみであり、これは未曽有の一例とすべきことである。このようなことからも、私は、わが帝室の万々歳にいたる長久を信じて疑わず、疑おうとしてもその疑懼(疑い恐れること)の片鱗も見つからないのである。
このようによく治まった御代にあって、同じように帝室の臣民であるのに、一部の人々だけが何を苦しんで「帝室保護」などという妄言を吐くのだろうか。はなはだしい不祥だと言わざるをえない。
もとより、そうした一部社会の長老は、きっと誠実な人物なのであろう。ただ、ひとえに帝室の御為を思い、それを思うあまりに、世間を見て安心できないと考える局面もあるだろう。しかし、その不安は、ただ局所にとどまるにすぎない。広大な土地に繁る杉林の中で、わずか二、三本の松の木が見つかったからといって、その松が繁茂して杉林の景色を一変させることはあるまい。帝室は全国の人々の心を帰するところである。二、三人の狂愚者がいるからといって、どうなるものでもあるまい。いやしくも社会の大勢に着眼する者ならば、こうした事態を見抜くことは難しいことではないだろう。
もう一歩、話を進めれば、私はそれとは別に、かえって恐れることがある。
それは、こうである。官権と主張する人物が、誠心誠意、帝室を重んじて、行き着くところ、ついに「帝室をお味方申す」とまでの姿に陥ったときには、あたかも敵がいないのに味方をつくったようなもので、味方の人々は敵を探しても敵が見つからないため、かえって新たに敵をつくる働きをしてしまう恐れがあることだ。それではかえって、その誠意の本心にもとるのではないだろうか。
あるいは、長老自身は人物として、いたずらに敵をつくるような手落ちはないかもしれない。人を受け入れるだけの寛大な持ち主かもしれない。いかんせん、俗に「災いは下から」と言われるように、その団体の末端の者は、指導者の意のままにならず、指導者本人にかえって、ひとり心を痛めるようなこともあるだろう。
そのはなはだしい例が旧幕府の末年にあった。幕府が世論の激しさに苦しみ、幕府の正規軍とは、別に新微隊や新撰組なるものをつくって、激しい世論を制御しようとしたが、(弾圧が行き過ぎて)かえって世論の激しさがますます増強したことがあった。このような(指導者と末端との)齟齬が生まれる可能性は予想もつかないだろう。
そんなことでも事を論じたり、他人からその論を聞いたりするにあたり、論じる者と聞く者との間に一点でも猜疑心があれば、その論旨は正しく伝わらないものである。それゆえ、私がこのように論じてきたことも、読者が何か疑いをいだけば、疑いにはきりがない。けれども、私の持論はすでに世に明らかにしたように、在野の政党に与するものではなく、また今の政府の官吏の肩をもつものでない。ただ社会の安寧を祈り、進んで役立つこともあろうかと思い、その針路・方法を論じて、世の政治家の注意を喚起しようとするまでのことである。だから、彼ら特定思想に固執する小人物が、あたかも浄土真宗を離れたら日蓮宗に帰依し、どちらかの宗派に帰依しなければ自分の身を処することができないというのとは、拙論は少しく異なるのである。
読者もできるだけ冷静に、まず猜疑の念を捨て、虚心坦懐に平常心をもって話をお聞き願いたい。筆者の筆の運びが起伏に欠ける点は、まことに力不足で赤面の至りであるが、ひたすら読者のご理解を乞うのみである。

福沢諭吉「帝室論」7 に続く

スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2009年11月 24日 (火)
  ├ カテゴリー
  |  └ 福沢諭吉「帝室論」「尊皇論」現代語訳
  └ 福沢諭吉「帝室論」現代語訳 6
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。