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福沢諭吉「尊皇論」現代語訳 3 最終回

物語を物語る

福沢諭吉「尊皇論」現代語訳 3 最終回

この問題に関連して言えば、藤原家のことがある。藤原家と帝室の因縁ははなはだ深く、帝室に密着して帝室と栄枯苦楽を共にしてきた。千百年来、人臣の上に位するものは藤原一門に限るとされ、太平の時代にも戦乱の時代にも、かつて変動したことがない。天下万民からみても、藤原とあればその当人が賢いかどうかは問題にされず、その家を重んじるという習慣が形成されてきた。私は、俗世界の政権を常にこの家門に当てようと思っているわけではないが、藤原家はたとえ政治の世界外に置かれても、その地位が常に人臣の上におかれるよう願っている。これは、もちろん藤原家をひいきするものではない。尚古懐旧という考え方からして藤原を重んじる情は帝室を慕う情と符号するからである。
たとえば、家来が主人の物を大切にするのは、主人その人を大切にする心情と変わりがない。一振りの太刀、一領の紋服といえども主人がかつて身につけたものであれば、これを大切にするのが人情である。ましてや器物以上の存在である人間で、しかもその人の家門は唯一無二の名族と称され、千年の古(いにしえ)から帝室の左右を離れたことがないのであれば、なおさらのことである。それを重んじるのは人情の自然である。すなわち、帝室を重んじる誠の心から出たものなので、藤原家の家柄を重んじることは間接的に帝室の基礎を固くするための方便であることを知らなければならない。
事の大小や軽重は同じではないが、またその国家経営上の利益もまったく違うけれども、二十年前に行われた廃藩の事情がこれに似ている。その当時、王政維新とともに諸藩も藩政改革と称してさまざまな新法を施行した。その改革の中で諸藩が申し合わせたように旧来の重臣・家老を退けた。そのため藩主の勢力がひどく損なわれ、続く廃藩という大挙に及ぶことになったのだ。藩主の身になって考えれば「唇滅びて歯寒し」の事実を見ることができる。当時この廃藩という大改革が容易にできた原因はいろいろあるけども、その一つは藩主が長年利害を共にしてきた左右の親臣の力を失ったことである。
藤原家の場合は実に帝室の左右であった。名族だからといって政治上の特権をほしいままにしない限りは、人臣のなかでも最上の栄誉を与えても問題はないだろう。問題がないだけでなく、帝室維持のためには大事なことであろう。
また、世間の人々が華族を目して「帝室の藩屏」と称するけれども、ただ漠然とそれを口にするだけで、これまで明白な説明がなされなかった。それは、思想の手落ちだと言わなければならない。思うに私の所見では、華族を藩屏にする理由も、前に述べた理由に他ならないと信じている。
日本の華族は大名や公卿の子孫であり、その人物を見れば必ずしも特に知徳に秀でた者であるとは限らない。華族の中には資産家もないわけではないが、民間にも富豪は多く、華族の右に出る者はいくらでもいる。では、人物・財産とともに特別抜きん出ているわけでもないのに、なぜ華族を帝室の藩屏と称するのだろうか。私はそれを華族の家柄に帰せざるを得ない。
今の華族本人は必ずしも大智大徳ではない。ときに平均以下の人物もいるだろうし、その財産も誇るほどではない。しかし、家の由緒をたずねてその祖先の功業を聞けば、由来が古くて他の人ではかなわないものがある。だからこそ世間の人々は、現在の華族本人の人物や財産を問うことなく、はるか昔の祖先を想起し、あたかも現在の人を古人の代表であるかのようにみなし、古を慕う心で今を尊敬しているのである。これが、尚古懐旧の人情である。こうした気風が盛んであることは、自然に帝室の利益となるので、華族を帝室の藩屏とすることは決して荒唐無稽なことではないのである。
進歩が日々新たな時代の道理から論じれば、何の功労もない人が栄誉を受けることは納得できないように思われるけれども、その栄誉や名声が政治社会を妨害するようなことがなければ、いささかも意に介する必要はない。華族は帝室の藩屏として尊敬すればよいのである。
ひそかに案ずるに、前述のような理由で、華族を保存する利益があるとすれば、逆に新華族を作ることは、国家経営の策とは異なるように思われる。昔からの華族が国家の役に立つのはそれが旧家であるという由緒の一点にあるのであって、ちょうど稀有な古物珍器のようなものである。その点で、一般の人が競争できないところに無限の重みを感じたわけである。ところが、今の人の働き次第で誰でもが華族の仲間に入れるとなれば、華族全体の古色が奪われることになる。それは国家経営のためには利益にならないと私は感じる。
世の中の道理論者は古色に関してこういう説を述べる人がいる。すなわち、「家の由緒が古いから華族になった人も、本人の働きによって華族になった人も、華族は華族である。『新しい・古い』の色を分ける必要があろうか」と言うのである。そこで、私が仮に一例を設けて日本国民の情に問いを発すれば、民情は今もなおこの『新しい・古い』の色を識別する力があるので、論者の疑惑を解くことができよう。
道理論者は華族に新古の色なしと言った。では、その言葉に従って、古い華族も新しい華族も認めることにしよう。そこで数年以内に帝室に皇后陛下を迎える立后の大典があると仮定してみよう。このとき、新しい皇后の候補に上がる女性は必ず華族の中から選ばれることになるだろう。わが帝室は古来、外国の王家と結婚するという先例がないので華族の中から選ばれることになる。では、その華族はどのような華族であればよいだろうか。旧例に従えば、藤原一門の名族か、あるいは武門華族の旧大家となるだろう。なぜなら、皇后の宮は我々日本国民が国母として仰ぎ奉るお方であるがゆえに、名族大家に固有の由来を心に銘記して仰ぎ奉るという感触があって、心が落ち着くからである。
ところが一方、そのころたまたま新たに華族に列せられた新家があり、爵位も高く、その家娘はたいへん怜悧にして、容色も十人並み以上の者だからということで、かしこくも立后の候補者になったと仮定すれば、外面の形はまったく差し支えなさそうだが、日本国民は、情においてこれを受け入れ、この娘を国母として仰ぎ奉ることができるだろうか。私は一論者として判断するだけだが、論者もまた情をもつ人間であるから、天下万民とともにこれに対して否と答えるだろう。
では否と答えるのは何故だろうか。新しい華族は確かに紛れもない華族であるが、その家には歴史上の由緒がないため、現在の爵位はともあれ、その娘を国母とするには躊躇するからであろう。
ということは、最初に華族の『新しい・古い』にはこだわらないと言ったことは単なる道理であって、後で躊躇したことが人情なのである。道理は人情に勝てないことを知るべきである。
華族が華族として世に重きをなし、一般国民が尚古懐旧の情を涵養して華族を重んじる。華族が自然に帝室の藩屏となる理由は、その人の才知によるものでも財産によるものでもなく、ただ歴史上の家柄だけにある。天下万民が皆華族の古さと新しさを見分けるだけの見識があるので、帝室の古さをわが日本の至宝として、その尊厳・神聖を長く永久に維持するためには日本史の中で由緒久しい公卿や武家の華族に古色が伝わっていることが幸いとなる。一時的な便利さのために華族に新彩色を加え、古来固有の華族色を損なわないようにすることが、私の衷心から祈るところである。

次に帝室の神聖を維持する手段について触れよう。それは日本全国を同一視して官民の区別なく、至尊(天皇陛下)のあたりから恩徳を施し、民心を包含し収攬して、日新開明の進歩を奨励することである。
本来、私の見解は帝室を政治の世界外の高所において仰ぐことを持論としたものであり、施政の得失のようなことは、至尊の責任ではない。帝室は政府の帝室ではなく、日本国の帝室であると、私は信じて疑わない。従って、帝室から降臨するところに官や民の差別があってはならないのは無論のことだが、外面的に見れば政府の筋はとかく帝室に近いため、官と民が相対したときは、帝室をまるで政府内部にあるかのように見る人がいないわけではない。しかしこれは大いなる誤解というものだ。
たとえ実際問題として、帝室が政府に近いとしても、政府の方はただ一時的な政府であって、職員の更迭のたびごとに施政方針を改めざるを得ない。ましてや近々国会も開設されて、やがて国会が形づくられれば政府の交替はたびたびのことになるであろうから、万年変わることのない帝室が、このような不安定な政府と密着すると言うことに理があるだろうか。それはないだろう。いわんや政府と密着して利害をともにすることもないであろう。はなはだしい場合は俗世界の政府と一蓮托生になるような忌まわしい事態に至ることがあるかもしれない。それは私が最も否定するところであり、帝室は断然政治の外に独立して、無偏無党の地位に立たれることをあくまでも祈願している。
元来、帝室は天下万民の上に降臨し、恩徳の源泉となるべきであり、どんな場合でも人民の恨みの対象になってはならない。しかし今政治の性質を吟味してみると、いかに完全な政府と称するものでも、全国の過半数の歓心を得るだけであって、残りの半数弱のものは政府に対して多少とも不平をもっている。まして、現在の人間を平均すれば、私欲が深く浅慮は浅く、ややもすれば自分を反省せずに他人を恨むような者が多いのだから。法律の明文によって判決が下され、言い分がない場合でも、敗訴した者は何らかの口実をつけて不平を唱えるものである。ある命令が下されて、人民の一部分だけに有利な場合、他の一部分にはある程度の不利が生じる場合が多い。税金が引き下げられたときはさしたる評判もたたないけれども、増税されたりあるいは新税が設定されたりすると、人々は口をそろえて苦情を言い立てる。
ことに今の日本の状況においては、文明の進歩に伴って政府の費用は増加して止むことがない。それは、大局的に見て避けがたい事実である。一方において人知が発達するに従って言説が巧みになり、財政論の喧嘩は間違いなく予期できるであろう。この種の不平や苦情は人間社会では普通の出来事なので、その折衝に当たって巧みにこれを切り抜け、多数者の賛成を後ろ盾にして、少数者に失意を押し付け、こうして一時的な安寧を得るのが政治的のやり方である。
こういう事柄は大変面倒で耐えられないように思われるが、そこはそれ、それなりの人がいる。世間からそういう適当な人物が現れて、単にこの種の厄介事を厭わないだけではない。さらに、政治正面にあたって、国民の中の一定の人々を喜ばせると同時に、他の人々を恐れさせる。誰それを友として、誰それを敵とする。右を見て喝采を聞くかと思えば、左を見て予想外の非難を浴び、一喜一憂したり、一安一危したりして、ほとんど心身の休息がないのに、かえってそれを楽しむ人もいる。ひどい場合は自分の健康を害して苦しみ、さらには死んでも後悔しない人もいる。
この種の人を名付けて政治家というのである。だから、帝室の高所から臨み見れば、俗世界にそのような政治家がいることこそ幸いである。一切の俗務はこういう政治家にすべて任せて、毀誉褒貶に対処させ、一定の人望がある間はこの施政権をまかせ、彼に人望がなくなれば他の者に変えればよい。そうした者たちの間には、政敵があったり、政友があったりで、ときにして大いに人に恨まれ、また時として大いに人を恨み、その政治家の苦情や煩悶は見るに忍びない場合が多い。しかし帝室はひとり悠然として一視同仁の精神を体し、日本国中ただ良民があるだけで友や敵という差別はない。いかなる事情に迫られても帝室が時の政府と一蓮托生になることは断じて私が反対するところである。
なぜなら帝室は、純然たる恩沢や功徳の源泉であって、不平や恨みの府ではないからである。帝室は政府の塵外に独立して無偏無党で円満にして限りない人望を集めるべきなのだから。
明治維新以来、わずか二十年を経て、今なお封建的な主従の余臭が残り、理屈を超えて君上を尊崇する日本国民であればこそ、今日の政治関係法の規則に利害を感じることもあるが、帝室に対し奉りては一点の不平もなく、さらに痛痒を訴えようとするものもない。そのような状況ではあるが、封建時代から生きてきた人々はしだいにこの世を去り、その第二世、第三世として生まれてくる者は、文明流の男子となる。そのような二世三世の人々は、だんだん人情に冷淡になり、逆にだんだん法理に習熟し、これに熱中するようになって、法令が発令されるごとに、その文章を読み、その意義を論じ、その発令の大本に関して帝室にまで溯ってあれこれ述べ合うようになれば、これをどうすればよいか。畏れ多くも尊厳・神聖を俗事のように理解するものであり、そのような災いが広がることは実に計り知れない。そうなってから国家経営の担当者たちはにわかに狼狽す、尊王の精神家が切歯扼腕しても、事すでに遅しという嘆きになるのではないか。私が深く恐れることである。
人間というもの一代限りのものではない。自分の死後を思わない者はいないであろう。いやしくも後世のことや子孫のことを思ってわが日本社会の安寧を祈る者であれば、帝室の尊厳・神聖をわが国の至宝として、これに触れることなく、自分の欲を忘れ心を静かにし、今の社会の現象を観察して将来の社会の行方を予測し、現在はまったく無害であっても、百年後には不安だと思いつくような事柄があれば、そういうことを決して等閑に付してはならない。そのような意見をつまらぬ話だとか、思い過ごしだとかいって、笑う人達がいるかもしれないけれども、そんなものをはばかる必要はない。それが正しかったかどうかの結論は、棺桶の蓋を覆った後にわかるだろう。

右に述べたように、帝室は、政治の外に在す(まします)ので、作為もなく無事であるかどうかといえば、決してそうではない。至尊(天皇陛下)の地位は、直に事に当たることこそないものの、日本全国を統御しておられるし、政府も帝室の統御の下にある。政府は国民の有形部分を司り、帝室は国民の無形の人心を支配するものだと言ってよいだろう。すでに人心を支配してその活動の源をなっているので、帝室の一挙一動までもが全国に影響する。それが容易でないことではないということは、もとより論を俟たない。
広く日本社会の現状、すなわち民心の活動を見渡せば、今日は文明が日進月歩する世の中である。だから、学問教育の道が興らなくてはならない、商工業の法も進まなければならない。人民の徳心も涵養(かんよう)しなければならない。宗教の布教も勧めなければならない。さらに細事にわたれば、日本固有の技術は一芸一能といえども保存奨励しなければならない。これらの事項はすべて日本国の盛衰と興廃に関わるものだから、帝室の余光でその進歩を助ければ、その功徳の広がりは無辺に及ぶだろう。
例えば、学問教育の分野について天下の学者を優待し、商工業を活発にするには徳に功労者を表彰し、孝子・節婦を褒め、名僧・知識(高僧)を優遇し、琴・将棋・書画から各種技芸に至るまで保護するようなことは、いずれ皆、帝室から直接お達しなされれば、天下の面目を改め、文明の進歩を促すことになる。そればかりではない。されに民心は靡然として帝室の恩徳の深さに感動し、おのずから帝室の尊厳・神聖の基を固めることができるだろう。
こうしたことは、ひとり私の個人的提言ではない。私の独創でもない。これらは西洋諸国で有識者が常に言及することである。また、西洋の帝王も、それを無視したりせず、学術や商工業などについては細事でも漏らさず奨励の意を示し、有名人・功労者であれば対象は朝野を問わず一様に厚遇する、という事例は、私が常に耳にするところである。
元来、帝王は一国を家にするものである。一家の身内については差別することなく、あまねく恩徳を施して、あまねく人心を収攬するという趣意であろう。私はその規模の大きいことに感服しているが、それだけでなく、さらに突っ込んだ言い方をすれば、その策略が巧みであることに驚いている。
帝王は一国を家にして、その家人を差別しないとの考えを定めたからには、国民の処遇において官・民・私などによる差別はもとよりあってはならない。帝王の地位が政府に近いからといって、政府関係者が偏って、厚遇するようなことがあるとしたら、政府外の人民は、帝王の子供という立場にありながら、子供として見られないため君父に近づくことができず、その結果、王家は国民の過半数の人心を失ってしまうだろう。だからこそ、王家が恩徳を施すにあたっては、官・民の分野を差別するようなことは決してしないのである。
また、名のある人物や功労のある人物であれば、たとえ一芸一能の者といえども不問に置かず、必ず彼らを眷顧する(特に目をかけて愛顧する)というのは、次の意味を持っている。すなわち、およそ天下に名の知れれた人物は、必ず同類の人々に囲まれて存在している。徳義上から彼に従ったえい、彼と交際する人は多い。だから国の帝王が、そういう仲間の頭領や代表者を選んで表彰するなどの殊恩を施せば、その恩沢の及ぶ範囲は、単にその代表者だけでなく、門弟・弟子・友人にまで広がり、周囲はあたかも自分たちまで同様に恩沢に浴したかのような心地がして、君恩の厚さに深く感謝するのである。王家にとっては、人望の要所に雨露を垂らすことによって全面を潤すことに他ならない。しかも、こうした人物は必ず普通人以上の人物だから、彼が喜びを広げる効果も他人以上であるという成果を考慮すべきだろう。「母鶏に餌して雛子を集める」とか「老牛を呼んで群犢(ぐんとく・子牛)を来す」とかいうのは、こういう意味であろう。
これは西洋の慣行とはいえ、その事情を分析して観察すれば、王家の精神的な工夫はじつに巧みであると言うほかはない。
その点、わが国の帝室は、もともと日本国を一家と視てきただけでなく、その歴史においても事実、万民の宗家だったのだから、帝室の天下に対する一視同仁は意図的に案出した策略ではない。それは人情にも道理にも共に合致したものであるため、今の文明の時代にあたって、あまねく至尊の光明を照らして、諸般の世俗事の改進を促し、同時に人心を収攬することは、帝室維持の長計ともなるであろう。私が帝室を仰いで、特に日新奨励のことをあれこれ申し述べるのも、おのずから由縁があるからである。
前述の所論は、すべて「尚古懐旧」の点から説き出したものである。その考え方はもとより健全なものだが、古旧を慕うものは固陋に陥るという弊害を免れがたい。それが極論に至れば、時勢の変化を知らずに、日新開明の考え方に敵対する者さえないわけではない。だから私は、特にそのへんに注意したうえで、尚古懐旧の人情に依存して帝室の神聖を維持すると同時に、その神聖の功徳をもって人文の開進を援助することで、帝室が日本の至尊の存在であるのみならず、文明開化の中心となることを祈って、特別にわがささやかな真意を明らかにしたのである。
最後に、重複をはばからずに一言して、読者のお耳を煩わせたい。
本論文の主旨は、もとより、ただ尊王の一点にある。私の持論として、帝室を政治の世界外の高所に仰ぎ奉ろうとするものである。しかし世人の中には、その真意を玩味せずに、そんなことを言うなら、天子は虚器を擁するものでしかなくなる、とばかりに不平を鳴らす者もあろう。しかし、それでは私の真意は伝わっていない。私は徹頭徹尾、尊王という考え方に従って、帝室の無窮の幸福を祈るのみならず、その神聖に依存して俗世界の空気を緩和するという功徳を仰ぎたいと願う者である。だからこそ、帝室の幸福を無窮にし、その功徳を無限にするため、政治の世界外ということを主張しているのである。
そもそも、帝室が政治の世界外にあるといっても、それはただ、政治の具体的な折衝に当たらないというだけのことであって、もとより政治を捨てるという意味ではない。永遠無窮に、日本国の万物を統御したまうと共に、政府もまた、その万物の一つとして統御の下に立つべきことは論を俟たない。天下のうちにこの統御から漏れるものは何もないのである。
だから、政治の世界外にあるということは、虚器を擁するということではなく、天下を家にして、その大器の要を握るもの、と言うことができる。
もしも、そうではなく、日本国の中にただ政治と名づけられた一局部の一器しかないと考え、それに直接関係していないからといって、虚器を擁するものだと決めつけ、そのような局部の「虚」を「実」にしょうとして、動静定まらない政府に密着し、政府と活動を共にするようなことになれば、一時的には、盛観を呈することもあるかもしれないけれども、それが万年の長計とならないことは明らかである。
現今、朝野の士人は、だれ一人として尊王の主義でない者はない。心からそう考えていることは疑いもないが、王を尊ぶという心があるならば、その尊ぶ方法を講じることが最も緊要である。事の利害得失は三年五年では分からない。十年でも分からないとはいえ、私はただ後世の日本や我々の子孫をひどく後悔させたくないと思っている。だから、尊王の人々も、今日にあって思想を緻密にし、眼前の利害を離れて、再三再四熟慮されるよう、私は切に希望するものである。

  了

以上、福沢諭吉「尊皇論」現代語訳 終わり。
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