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日本文化論。「オリジナリティの基準は根源ではなく分岐点にある。」 明石散人「日本史鑑定」から

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小沢一郎が12月12日ソウル市内の国民大学で講演を行い天皇陛下は韓国から来たなどと言った発言(過去記事)や、平成13年(2001年)12月18日、天皇誕生日前に恒例となっている記者会見において、今上天皇は翌年に予定されていたサッカーワールドカップ日韓共催に関する「おことば」の中で、「私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております。」との発言(Wikipedia)などを引いて、「皇室・天皇は朝鮮系だ」「日本文化は朝鮮・中国の亜流だ」といった日本の文化・伝統・歴史を貶めるサイトを良く見かける。
中杉 弘のブログというサイトに「天皇が平成13年に桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫だと言われたことがありますが、桓武天皇の生母が200年以上前の武寧王の子孫だと言う意味であり、直接百済から嫁に来たわけではない。ましては百済の王女でもなんでもない。」という記述があり、これが正しいのではないかと思う。

それにしても、日本文化は、何でも朝鮮や中国からやってきた(または朝鮮が起源である)といった説を唱える人が何と多いことか。
とくに最近話題の内田樹「日本辺境論」はとくに酷く、これは卑怯な駄本である。(理由は後日書く)

日本が朝鮮経由で中国文化に影響を受けたことは紛れもない事実である。しかし、それを基に独自の発展をしてきた日本文化にこそ価値があるのに、ルーツや根源探しばかりに目を奪われるのはいかがなものだろうか。

こんな愚論には「オリジナリティの基準は根源ではなく分岐点にある。」と説明をする明石散人の説で対抗したい。
日本文化を理解する上で「分岐点」というのが重要だというのがあまりも明解に書かれていて、膝を打つほど感じ入ったので、ここはあえて長文引用しています。
日本史鑑定 (徳間文庫): 明石 散人, 高橋 克彦著から
明石散人

オリジナリティの基準は根源ではなく分岐点にある。
「何が日本独自のものか」とよくいわれますが、それは分岐点をどこに置くかという問題だと思うんです。
これは何に対しても言えることで、人間とチンパンジーの分岐はどこだ、ゴリラとオラウータンはどこだ、と分岐を明確にすることが重要なんです。
それをしないで、ただ根源を辿っていくと、結局、人間もネズミも同じものになっちゃうんですね。
以前、将棋は日本固有のものだといって、面白がりの中でテレビ番組にしたり、「謎ジパング」という本にも「とにかく日本に伝承される何事も、日本で独自に始まったものはなく、中国・朝鮮・インドから伝わってきたとしがちなのが我々日本人。植物(花や木)・遊戯・文学・美術・楽器……、何故か全ての分野にわたって、その根源を海の向こうに求めてしまう。将棋もその一つである」と書いたんです。そうしたら橿原研究所のある研究員が、こういう論文を書いたからといって送ってきたんですが、彼の手紙の冒頭に「明石さんの説と違って、僕の論は中国渡来説なんです」と書いてあったんです。でも、これは大いなる勘違いで、僕はそういうことを言っているんではないです。何事も「分岐」ということを明確にしなかったらダメだ、「分岐」を曖昧にすると人間もネズミも一緒になってしまうというような意味、つまり、僕はあくまでも分岐を定めた上で将棋は日本固有のものだと言ったんです。
どういうことかというと、中国・韓国・タイ・チェスの駒数はいずれも三十二枚で取り捨てルールなんです。でも日本の将棋は駒数が四十枚で、先が三角になって進方向性を示していて、更に取り捨てルールではなく取った駒をまた使うことができる。つまり、駒数・方向性・駒の再利用という日本独自のルールになったときに、「日本将棋」になったんだということなんです。
それ以前に、中国から伝わったということは当たり前のことであって、そんなことをいえば着物だって人と諍いをすることだって何から何までみんな外来のものですよ。分岐をしっかり見極めないと、みんな一緒になっちゃうんです。アルタミラやドルドーニュの壁画に影響されたとでも言うんでしょうが、人の思考のパターンなんてものは、多少の時間のズレはあっても同じことを考えるようになっているんですよ。博打がどこで最初に始まったのか知りませんけど、こんなものはお互いが影響されることなく、ごく自然に世界のあちこちで大した時間の差もなく発生したんです。空気や岩石は世界中どこにでもあるけど、別に日本の空気はイギリスからやってきたわけじゃないし、日本の変成岩は何億年も前からちゃんと日本にあるんです。
例えば、着物ってどこの物だと聞かれたら誰だって日本の物だと思うでしょう。でも中国の隋の頃から、いやもっと前の炎帝・黄帝のころから中国人も着物っぽいものは着ているんですよ。だから問題なのは、じゃあいつから「日本の着物」になったのかということになるんですね。中国に古くから着物のようなものがあったからといって、着物は中国の影響だと言ってしまったんでは、オリジナルの文化というもの自体が成立しなくなってしまう。
ですから着物って何だ、どこから日本固有のものになったんだとなると、これは帯の発明なんだと思います。帯を結ぶという「様式」です。帯には日常を含めていろいろな式典ごとに様式があって、それはそれぞれ全部違いますよね。着る人の年齢によっても違う。つまり結ぶものに対して様式を持たせるものが帯なんです。この帯の発明があって、ここで初めて「着物」と言えるんです。時代的には鎌倉・室町の頃でしょう。
だから僕には、十二単は逆に日本的なものとは思えないんです。あそこには様式的な帯というものがないですから。
オリジナリティとは、そういう風に考えていくもんだと僕は思っているんです。分岐を明確にしなければね。そうじゃないと、最も日本的な「日本刀」でさえペルシャ刀の系列になってしまう。
他にも「日本」とつくものがありますよね。例えば「日本書紀」。これは国史です。でもあれが中国の影響を色濃く受けていることは誰でも知っていることです。それを真似したと取られてしまえば、そうかも知れないけど……。そういう論理というのは一見正しいようで、実は人間とネズミは同じものだと言っているのと同じことだと思うんですよ。僕が、将棋は日本人が発明したというのは、こういう意味なんです。日本の誰が始めたのか知りませんけど、日本将棋には日本人による創作上の分岐が明らかに見えるんです。つまり、将棋は日本固有の発明だと言って間違いないし、むしろ日本固有の文化だと言わなければいけないんです。
文化の交流・影響は対等性を持って初めて成立する。
だからそこで最後の分岐がなされたかということを明確にすることが、すべての文化の発祥を捉えることになるんだと思います。本来「鑑定」というのはそういうことであって、分岐をどこに置くかということで目筋が決まってくるんだと思います。
どうもこのところの文化論というのは、いつも何か、その分岐点の線引きが成されないままに論議されていて焦点がずれているんですよ。
「日本的なものは何だ」ということを突き詰めるには、分岐をどこにするのかということを決めることです。そこで初めて日本の文化が語れるんだと思います。
縄文・弥生を念頭に置き、同時代に当たる中国の秦の始皇帝の物なんかを見ると、あまりにもレベルやボリュームが違いすぎていて、当時の日本があの文化の影響を受けたとはとても思えないんですよね。当時の日本では中国文化の影響は受けきれないですよ。影響を受けるということは、ある意味で対等性を持つということですからね。
日本が中国と対等性を持つのは、やっぱり聖徳太子の時でしょう。「日出ずるところの天子、書を日没するところの天子に」という一文に見られるように、あそこで初めて対等という意識が生まれて文化の影響ということが見られるわけです。対等だからこそ遣隋使・遣唐使というものが派生していくんだと思います。
日本が中国の影響を受けたということは、厳密な意味では遣隋船以前は無いと考えていますし、それ以前のことは、切って捨てたって良いんだと思います。それは単に物が少し入ってきたというだけのことに過ぎません。このレベルのことを影響とか交流といってしまうのは誤りだと思うんです。そうじゃないと際限の無いことになってしまう。
(前方後円墳を例に出して) これも分岐という視点で考えればわかりそうなことなんですが、敢えて交流・影響というもので考えてしまうから、そういうことも混濁してわからなくなっちゃうんですよね。だから分岐論をもう少し文化に対してハッキリさせていくと、日本の文化というのが逆にわかって来るんじゃないかという気がしますね。
日本文化と言えるのは聖徳太子以降だと言える断然の憑拠は煬帝に対する国書です。あれがとにかく国という意識を持つ最初ですよ。この国書は日本が孤立・固有のものだということを初めて明言し、それと同時に、自分の地域性ということを「日出ずる」と表現したことはとても大きな意義を持っているんです。聖徳太子は、自分より東に国は無い、この日本こそ根源であると言い、これが当時の日本人に初めて固有のアイデンティティを誕生させたんだと思います。
僕はアイデンティティを「根源に対する無意識の帰属意識」と解釈しているんですが、例えば、サッカーのワールドカップ予選を通過した時、あれほどみんなが感激したのは日本のサッカーが勝ったからではないんですよ、「無意識の帰属意識を持つこの日本が勝ったからなんですよ。でも誰もアイデンティティが確認されたとは思っていない。だから根源に対する無意識の帰属意識なんです。
その辺の約束事がどうも明確になっていないといつも感じるんです。アイデンティティ、アイデンティティと言うけれども、それって何なのということですよね。
ある意味で、ルーツを探すことは愚かなことだと思います。大事なのは分岐点を探すことじゃないでしょうか。

ほんとに実に明快な説明。天皇・皇室もこれにあてはまると思います。DNA鑑定で、日本人はどこから来たとか、日本人は朝鮮人や大陸系が多いとか、そんな根源を探ることはあまり重要ではない。(参考にする程度でよい。) 独自の文化を知るには、上記にあるように「分岐点」を見極めることこそが必要なのだろう。
そういった点でまさに「文化分岐点論」は正論だと思う。
これを指摘した明石散人は、本当に尊敬に値する。過去記事

日本人及び日本文化を知りたいなら、内田樹の「日本辺境論」なんかよりも、明石散人や山本七平を読んだ方がいい。


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