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福沢諭吉「帝室論」現代語訳 11 最終回

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福沢諭吉「帝室論」 11 最終回

帝室は人心収攬の中心となり、国民政治論の軋轢を緩和し、海陸軍人の精神を制御して使命を与え、孝子・節婦・有功の者を賞して全国の徳風を篤くし、文を尚び(とうとび)、学士を重んじるという実例を示して、わが日本の学問を独立させ、芸術を衰頽以前に救出して文明の富を増進するなど、その功徳が至大至重であることはいうまでもない。
ところが、軽はずみな書生輩は、こうした大徳の重要性を弁える(わきまえる)ことができず、たとえそれを口にしても、まったく心がこもっていない。畢竟、無知の罪なのだ。一方、丁重で着実と称する長老の輩も、じつは案外性急であり、熱心さが昂じて過激になり、かえって恩徳のあることを忘れて、狼狽し騒ぐ。これもまた、無知の罪である。無知の罪は、下心があって意図的にそうしているのではない。だから、これを恕し(ゆるし)、正常に帰ることを期待したい。
天下が皆、正常に帰着したとしょう。そこで帝室が、これまで述べてきたような事柄に着手しようとするとき、第一に必要なのは資本である。明治十四年度の予算を見ると、帝室及び皇族費は百五十万六千円で、宮内省の定額は三十五万四千円とある。この金額が多いであろうか、少ないであろうか。
イタリアの帝室費は三百二十五万円で、皇弟の賄料が六万円、皇甥のそれが四万円、その他、国皇の巡狩費または皇居建築修繕費などは別に国庫から支出するという。英国はその富裕のわりには、他の諸国に比べれば帝室費が少なく、二百万円以内だがその他にランカスター候国から入る歳入もある。ゲルマン(ドイツ)は三百八万円のほかに、帝室に属する土地山林がはなはだ広大で、そこからの歳入はことごとく宮殿と皇族の費用に充当される。オランダは三十一万二千円のほかに、かつて第一世ヴィレム王の時代から王家の私的財産に属するものが非常に多いという。
右の各国に比べると、わが帝室費は豊かとは言えない。金員の額も少ない上に、帝室の私有財産たる土地もなければ山林もない。今後国会開設以後においては、必ず帝室と政府との会計上もおのずから区別されなければならないので、今から帝室の費用額を増やすべきであり、また幸いにして国中に官有林も多いので、その一定部分を割いて永久に帝室のご所有に供することも緊要であろうと思う。
パシーオ氏は英国政体論でこう述べている。
「世論ではいろいろな意見が喋々される。例えば、帝室はすべからく華美にすべきだ、と言う者がいるかと思うと、いやすべからく質素であるべきだ、と言う者もいる。はなはだしいのになると、華美の頂点を極めるべきだと言う者がいれば、これとは正反対に帝室を廃止すべきだという者までいる。しかし、これらはその場限りの空論でしかない。今の民情を察して国家の安寧を維持しようとすれば、中道の帝室を維持することが緊要なんである財政運用の観点から観察すれば、例えば、人心収攬の中心という機能を発揮するために百万ポンドを帝室に奉じることが最良の策だとすれば、百万は百万の働きをすると言えよう。ところが、これを削って七十五万ポンドとし、運用法を変えた結果、人心を得ることができなかった場合は、結果七十五万ポンドは全損ということになる。これは拙劣もはなはだしい政策である云々」
これは、簡単な議論ながら、事理を尽くしたものということができる。すべて帝室の費用は一種特別なものである。公然たる費用があるのは当然だが、場合によっては、使途自由にしてほとんど帳簿に記す必要もないような費目もあるだろう。これは最も大切な部分である。
例えば昔、フランス皇帝第一世(ナポレオン1世)の先后ジョセフィーヌは高名な賢婦人で、常に内助の功によって皇帝を支え、皇帝の過失を補い、宮中(帝室)と府中(政府)とを問わず、人心を掴んで離散させないように努めていたが、皇帝の心変わりで皇后を離縁して以来、たちまち内外の人望を失ったことがある。近年では、今のイタリア皇后マガリタはつとに賢明順良と評判だった。よく人心を収めて皇帝を輔翼(補佐)し、間接的に、政治上の波風も平素も皇后の徳によった鎮静したことが少なくないという。
このように、帝室の徳が民心に伝わるのは一種微妙なものであり、冥々の間に(自然に)尋常ならざる勢力を盛んにすることもできるだろう。ふだんなら万乗(一万台の軍用車)を率いる皇帝が、お忍びで外出し、貧しい男を助けたことがきっかけとなり、その地方の人民が殖産の道に励むようなことがある。一兵士の負傷について質問したことが、三軍の勇気を奮い立たせたこともある。花の筵、月の宴などについても、決して軽視してはならないのである。
こうしたことにつけても、必要なのは財である。しかも、その財を費やしても、帳簿に記入できない費目もあるだろう。私は、細目を論じているのではなく、ただ皇室費が全体として豊富になることを祈っているのである。

ある人はいう。
「帝室の大名声をもって天下の人心を収攬するという説はよかろう。しかしながら、帝室が功労者を賞し、文学芸術を保護・奨励するにあたっては、気になることがある。過去の慣習から帝室に近づく者は、とかく古風な人物が多いため、実際に褒賞などに着手するにあったても、おのずから古を貴ぶ気風が強くなりかねない。例えば人を賞するにも、いわゆる勤王家に偏り、それ以外の人々はその機会が少なくなるのではないか。あるいは学術を奨励するといっても、専ら皇漢(皇国と中国)の古学に重きを置くようになるのではないか。とはいえ、駸々たる(しんしんたる・進行が遅い)文明進歩に質する必要があるのも事実だから、どうしたらよいのか」
このような説があるけれども、私はいささかもそれを恐れていない。
嘉永六年の開国以来、わが国の流れを一変させたのは西洋近年の文明である。この大きな流れが進行する間には、ときに支障もあるだろうし、妨害もあるだろう。しかし、それは局所的な障害であって、それを憂いる必要はない。古学は、日進月歩の学問に対して有害のように見えるけれども、その害などはただ一時的・部分的でしかないだろう。千人・百人の古学者がいるといっても、天下の大勢をどうすることもできまい。しかも、そのような古学流の中にも、物理法則の部分を除けば、学ぶべき点が少なくない。私は努めてそれを保存したいと思う者である。
まして、私が帝室を仰いで人心の中心に奉りたいと思うのは、帝室の無偏無党の大徳に浴して、一視同仁の大恩を蒙りたいと思っているからであり、私の志や願いは決して裏切られないだろう。帝室は、新しいものに偏せず、古いものに与せず、蕩々平々(とうとうへいへい・ゆったりとして公平に)として、まさに天下の人心の要所を握って、人心とともに活動するものである。帝室はすでに政治党派の外にある。その帝室が、どうして人心の党派をおつくりになるだろうか。謹んで帝室の現実のお姿を仰ぎ奉るべきである。



福沢諭吉「尊皇論」 1 に続きます。
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