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物語を物語る

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福沢諭吉「帝室論」現代語訳 7

物語を物語る

福沢諭吉「帝室論」現代語訳 7

官権は、もとより拡張しなければならない。いやしくも一国の政府として、施政の権力がなければ、それは政府にして政府ではない。ことに維新以来の政府は、三百の藩を合併したものであるから、その財政なり、あるいは軍事力なりは、すこぶる強大であるはずなのに、今日ありのままの現状で、日本国と日本政府との権衡(釣り合い)を見れば、わが政府は決して強大と言うことはできない。だから、官権を大いに拡張しなければならないのである。
ただし、そうはいっても、この官権は前にも論じたように、今日の政体においては直に帝室に接した政府の権力であり、いささかも人民の意見を交えることのできない政府であるから、今の法律に従い、また今の慣行によって、名実ともに帝室のご趣旨を奉じて政治をおこなうべきは無論のこと、内閣の大臣・参議以下の官吏は、真に帝室の従属者として、その施政の際に一毫たりとも私心を加えてはならない。
ゆえに、この政体を遵奉する間は、政府から発する政令はことごとく皆、帝室の政令でなければならない。あるいは施政の便宜のために人民に説諭もあろうはずがないが、「官権」の二字の下に「党」を加えて「官権党」なる熟語とする場合には、これすなわち純然たる政党であって、その政党の中には帝室が含まれるものと言わざるをえない。なぜなら、今の官権は人民から集めたものではなく、上の帝室から出たものだからである。
しかしながら、帝室は無偏無党にして億兆国民の上に降臨したまうものであり、我々人民は帝室による一視同仁(親疎の差別なく万人に平等に仁愛を施すこと)の大徳を仰ぎ奉るべきものである、ということは私が繰り返し弁論したところである。この論旨が正しく、また日本人民が帝室に対し奉る本文というものがまさにこの点にあるとするなら、帝室が政党と関係を持つべきでないことは明らかである。強いて帝室が政党に関係すべきだと主張する者は、畏れ多くも帝室の尊厳を汚すものであり、帝室の神聖を損なうものであり、尊王の心のないものである。
したがって、今の政体で官権を拡張するのはよいが、官権党なる名義をつくって党員を募るようなことは、不詳もはなはだしいことである。
去年(明治十四年)の十月、「国会開設の詔」をいただいて以来、官庁勤めの人々も心を改め、明治二十三年以降は必ず政党政治となるであろうから、そのときは我々も一政党を結成して他の政党と拮抗しようと考え、準備に入ることだろう。その党員を求めるにあたって、現在たまたま同じ官庁勤めの縁故から官吏の仲間で一政党の体をなし、また民間からも同志を募り、たまたまこの政党を「官権党」と名づけて、明治二十三年以後の準備をするようなことは、とりたてて怪しむに足りない。その場合、この政党はまったく帝室とは縁のないものであって、帝室から降臨してこれをご覧になれば、いささかも他の諸政党と異なるところはないのであるが、それでもなお、このような趣向であったとしても、官権党という名は穏やかではないように思われる。
というのは、この官権党が明治二十三年以後も、何年にもわたって官にあれば、その政党名は実情にふさわしいといえようが、いやしくも政党政治となれば幾歳月の間には凋落することがあるかもしれない。もしそうなったら、この政党は「在野の旧官権党」と名づけなければならないからである。これでは言葉になっていない。ただし、その名称はどんなものであっても構わない。ただ私が希望するのは、今の官権がもし党派という形をとるのであれば、速やかに帝室と分離して、他の諸政党と同じ資格で並立すべきだという一事でだけある。
右に述べたように、官権党なるものが、その身を国会開設以後に置き、開設後の資格を今から想定して帝室と分離し、帝室との境界が明瞭となるのであれば、今の在野の諸政党がどれほど進歩し、また一方の官権党がどれほど有力で、相互に軋轢を生じたとしても、その軋轢はたんに在官の人と在野の人との軋轢にとどまるだけで、大変乱に及ぶこともないだろう。いわば、その軋轢はかろうじて政府に達するだけで、それ以上には昇らないのである。
しかし、もしそうでなくて、その官権が帝室に縁があるときは、この官権と拮抗するということは、あたかも帝室に対抗するように見え、また官権が民権を征伐したかのように見えて、そのことが人心を動揺させる災いは、実に容易ならざることであろう。はなはだ恐るべきことである。
わが帝室が万世無欠に至宝であり、人心収攬の一大中心である。わが日本の人民はこの宝玉を明光に照れされて、この中心にひしめき集い、内には社会の秩序を維持するとともに、外には国権を四方へ拡張すべきものである。その宝玉に触ってはならない。その中心を動揺させてはならない。官権・民権などというものは小児の戯れにすぎない。小児をして宝玉に触らせてよいものだろうか。小児をして一大中心を動揺させてよいものだろうか。謹んで汝の分を守り、汝の政治社会の活動に専念すべきである。

私が望むところは、これまで諸項目に述べてきたことにとどまらない。ほかにも帝室に依存すべきことははなはだ多い。
近来は法律が次第に精密の度を加え、世間に法理を言うものが次第に喧(かまびす)しくなってきた。それに従って、政府の施政もすべて規則を重んじる傾向になるであろうことは自然の勢いである。それが国会時期ともなれば、政府はただ規則の中で活動するだけとなり、規則から外れた部分ではいささかも自由がないことだろう。
しかしながら、人間社会はそうした規則の中だけに包含・網羅することはできない。すなわち、政府の容量は小さく、社会の形は大きいと言えるだろう。小をもって大を包もうとしても、もともと無理な話だ。例えば、鰥寡孤独(かんかこどく・よるべない人々)を憐れみ、孝子節婦(こうしせっぷ・孝行な子や貞節な婦人)を賞するようなことは政府の手にあまる。これらは、人情の世界においては最も緊要なことであり、一国の風俗に影響を及ぼすことが最も大きいことだけれども、道理の中に局促(きょくそく・束縛されて)している政府においては、決してこれに手を着けることができない。「政府の庫の中にあるものは、一銭の金、一粒の米といえども、その出処は国会で議定して徴収した租税である。金も米も皆これ国民の膏血(こうけつ・辛苦して得た財物)なのだ。どうして、この膏血を絞って一部の人々の腹の足しにするようなことができようか」などと理屈をこねれば、道理の世界ではこれに答える言葉もあるまい。とはいえ、国民全体の情に訴えれば、無告(頼るべきところのない人)を憐れみ、孝悌(こうてい・孝行や従順)を賞賛することに反対する者はいないだろう。いや、反対しないだけではない。むしろ、こうした行いを見聞きすれば、心に喜びを感じ、一緒になって援助しようとする者のほうが多いだろう。
ところが、そのような国民の名代である国会議員の政府は、道理の府であるために、情を尽くすことができない。理を通そうとすれば情を尽くすことができず、情を尽くそうとすれば理が通すことができない。この二者は両立できないものと知らねばならない。
では、このような状況で、日本国中を見渡してみて、こうした人情の世界を支配して徳義の風俗を維持することのできる人がいるだろうか。ただ帝室があるのみである。西洋諸国においては宗教活動が盛んで、たんに寺院の僧侶(神父や牧師)だけでなく、俗世界でも宗教的な団体を結成して慈善活動をする仕組みが少なくない。そのおかげで人心を収攬して徳風を保っているけれども、わが日本の宗教は、その功徳が俗事にまで及ぶことができず、ただわずかに寺院内の説教程度にとどまっていると言ってよい。こうした宗教だけではとうてい国民の徳風を維持できないことは明らかである。だから、帝室に依存する必要があることはまずます明らかだと言えるだろう。
人事(人間に関する事柄)を御するに必要なものは勧懲賞罰である。勧賞(褒賞)が必要なことは、懲罰が必要なのとなんら変わりはない。しかし、国会の政府においては、懲罰はよく実施できるだろうが、勧賞のやり方はなかなか難しくて、これを実行するのは、はなはだ稀なことである。たしかに罪を犯す者については、証拠によって罪の軽重を量ることができ、その軽重に従って罪もまた軽重を決定することができる。ちょうど実際の物を計量するかのように、約束の書に記することも難しくない。これが法律書が役立つ所以である。
ところがその一方、人の功を賞し、その徳を誉めるようなことについては、軽重を測量することがなかなか困難だ。孝子節婦の徳義の軽重は、もともと量りにくいものである。そればかりか、戦場の武功さえも、その大小を区別して、何を大功と称し、何を小功と評するかは、なかなか難しいことだろう。こうしたことから、政府が勧賞を実施するのが難しいわけである。
西洋諸国においても、国民が何らかの大事業を起こして国に益した場合や、陸海軍の軍人などが尋常ならぬ働きをした場合には、国会の議決によってこれに感謝するという法がないわけではないが、きわめて稀有な例だという。それゆえ、国会の善を勧めてその功を賞する者は、必ず政府の外に存在することが肝要なのである。
かの国々においては、一地方の人民の申し合わせて、功ある人物に物を贈ったり、あるいは学校その他の公共の部局がそうした人物を賞したりすることがある。こうしたことで、幾分かは人事の欠を補うことができるけれども、結局、国民の栄誉は王家に関するところである。西洋の言葉に「王家は栄誉の源泉なり」というのがあるが、ここからも西洋の国情の一斑をうかがうことができるだろう。すでに栄誉の源泉が確定しているときは、断じて汚辱の源泉となってはならない。懲罰を受けるということは人生の汚辱であるから、その源泉を王家に帰してはならない理由は明白である。一国の王家は徳行を勧めることがあっても悪行を懲らすことはなく、賞することはあっても罰することはないのである。
これすなわち、各国帝王の詔勅にも、懲罰を掲げることがない所以でありそれだけでなく懲罰をもって人民を威すような語法も、容易に用いない所以なのである。
譬えていえば、風俗に厚い良家の父母は、子供に命じるとき「こうしなさい」と言うにとどめ、「こうしなければ鞭打つぞ」とは言わないようなものである。そんな言葉を口にしないし、ましてや手に鞭をもって直接鞭打つなどは論外である。それは良家の父母が常に慎むところである。一国の帝王は一家の父母のようなものである。みずから鞭を手にしたりしないし、鞭という言葉を口にすることもない。これは帝王が常に慎んでいることである。 西洋諸国の慣行では、帝王と国民とが相接する厚情というのは、このようなものである。いわんや、わが日本においては、さらに一層、厚情を加えなければならない。
数百年から千年この方、賞罰ともに専制政府から出るという法があり、民間・公共の部門において人を勧賞するようなことは見聞きしたこともない者が、にわかに国会の政府に変わって規則の内に局促し(束縛され)、懲らすことはできても勧めることはできず、罰することはできても、賞することはできず、数量や時間を区切り、規矩縄墨(きくじょうぼく・規則や規範)をもって社会の秩序を整理しょうとすれば、人民はあたかも畳のない部屋に座っているかのようで、また空気のない地球に住んでいるかのようで、道理に縛られて窒息するかもしれない。
今、このような人民の窒息を救い、国中に温暖な空気を流し込み、世の海の心情の波立ちを収めて平安にし、民を豊かな心情に導くものは、ただ帝室あるのみである。

福沢諭吉「帝室論」8 に続く
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