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物語を物語る

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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第5章 8

物語を物語る

「まあ、今のは、序の口さ。じゃー今まで話してきたことで、太平記と仮名手本忠臣蔵が切っても切れない関係であることは分かったな。これは確認だ。それじゃー太平記の巻二十八のここを読んでくれ」といって太平記を開いた。
「えーと、『播州光明寺より摂州に打ち出でて合戦の事』か」と琴音が声を上げて読んだ。
「巻二十八といえば、高師直ら一族が討たれる場面が書かれたところ。そうか……、光明寺、足利直義、なるほど……」と真船が何か分かったようだ。
「ちょっと、太平記に詳しくない私にも解説してよ」
「そうだな、それに確認の意味を含めて、ちょっとこれまでの経過を説明しようぜ」
「それは自分が簡単に説明します」と言って真船は自分のノートを広げた。「まず太平記巻二十で新田義貞が死に、巻二十一で後醍醐天皇が崩御、巻二十五で楠木正行が討たれて、これ以降南朝方は著しく力を失います。それに対して軍功があった高師直ら一族は権力を増して、傍若無人な振る舞いが目に余るようになります。このあたりは今まで見てきた通り。これに対して、副将軍として勢力のあった足利直義は面白くありません。そこで直義は高師直暗殺計画しますが、
結局のところ失敗。それに危機感を感じた高師直は逆にクーデーターを企て、尊氏の邸宅を取り囲む暴挙にでます。尊氏は仕方なく直義を出家させ、直義派の実権を奪い失脚させました。だがここで直義は大技、いや裏技を使います。敵対していた南朝と和睦して、尊氏・高師直と戦う大義名分を得たのです。これに意を強くした直義派の軍勢が続々と集まり、尊氏・高師直派と対峙し、一気に一触即発の事態となった。ここまでが巻二十七です」
「これで、戦いが始まるわけね。それで光明寺は?」
「そう焦るなよ。直義と高師直一族との戦いの前に前哨戦というべきものがあったな」弦さんは琴音を制して、真船に振った。
「それが桃井直常ですね。直義派の桃井は、いち早く挙兵して京へと進軍した。そして尊氏の子義詮を京から追い出すことに成功した。だがこれも一時的勝利で、今度はすぐに尊氏方に攻められ、敗北を喫する」
「やっぱり桃井というのは変な役回りね」
「でも事態は変わった。この戦には勝った尊氏・高一族軍だったが、なぜか軍勢は尊氏らから次々と離れ直義の方へ馳せ参じたのである。そこで情勢不利と見た尊氏・高一族軍は一時的に京を離れ、西国に引こうとした。そこで尊氏はばらばらになっていた高一族をいちど播磨の書写山のふもと坂本に集結させました。さて、ここで光明寺が出てきます。光明寺の戦いは、尊氏と高師直一族が集まった軍と、直義が追撃した際の戦いです」
「まあ戦の流れからいってそれほど重要ではなく小規模でもあった。だがなあー、後から見て高師直一族にとっては命運を分けた一戦となったんだ」弦さんは、命運というところに力を込めて言った。
「なんかわくわくしてきたわ」
そうでしょう、といって真船は話を続けた。「直義の本陣が置かれた八幡から、石塔右馬頭を大将とし五千の軍勢で、尊氏らのいる坂本へ押し寄せようとした。が、高一族が大軍を引き連れこれを向え撃つという情報を聞き付けて、石塔は播磨の光明寺に陣を設営し取り合えず直義の援軍を待つことにした。これに尊氏は、石塔に勢力が付かない内に光明寺を攻め落とそうとして、一万の兵で光明寺を取り囲んだのである。状況からいって尊氏・高一族軍方の絶対有利。しかし石塔側の守りは堅く、なかなか落とせない。しかも尊氏側は多勢であったから、その内に落とすことできるだろうと楽観視していて、士気も上がらなかったというんだ。まあこの侮りが結果的に高師直一族の命取りとなったことになる」
「いや、面白しれえーのはこれからだ。この章では高師直ら一族が没落していくのを暗示する霊験じみたことがいやというほど多く出てくるんだぜ」と弦さんはここは俺に言わせろといった感じである。カラオケでいえば、歌っていた人のマイクを横から奪ったといったところか。「太平記の第三部というのは怨霊、霊験が多く登場して評判が悪いらしいが、俺は読んでいて楽しかったな。大体こういった『不思議』なものが出てくると、学者や研究者は駄目みてぇーで、文学的、歴史的価値はかなり下がるらしいな。まあ太平記が平家物語よりも評価が低いのはこの点にあるというから……。まあ俺は学者じゃないし、山田風太郎が好きな者にしてみればかなり愉しめたぜ。これは案外マンガ的かもな。どこかに売り込んでもいいぜ」
「そうですね。三国志みたいに長編で」と真船も乗る気になっている。成年誌マンガでも好きなのだろうか、ひどく興奮している。お気に入りの雑誌の発売日にコンビニで立ち読みする姿を琴音は勝手に想像した。
「もう、その辺にして、またまた本題からずれていますけど」
「そうだな、太平記巻二十七・光明寺の怪異な事件だったな。まず、戦いの最中である、石塔側の武将・愛曾伊勢守の召し使っている少年が急に物狂いになって叫んだ。『自分に大神宮が乗り移った。我が言うことには、寄せ手がいくら大軍であろうとも我がこうしている間は落城することはない。悪行に身を責められている高師直・師泰らは七日の内に滅ぶであろう』と信託したというだ。このことは尊氏・高師直方にも伝たわり、兵士たちを動揺させたんだぜ。そんなときだ、尊氏方の赤松朝範が陣中で奇妙な夢を見た。内容は、寄せ手が一斉に光明寺を攻めて火を掛けたが、八幡山・金峰山の方角から山鳩・烏が飛んできては、翼を水に浸して、光明寺城に燃えついた火を消していった。朝範は目を覚まして、あまりにも不思議な夢であったので、父の則祐にこの内容を話した。則祐はこれを聞いて『やはりそうか、光明寺城を攻め落とすことが困難なのは、神の御加護があったからか。ここは事が難儀にならない内に帰国したいものだ』と解析したんだ。そこに敵が本国で挙兵したのを聞きつけると、陣を引き払って本拠地にとっとと帰えちまった」
「山鳩というのは八幡神の使い、烏はもちろん天狗で、金峰山というのは吉野つまり南朝ですね」真船は天狗を強調する。
そうさ、といって弦さんは続けた。「赤松則祐が本国に帰ってしまい、この様子を見た尊氏・高師直方の武将もどこか敗戦を予感し始める。そうなると早い、見る見る内に尊氏方の兵は減っちまった。残った兵も戦う気力が萎えてしまった。そこにまた奇妙なことが続く。
まあここは太平記現代語訳を引用しよう。ちょっと好きなところなんでな。

『寄せ手の兵が次第に少なくなるのを見て、師直・師泰の兵たちはますます戦う気力を失い、みんな幔幕の中でじっとしているところに、東南の方角から奇妙なひとかたまりの雲が浮かんできて、風のまにまに空中にひるがえった。すると、無数の鳶や烏がその雲の下から飛び散って、雲のかかった山に風が強く吹き、散り乱れた木の葉が空中を舞っているようであった。しかしこれをよくよく見てみると、雲ではなく、霞でもなく、紋様の描いていない白旗一つが飛んできて空中から下りてきたのであった。
これは八幡大菩薩がお守りくださる奇端である。この旗が落ちとどまる方が合戦に勝つに違いないと、寄せ手も城中の兵も手を合わせ礼拝をして祈らない者はいない。この旗は城の上を飛び上がり飛び下がりして、しばらくの間ひるがえっていたけれども、梢を吹く風に吹かれて、再び寄せ手の陣の上を風がひらめいた。数万の軍勢が頭を地に着けて、我が陣に天降らせたまえと祈っていると、旗とともに飛んでいた烏たちは四方八方に飛び散って、旗は師直の幔幕の中に落ちたのであった。
人々はいっせいにこれはめでたいと感嘆した声はしばらくは静まらなかった。師直は兜を脱いで左の袖で旗を受けとめ、三度礼拝して丁寧にこれを見てみると、旗ではなく、何でもない反故紙をつなぎ集めて、裏に二首の歌を書いたものであった。
吉野山峰の嵐のはげしさに高き梢の花ぞ散行
(吉野山の峰に吹く嵐が激しいので、高い梢に咲く桜の花も散っていくことだ。……吉野の寺社を焼くような悪行が甚だしいので、今まで栄えた高氏も滅んでいくことだ)
限りあれば秋も暮れぬとむさしのの草はみながら霜がれに
(草花の命には限りがあるので、秋も終わって武蔵野はどれもみな霜枯れしてしまったことだ。……繁栄には限度があって、ひどい悪行をしてきた武蔵守師直の一族はみな滅びてしまうことだ)
と書いてあったので、師直が傍らの人々にこの歌の吉凶はどうかと問うと、聞かれた人々はみな、「ああ、あきれたことだ。『高き梢の花ぞ散行』とあるのは高氏の人々が滅ぶに違いないという意味だろうか。『吉野の峰の嵐のはげしさに』とあるのも、先年吉野の皇居を焼きなさった時に、蔵王堂・天神宮が一時灰になってしまった。その罪が師直以外のどこへ行くというのか。『武蔵野の草はみながら霜枯れにけり』とあるのも、武蔵国は師直が任官している国の名であるのだから、どれをとっても不吉な歌であることよ」と忌々しく思わない者はなかった。……』

まあ、高師直に神の御加護などあるはずがないだろう。石清水八幡宮を焼き、吉野山を焼打ちにし、焼いた寺社は数え切れない。それに菅原道真の子孫まで切り殺したんだからな」
「えっ、ということは天神様の罰を受けなければならないじゃない」大学受験の前に行った湯島天満宮を琴音は思い出した。
「菅原家の土地を寄越せと高師直が横車を引いて、菅原家が断ると、その主人を殺した。全く高師直っていうのは、すべての神様を敵に回したようなもんだな。となれば、光明寺の戦いで起った不思議なことは、高師直とその一族の滅亡を宣告したことだということだ」
引き継いで真船が解説する。「この後に尊氏・高師直方は敗戦を続けて、自害切腹するところまで追い込まれる。だがここで直義との和睦が成立して、休戦となる。高師直・師泰は命が惜しくて、出家すれば殺されないですむだろうと考えた。だが敵の多い高師直らがこれで許されるはずがない。出家姿となり降参人として、直義のいる場所に向かう途中の武庫川に近づいたとき、待ち構えていた直義派の畠山・上杉らによって、高師直ら一族は切り殺された。余にもあっけなく、無様だったと太平記巻二十八で伝えています」
「光明寺と高師直となればこの説が一番いいわ。確かに仮名手本忠臣蔵の作者はここから取っているとみて間違いと思うわ」と琴音がしきりに感心した。
真船も同様に頷いた。
だが弦さんは更に解説を加えた。「直義と尊氏の関係もこのあとしっくりいかないんだな。あれほど仲の良かった兄弟も、権力がからむとどうにもならない。特に尊氏派・直義派と分かれた家臣や武将が互いにいがみ合って、些細なことでもすぐに戦をおっぱじめるような状態となっちまった。やはり二頭政治とはうまくいかないだろうな。世の中に支配者は二人はいらないということだろう。互いに争うというのが、この時代のテーマみたいなものだろうか、最初が後醍醐天皇と北条氏、尊氏と義貞、、北朝と南朝……そう考えればこの時代は説明しやすいかもしれんな。それに尊氏と直義との争い。尊氏にしても義詮という二代目がいるから、直義派とは決着をつけなければならかったのだろうな。だから結末としては実に悲劇的になる。結果、尊氏は直義を戦で破ると、捕らえて毒殺した。このときの尊氏の心中を察するといかばりであったか、無常、非情といった簡単な言葉では表せまい。それに殺される側の直義にも、この悲劇を受け入れる心情があったのではないかとそう思えてならない。それに直義には尊氏を殺すことなどできないだろう。それは、高師直を滅ぼしたときの戦いで、尊氏に戦に勝っていたが、命までは奪わなかった。あのとき尊氏を殺しておけば、直義が殺されることもない。そう考えていけば、光明寺の戦いというのは実に象徴的だ。だからこそ、仮名手本忠臣蔵の大序では、尊氏ではなく直義が登場する意味があると思うのだ。何しろ仮名手本忠臣蔵の本質は鎮魂劇なのだから」
「なるほど」と、真船と琴音は感服した。
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