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物語を物語る

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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第5章 9

物語を物語る

光明寺と聞いていろいろ連想される訳ね。まとめればまず第一に南朝から北朝への権力の移行、第二に高師直没落といった暗示が示されているというわけか。弦さんの説ではあと一つあるけど、第三の説それは何?」
「それは仮名手本忠臣蔵を新田一族の仇討ち劇として見た場合だ。新田一族が高師直に仇を返したあと何処に向かったのかを、この劇を書いた作家になった気持ちで考えてみようじゃねーか」といって鎌倉の地図を広げた。
「それでは劇で引き上げたとされる光明寺を地図で確認しておこう。光明寺鎌倉材木座にある。ここ由比ガ浜海岸に近いところにある」といって指で示した。テーブルに置かれた地図の上にぐっと三つ頭が寄った。
「よしいいか、材木座にはもうひとつ注目すべき寺があるんだ。それが、ここ九品寺だ。
鎌倉では意外に少ない新田義貞関連の寺である。1336年義貞によって創建されたもので、鎌倉攻めの際の義貞本陣跡だといわれる。この寺の山門の内裏山と本堂の額は義貞の筆と伝わっている。昭和に入ってから材木座あたりで発掘調査があったんだが、そこで千体あまりの人骨が発見された。これが中世のもので、義貞の鎌倉攻めの戦没者であると考えられた。それを証拠に九品寺には鎌倉攻めの際の戦没者供養碑が立っている。
さて仮名手本忠臣蔵では光明寺に向かうところで終幕する。つまり、材木座方面に向かうことは分かっている。劇中でライバル足利家臣の高師直を倒した新田一族が帰る場所として九品寺はふさわしいといえる。実際に劇では仇討ち後は一切ない。考えてみれば中途半端だな。引け上げ以後は観客の創造・連想に任されているんだ。だけど赤穂浪士もこの後、幕命で切腹し死ぬことは分かっているからな。これだけは言えるんじゃねーか。本懐を遂げた者たちにあるのは死だけだ。光秀しかり……」
「義貞というより新田一族でしょう。つまり悲惨な末路を辿った者たちが、この劇に入れ込まれているのね」
「でも弦さんの説では、新田一族が帰った所は九品寺であって、光明寺ではない。方角はあっていますが、やはり光明寺でないと意味がありません」真船は冷静に質した。
「おっと、無論そうさ。これはひとつの仮説だ。まだこれからだぜ。光明寺でなければならない理由が必要だからな。もう少し深読みしような。仮名手本の作者が劇を通じて新田を暗示させているのは見たな。だからきっとラストでも彼らに帰る場所をどこかに暗示させているはずだ。作家というのは、自ら作り出した物語に決着をつけるために、納得出来る結末を用意しているはずさ。彼らはエンターテーメント作家だからな。自分の頭を捻くり回して本人だけ満足している私小説作家ではない。拡げた風呂敷をきれいに畳んで物語を収束させ、ラストにはその物語りに相応しいオチを付ける。それは作者自身だけでなく、観客にも納得させるものでなくてはならない。そうでなくては大衆に支持されず、即おまんまの食上げになっちまうからな。それに江戸時代の戯作者には、幕府の検閲があり多くの制約があった。今では考えられないほど厳しい状況の中で創作をしてきたに違いない。だが一方では、そんな時代だからこそ奥深い傑作ができたのかもしれない。創作というのは、ある程度枷があった方がいい物が出来るようだ。あんまり自由な創作環境というのも良くねーのかもしれねーな。テレビ局のドラマなんて制作費使い放題、スタッフ・俳優やり放題なんていうので、いい物が出来た試しがないからな。おっとまた横道に逸れちまうところだった。龍ちゃんに怒られる前に元に戻さねーと」
「その話はゆっくりと聞きますから」一度弦さんの愚痴を聞く時間をいつか設けなければと琴音は真剣に思った。
「よしそこでだ、『光明』という言葉に意味を秘めたのではないかと、俺は思ったんだ。まず、光明とはどんな意味かだ。明るく輝くという意味であり、また仏教用語として仏や観音の心身から放つ光のことをいい、智慧や慈悲を象徴しているという。また光明は仏身以外にも、仏や観音の住む場所もこの光を放つ、つまり光明はその場所自体も指すことになる。その場所のひとつとして須弥山がある。須弥山は仏教の世界説で、世界の中心に須弥山が聳え立つといい、周囲九山八海に囲まれているという高山。頂上は帝釈天が住み、中腹には四天王が住む。周囲は七の山に囲まれ、これらの山はすべて金でできていることから七金山(しちこんせん)といわれる。この七つの山も光明を放つことから金山という。つまり『光明』から金山を連想することができる」
「金山か。ライバル足利家臣へ復讐を果たした新田一族は、故郷新田荘の金山へ帰ったというんですね」
「でも仏教用語に片寄った解釈ではないですか?」真船が反駁する。
「いや、仮名手本忠臣蔵の作者たちをもう一度見てみな。作者の一人である並木宗輔は、もとは備後三原にある臨済宗の成就寺の僧であったし、またもう一人の作者三好松洛はもと伊予国松山の僧と伝わっている。あと師匠の近松門左衛門も京の寺で修行したからな。つまり仏教の教養を劇に盛り込む下地あったわけだよ」
「そこまで感じ取って観ていた人はいたのかしら?」
「どうかな。でも当時の人々は無意識の内に劇に秘められた意図を感じ取って重層的なストーリーを理解していたのではないかと思うよ。でもよー、予備知識によって劇を解釈するときに違いが出てくるから、今度仮名手本忠臣蔵を観たときには違う劇に見えるだろうよ。そして今までと違う感慨を受けることは間違いないよ」
琴音はこれまで歌舞伎の忠臣蔵を観たことはなかったが、今度公演があるとき観に行こうと思った。そのときは真船さんも誘おう。
「最後に言いたいが、仮名手本忠臣蔵はどんな劇なのかだ。義貞、足利義直、塩谷判官、高師直など登場人物は『死』に向かって疾走していく。彼らの名前は非業の死を暗示させ、劇中悲劇的な展開をし、最後は仇討ちというラストに向かって収束していく。しかし観劇後に一種の爽快感があるのは何故だろうか。それは劇中で死者に対して魂の浄化が行われているからに他ならないからだ。古代ギリシャのアリストテレスは、悲劇の目的は情緒または苦難の浄化にあるとしている。つまり悲劇を観るということは、劇の筋と人物の行動が観劇者を巻き込んで感情同化させ、情緒的カタルシスを味わうことにあるんだよ。忠臣蔵の中に重層的悲劇を見出し、そして観劇者もまた魂の浄化を行う。ここに忠臣蔵が繰り返して演じられる理由があるといえるんじゃないか」
二人は納得して大きく頷いた。
「あのー変なことに気付いたんですが、赤穂浪士たちの討ち入りの格好って、なぜ火事装束なんでか?」
「確かに、忠臣蔵の謎の一つでしたね」
「おう、そりゃー兜とか鎧じゃ戦いにくいんじゃねーか。合戦じゃないんだから。それに太平の世では、本格的なものは集めにくいし、目立つからな。そうゆうところからいえば、火事装束は揃え易かったのかもな」
「うーんと、そうゆうことじゃなくて、雨月という人が天狗だとしたら……愛宕……」琴音は頭の中で閃いたことをなかなか言葉にできなかった。
そこに弦さんも気付いた。「おっ、そういうことか。愛宕のご利益は火伏せ、つまり防火だよ。徳川将軍家も江戸の町を火事から守るための守護神として愛宕を崇めたというからな。火事装束の赤穂浪士と愛宕の天狗。こりゃー大発見だ」
「そうなると、赤穂浪士たちも天狗ということになってしまいますよ」
「案外そうかもしれん。彼ら自身が天狗でなかったとしても、天狗が協力者だったとかな。江戸という平穏な時代に仇討ちという物騒で大ごとなことをするのだから、どこからか特別な力を得ていたとか」
「悪魔に魂を売り渡したように、天狗に……」
「江戸時代にあってあれほど世の中を騒がせた事件はそうはないからな。ともすれば幕府政治批判であり、体制批判だ。これこそ天狗の望むところだろう」
「でもその目的が掴めないわ。ただ騒ぐだけじゃ」
「いや、結構幕府にとっては大事件だったさ。将軍のお膝元の江戸で、武器を持った浪人が、幕府の高家筆頭の家を襲って主人を殺し、その挙句に首を掲げて、行列を組んで練り歩いたんだ。しかも、その間幕府は何もしていない。これは考えてみても凄えーことだぜ」
「それに天狗というのは南朝派だということを考えると、足利氏族である吉良を倒すことに意味があったのかということも考えられます」真船は新田派の意見を言った。
「おう、そうなると、忠臣蔵という劇にしても、足利氏族を悪人にしているな。吉良上野介の役名が高師直だしな。これにより足利氏族を悪にして世の人々に印象付けることに成功したな。それが自然と新田、南朝方が正義となり、ひいては彼らに協力してきた天狗も正当化されるわけだ。これを劇にしたぐらいでと侮ってはいけないぜ。現代でもこの忠臣蔵は演じられ、テレビ、映画、書物とこの構図は受け継がれているんだからな、何の疑いもなく」
そして真船は何かを思い付いたように言った。「そういえば、江戸時代初期に幕府を揺るがした乱がありましたよね。確か由井正雪の慶長の乱でしたが……」
「それが何か?」と言いつつ電子辞書で(ゆい しょうせつ)と引いた。そして声を上げて読んだ。「由井正雪~江戸初期の軍学者。駿河由比の紺屋弥右衛門の子。楠木流の軍学を学び、江戸で講じた。門弟五千人。丸橋忠弥と結んで討幕を計った。しかし計画が漏れて、自刃した。(1605~1651)」
「問題なのは楠木流の軍学というところだな」弦さんは真船に振った。
「そうです。これは楠木正成を流祖と称する兵学の流派です。最初、雨月に会ったとき、楠木正成は天狗であったという言ったのを覚えています」
「ということは、由井正雪は天狗と関係があったというわけ?」
「いや、由井自身が天狗であったのかもしれない。そして天狗の学問を広め、門弟を増やした。平和で安定した世に乱世を起こそうとした。まさに天狗の望むところです」
「これゃー面白れー。天下騒乱の陰に天狗ありか。鎌倉幕府討幕も本能寺の変も天狗の仕業で、慶安の変も忠臣蔵も天狗が後ろにいたっていうことになるな。これはケッ作だな」弦さんは笑いながら言う。
真船はそれに対して真剣な顔で「きっとそうです」と答えた。
「まあ怒るな。千ちゃんみたいに、天狗に会った人間なら素直にそう言えるけど。こんな話は説明しても理解されるのは難しいぜ。もちろん俺は信じているけどよ」
「私もよ。……でもいつの時代にも出現する彼ら天狗は、今の時代にもいるのかしら。それになぜ私たちに近づくのかしら」
弦さんと真船は首を傾げて、それが分からない、といった表情をした。
「天狗といっても、昔のように烏や山伏の格好をしているわけじゃないだろう。きっとみんなと同じ姿で世間に紛れて、案外この世を牛耳っているかもしれねーな」
「それに本人も自分が天狗だと気付いてないかもしれません」
「そういう俺が天狗かもしれねーぞ」と弦さんはいって、手を叩いて豪快に哄笑した。

すでに陽は落ち、辺りは暗くなったようだ。語り会う時間も少なくなった。仮名手本忠臣蔵の謎に迫り、三人なりの解答を得た。しかしそれが本当に正しいのかは分からなかった。
別れ際に弦さんが呟いた。「今日はなかなか楽しかったぜ。それにもう一度時代劇が撮れたら、新しい忠臣蔵をやろうぜ。……もう一度やれたらな」
語り尽くした顔は満足そうでだったが、目線は遠くに向いていた。きっと弦さんの頭の中で新しいストーリーが浮かんだのに違いない。だがそれを映像にすることはできないであろう。今のテレビ局には斬新な時代劇などに手は出す勇気はない。安易なバラエティーや安手のドラマばかりだ。
いつか弦さんとドラマが作りたい……そんな思いが心を占領した。
そして、思いの叶わなかった新田一族のことを思い浮かべた。
鎌倉挙兵以来、一度も故郷に帰ることのなかった義貞とその一族。劇中で宿願を果たし、その魂は帰郷した。確かにこれ以上の終幕はないだろう。



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