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物語を物語る

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メッテルニヒとオバマ大統領

物語を物語る

読売新聞 平成21年12月12日 特別編集委員 橋本五郎のコラム「五郎ワールド」から

大変申し訳ないことに、腸閉塞で緊急入院、11月の本コラムを休載してしまった。9年前に胃ガンの手術をして以来、腸閉塞に見舞われること4回。繰り返し繰り返し襲ってくる腹痛と吐き気に耐えながら病室で読んだのが、発売されたばかりの塚本哲也さん(80)の「メッテルニヒ」(文藝春秋)だった。震えるような感動を覚えた。
伝記の醍醐味を堪能させてくれるだけではない。塚本さんが脳出血で半身不随となり、車椅子の生活を強いられていることを知っていたからだ。この本には「政治とは何か」が凝縮され、日本の政治の卑小さを思い知らされたからである。
塚本さんは東洋英和女学院の学長時代に脳出血で倒れ、5年前に妻のルリ子さんと群馬県榛名山麓の老人ホームに入居した。翌年ルリ子さんは脳出血がもとで帰らぬ人となった。
亡くなる直前、深夜の集中治療室で、妻が左手を上げて空中に書いた文字は「ありがとう」だった。立ち上がれない悲しみの中で、教会の司祭の言葉が深く心に染みた。
「立ち上がれなくてもいいではないですか。心ゆくまで悲しんでやることです」 妻との永別のあまりの寂しさを紛らわすため、左手だけのパソコンで1年半かけ書き上げたのがこの本である。
塚本さんは毎日新聞のウィーン、プラハ、ボンの支局長を務めた。当時から中部ヨーロッパに君臨したハプスブルク家の資料を集めた。「エリザベート」「マリー・ルイーゼ」(文藝春秋)として結実した。
それにしても今なぜメッテルニヒなのか。塚本さんと電話で話した。手紙もいただいた。そこには、あふれるばかりの思いが凝縮されていた。
日本ではほとんど知られていないメッテルニヒの伝記を残そうと思ったのは、日本の政治の幼稚さ、貧困さのゆえだった。精神の高貴さが失われていると思ったからだ。
メッテルニヒの視野の広さ、遠大な将来図、自国のみならずヨーロッパ全体を見渡す「鳥の目」俯瞰図、細心、大胆な行動力と度胸、全体を貫くコスモポリタニズム。とても「保守反動」などという小さな尺度では測れない人物だからだ。
メッテルニヒが一貫して目指したのは何だったろうか。本を読めばよく分かる。<ナポレオン時代のように一つの国が圧倒的に強大で、他の国がその軍事力に降伏従属し、息もつけないような「一国独裁」のヨーロッパではなく、「勢力均衡」で平和を第一とする政治社会秩序だった>
それは決して消極的な勢力均衡論ではなかった。ロシア遠征の失敗でフランスは大きな打撃を受けた。しかし、あまりにも弱体化してはロシアが強大になってしまう。欧州の均衡を守るため、フランスにも執拗に和平を呼び掛けたのだった。
その一方で、着々と自国オーストリアの軍備を増強、フランスが和平に応じないとみるや、オーストリア、ロシア、プロイセン連合軍総司令官として、ライプチヒでナポレオン軍を殲滅した。平和を乱す者には断固として戦ったのである。
キッシンジャーはハーバード大での博士論文「回復された世界平和」(原書房)で、カッスリー英外相とメッテルニヒによって、ヨーロッパは百年の平和を維持したと評価した。そして「20世紀のメッテルニヒ」として、ニクソン政権下で勢力均衡論を実践、米中国交正常化はじめ数々の実績を上げた。
メッテルニヒは、革命は「巨大な幻想」であり、陰惨な結果しか招かないと激しき批判するとともに、偏狭なナショナリズムの危険性についても警鐘を鳴らした。プロイセンの激しいナショナリズムはドイツ帝国を生み、やがて第一次、第二次大戦へと突き進むことになった。メッテルニヒは百年後を見通していたのである。
メッテルニヒは外交家である前に高い教養人だった。ゲーテやシラーなどのドイツ文学、フランス、英国の文学書や歴史書をよく読んだ。数百の詩を暗唱できたという。
しかし、メッテルニヒにも大きな限界があった。貴族以外の庶民と接する機会がなく、民衆との距離を埋めることができなかった。秩序を守ることを第一義に考えたゆえに、産業革命というもう一つの革命による人々の意識の変化が理解できず、時代に取り残された。
故高坂正堯教授に「古典外交の成熟と崩壊」(中央公論社)という名著がある。メッテルニヒは「保守主義者」であっても「反動」ではなかった。「自制」を重んじ、粗暴な形で現状を守ることにも反対だったと指摘、こう書いている。<秀れた外政家は諦念と使命感を持つことが多かった。(中略) 彼らはその行為のもたらすものの不十分さを熟知しながら、対立をやわらげ、協力関係を広げ、秩序らしいものに接近すべく懸命に努力した>

前半の文章などを読むと、橋本五郎氏の視線は優しいと、「五郎ワールド」を読むたびに思う。
この塚本哲也氏の記事が翌日の読売新聞・群馬版に出ていた。こちらは本人の写真があり、経歴も載っていた。それを読むと、塚本氏は「館林」出身だとか。お~同じ「東毛地区」で同郷人。
メッテルニヒ 塚本哲也

さて、上記本文が掲載された時期に、「オバマ大統領のノーベル平和賞授賞式」があった。
その「スピーチ」の中で、「正しい戦争がある」と主張し、戦争・武力行使を肯定したということで、今まで支持してきた左派系の人がひどく失望し、落胆していた。
朝日新聞の読者欄「声」には度々このオバマ大統領のスピーチに対する「裏切られた」などといった失望感に満ちた投書が掲載されているが、こんな左派系の人々の意気消沈ぶりには嗤ってしまうと同時に、あまりも妄想的な「平和主義」には呆れてしまう。(まあ人によっては「お花畑」状態と罵るだろうか)
もともと責められるべきは、現職アメリカの大統領などに平和賞を与えた人たちであり、そこに何らかに思惑があったのではないかと疑うべきものだった。このオバマ大統領の受賞によって「核兵器がなくなり、戦争のない平和な世の中がやってくる」などと白昼夢に似た幻想を抱き、過度に何かを期待した方々があまりにも滑稽であり、かつ憐れに見える。
TBSの日曜朝の情報番組「関口宏のサンデーモーニング」は、オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したときは、まるで日本人が受賞した時以上の喜びようで、30分以上もかけてこれを放送していた。(この日に中川昭一さんの葬儀の報道があったがフラッシュニュース扱いで1分もなく、コメントもなし。他局の日テレは「THE・サンデー NEXT」はしっかりと特集を組んで追悼特集をしていた。またフジテレビ・テレ朝の同日の報道系はしっかり放送もあり、追悼のコメントがあった。)しかし、今回の授賞式スピーチのときは打って変わって、コメンテーターが「裏切られた」「やはりアメリカは戦争が好きだ」などといってため息をついてコメントし、挙句に溜息をつく始末。あたかも葬式のような暗さだった。(浅井信雄、浅井慎平、 江川紹子など。) これほんと、選挙前に民主党へ過度に期待を寄せて持ち上げていたくせに、今は「思っていたのと違う」「私が描いていた政権交代はこんなんじゃない」と勝手に失望しているのと同じ状態だ。期待する前に、少しでも頭をひねれば分かることなのに……。

そこで、オバマ大統領のノーベル平和賞授賞式のスピーチを読んでみた。
ただ、単にマスコミが抜粋したものを鵜呑みにすれば、ただオバマが「戦争を肯定」をしているように聞こえるが、これが微妙に違う。よく読めば、全くの正当な主張であり、現実的正論である。それに全文を何度か読み返してみれば、戦争が「正しい」のか「間違い」なのか、両極端にして分けるほど簡単な問題ではないと、問いかけているのが分かる。
これは、メッテルニヒの考えにも近いというのがよく分かるのである。

では、気になった箇所だけざっくりと抜き出してみた。
元サイトは西日本新聞 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/140028

「時を経て、集団間の暴力を規制する手段として法律が登場すると、哲学者、聖職者、政安易に「治家が戦争の破壊的な力を制御しようとし、そこで「大義のある戦争」という概念が登場した。それは、戦争は自己防衛の最終手段として、適正な武力により、可能な限り非戦闘員は犠牲にしないという条件に合致する場合のみ正当化されるというものであった。」
「歴史上、「大義のある戦争」という概念はほとんど実現していない。人類が殺し合う方法を新たに考え出す能力を無尽蔵に有することは証明済みだ。そして外見の違う人々、異なった神を信仰する人々に対し無慈悲にその能力を行使した。」
「大義ある戦争の概念と平和の必要性について新思考が求められるだろう。われわれが生きている間に暴力的な紛争を根絶することはできないという厳しい真実を知ることから始めなければならない。国家が、単独または他国と協調した上で、武力行使が必要で道徳的にも正当化できると判断することがあるだろう。
しかし国民を守り保護することを誓った国家のトップとして、彼らの例だけに導かれるわけにはいかない。私は現実の世界に対峙(たいじ)し、米国民に向けられた脅威の前で手をこまねくわけにはいかない。誤解のないようにいえば、世界に悪は存在する。非暴力運動はヒトラーの軍隊を止められなかった。交渉では、アルカイダの 指導者たちに武器を放棄させられない。時に武力が必要であるということは、皮肉ではない。人間の欠陥や理性の限界という歴史を認識することだ。」
「そう、平和を維持する上で、戦争という手段にも果たす役割があるのだ。ただ、この事実は、 いかに正当化されようとも戦争は確実に人間に悲劇をもたらすという、もう一つの事実とともに考えられなければならない。兵士の勇気と犠牲は栄光に満ち、祖 国や大義、共に戦う仲間への献身の現れでもある。しかし、戦争自体は決して輝かしいものではない。決してそんなふうに持ち上げてはならない。
両立させるのは不可能に見える二つの事実に折り合いをつけさせることも、私たちの課題なのだ。戦争は時として必要であり、人間としての感情の発露でもある。具体的には、かつてケネディ元大統領が訴えた課題に向け、私たちは努力しなければならない。彼は「人類の本性を急に変化させるのではなく、人間のつくる制度を少しずつ発展させた上で、実際的かつ達成可能な平和を目指そう」と語った。」
「この発展とはどんなものだろう。実際的なステップとは何だろう。 まず初めに、戦力行使について規定する基準を、強くても弱くてもすべての国々が厳守しなければならないと考える。ほかの国々の元首と同じように、自国を守るために必要であれば、私には一方的に行動する権利がある。しかしながら、基準を厳守する国々は強くなり、守らない国々は孤立し弱くなると確信している。」
「同時に、平和を求める信条だけでは、平和を築き上げることはできないということも分かっている。平和には責任が不可欠だ。平和には犠牲が伴う。」
「自分の安全保障を心配する者は、中東や東アジアでの軍拡競争の危険性を無視することはできない。平和を追求する者は、核戦争のため各国が武装するのを何もせず傍観してはならないのだ。」
「なぜならもしわれわれがその信念を失い、ばかばかしい、甘いと言って退けたり、戦争や平和に関する決定を下す際に無視したりするなら、人間性の最も優れた部分、可能性にかけたわれわれの思い、そして道義上の羅針盤を喪失することになってしまうだろう。
だから、あるべき世界に到達するよう努力しよう。われわれの心の中をかき立てる神聖な輝きの世界へと。今日、世界のどこかには、戦闘で不利になりながらも 毅然と平和を守る兵士がおり、残虐な政府に対し勇気をもって行進を続ける女性がおり、極貧にあえぎながらも子供に教える時間を取り、この残酷な世界でも子供の夢が実現する余地がどこかにあると信じる母親がいる。
 こうした手本を見ならおう。この世界に抑圧はいつも存在することを認めながらも 正義に向かって進むこともできる。腐敗が手に負えないことを認めながらも尊厳を追求し、戦争がこれからもあると知りつつも、平和への努力を続けることができる。われわれにはそれが可能だ。なぜならそれこそが人間の進歩の物語であり、全世界の希望であり、この困難な時代にあってわれわれが地上で果たすべき仕事であるからだ。」
以上抜粋。
これらを読むと、宮崎哲弥が勧めるマイケル・ウォルツァーの『正しい戦争と不正な戦争』(Just and Unjust Wars)が最も近いのだろうか。

世界平和が保たれるのは、やはり「秩序」が必要なのだし、オバマのスピーチを読むと「自分の国は自国で防衛しろ。わが身はわが身で守れ」と強く訴えているようにも聞こえます。

では、
真の独立とは?
自国で自国を守ること?
となれば、
日本はまだ独立国ではない。
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