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物語を物語る

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学校の先生たちよ!「日本文化の教育」と「コンドームの付け方実習」どちらが正しいのか考えよう

物語を物語る

読売新聞の記事「教育ルネサンス」の「和文化を知る」シリーズがもの凄くいい。学校で「日本文化」を授業に取り入れた結果、良い結果を出しているという事例を多く掲載していた。

とりあえず第一回目をそのまま転載しておきます。
2010年1月19日 読売新聞付け サイト元http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/renai/20100119

美しい日本語 身に着く授業 日本語の美しさを学び、伝統文化を知る。
「四角は」から始め、10以上の言葉をつなげて、「ひかるはみんなの笑顔だよ」で終えるのがルール。前回までの授業で、思い浮かんだ言葉を画用紙に書き出し、うまくつながるよう整理した。ひと組ずつ順番に歌い、歌い終わるたび、ほかの児童が「サメが出てきたのが面白い」などと気づいたことを述べていた。
 新発田市では今年度、文部科学省の教育課程特例校制度を利用し、独自教科の「日本語」を新設した。市内の全小中学校で年間20~35時間を教えている。
 狙いは、古典作品などを通じて日本語の美しさに触れ、表現力やコミュニケーション力を養うとともに、日本の文化や伝統に誇りを持つ心を育てること。市教委が作成した教科用の図書には、論語や俳句、短歌が数多く並ぶ。
 一方で、子どもたちがあきずに「楽しく」学べるよう、各校で授業を工夫している。
 同小の6年生の授業を見学すると、児童が机を向かい合わせにし、「長久安全」「至誠一心」などの4文字熟語が書かれた10枚の札をカルタのように取り合うゲームをしていた。
 これらの言葉は、2004年の新発田城の復元に際し、町の繁栄を願って選ばれた「願文(がんもん)」。ゲームを終えると、この日の主題の、自分たちの願いを漢字4文字にまとめるオリジナルの願文作りに取り組んだ。
 各学年とも、授業では、各自が感じたことや思いを発言したり、文章にしたりする機会を設けている。「作文などでも難しい漢字を使い、こった表現をする児童が増えています」と、同小の研究主任の鈴木真史教諭(45)は話す。
 意欲の証しのひとつは、廊下の壁に並べられた児童作の五言絶句の漢詩。「金木犀(きんもくせい)」「鶯(うぐいす)」など学校で習わない字が多く見受けられた。

 新発田市が参考にしたのは、東京都世田谷区の取り組みだ。
 同区では、「日本語は思考や表現の基盤。日本文化の理解に不可欠」として、03年度から俳句作りや百人一首大会など、小中各校で日本語を重視した授業や行事を取り入れてきた。日本語教育特区の認定を受け、07年度からは教科「日本語」の授業(年間35~70時間)を全小中学校で導入し、教科用図書を作成した。

 区立船橋小学校の1年生の授業。冒頭に全員で宮沢賢治の詩や論語を暗唱した後、山上憶良の短歌の学習に入った。意味も説明するが、目的はリズムや響きを味わうこと。一首だけだが、授業の終わりには多くの児童が暗唱できるようになっていた。
 小学校は古典や現代詩などの朗読・暗唱が主だが、中学の「日本語」は、三つの領域に分かれる。現代文などを読んで意見交換したりする「哲学」、ゲームの説明書作りなどにも取り組む「表現」、衣食住や伝統芸能などの知識を深める「日本文化」だ。
 「自分の言葉で徹底的に考え、表現させています。受験の論文や面接にも役立つはず」と区立八幡中学校の君島光司校長(61)は話す。
 言葉を友とし、子どもたちは明日への力を身につける。(関仁巳、写真も)
 教育課程特例校制度 学習指導要領によらずに学校や地域の特色を生かした教育課程を編成できるようにする制度。内閣府が認定していた教育特区に替わるもので、手続きの簡素化を図り、08年度から文科省の指定になった。

◇ ◇ ◇ ◇
見直されはじめた伝統

 茶道や和楽器、郷土芸能、古典の朗読など、伝統文化を重んじた学習に力を入れる学校が増えている。「和文化教育研究交流協会」理事長の中村哲・兵庫教育大教授(61)によれば、小・中・高で全国1000件以上に上るという。
 きっかけは、現行の学習指導要領(小中は1998年告示、高校は99年告示)に、総合的な学習の時間の設置や中学音楽の和楽器の必修化が盛り込まれたこと。さらに、06年の教育基本法改正で、教育目標の一つに「伝統と文化の尊重」が掲げられ、新学習指導要領に伝統や文化に関する教育の充実がうたわれたことから、動きは活発化した。
 「戦後社会の行き詰まりで、教育界が長く遠ざけていた日本文化が見直され始めた」と背景を説明した上で、中村教授は、こう指摘する。
 「大事なのは、単に過去の遺産を継承するのでなく、現代社会との関連性を踏まえ、新たな文化の創造へとつなげること。そうした視点を持った教員の養成も必要で、国の後押しに期待したい」

教育基本法改正が機能し始めて上手くいっているようです。(安倍晋三元首相の成果)
重要と思うところは太字にしておきました。「戦後社会の行き詰まりで、教育界が長く遠ざけていた日本文化が見直され始めた」この一言に尽きます。「日本文化」は教育にもいいという証拠です。
さらにこの「和文化を知る」シリーズは計4回続いた。
第二回目は、礼儀作法を柱に、広く伝統文化を教えている。

百人一首を授業に取り入れた結果「伝統文化に取り組むようになり、態度はさらに良くなった。登下校時の町の人へのあいさつも定着してきている」といった話や、「古典の暗唱や音楽の和太鼓、総合学習のわらじ作り、クラブ活動の生け花、武道など、広く伝統文化の要素を取り入れている。給食の時間には、はしの持ち方なども指導した」結果「騒ぐ児童はなく、スムーズに授業を進められるので、勉強がはかどる」


第三回目は、書道で養う静かな心

「重きを置くのは、字の上達でなく、書道の作法を通じて、伝統文化への関心や落ち着いて物事に取り組む姿勢、思いやりの心を育むことという。」「あいさつと礼儀作法の「礼節」、敬語の使い方が中心の「ことば」、「実技体験」の三つで構成。実技は地域で盛んな剣道と茶道を採用した。男女とも小学3、4年は茶道、5、6年は剣道を、中学生は茶道と剣道の両方を学ぶ。「男子も女子も、実技を楽しみにしている。目上に対する言葉遣いが良くなった」と話す。


第四回目は、相撲・武道で礼節育む 

勝ってもガッツポーズはせず、負けて泣いても相手への礼は忘れない。勝敗に関係なく、「がんばった、がんばった」と言って肩をたたき、健闘をたたえる――。榊校長は、「今の子どもは、遊びの中で友だちの体に触れることがない。相撲を通じて人の温かみや重みを体で感じ、相手を慈しむ心が育っている」と話す。居合道は、91年に文部省(当時)の武道指導推進校になったのを機に始めた。「伝統文化や礼儀作法、節度ある態度、集中力など多くを学べる」「武道のおかげで、姿勢が良く礼儀正しい子が多い」

といった話が掲載されていて、実に心良い。どんどん広まってほしい。
このシリーズを書いた「関仁巳」という記者を尊敬します

さて、こういった取り組みがある中で、何とも理解に苦しむ教育が行われている。

こんな「性教育」がいまだに行われているのか。
小学校低学年に「コンドームの付け方」の練習。
性器が精巧に作られた人形により性交を見せる。
性器の名称やセックスなどといった言葉をちりばめた歌をみんなで歌わせる。
挙句、その性教育の教材を保護者に見せないように回収する。
などなど。

日教組やジェンダー問題に熱心な人たちよ、教えて欲しい、「何を子どもたちに教えたいのか」
そして、学校の先生たちよ「いまだに皇国史観だの軍国国家につながるなどとって日本文化を敬遠し、過激な性教育するのか」「どちらが教育に、子供たちに必要なのか」その辺をよく考えてほしい。

誤った教育方針は、学校を国を荒廃させる。

こんな国にはなりたくないでしょう。

韓国・大邱市で起きた小学校高学年男子児童らによる女子児童への集団性的暴行事件。

小学校2年生の娘を持つ親の切なる願いです。

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Comment

[201] 知的障害者と性教育
確かその性教育の動画は、知的障害者向けらしいです。なので、「一般の性教育問題」を語る為にこの動画を取り上げるのは適切ではないと思います。
知的障害者への教育については、知識が無いので何とも言えませんが、彼らが性犯罪を犯さないためにもコンドームの付け方を教えること自体は間違っていないと思います。その上で、この教育法が正しいか間違っているかを議論すべきだと思います。
私が言いたかったことは、健常者と知的障害者の教育をごっちゃにして考えてはいけないということです。駄文失礼しました。
[202] 上記コメントへの反論
名無しさんコメありがとうございます。
ただし、反論。
上記にある過激な性教育は実際に行われていることであり、知的障害者だから、健常者だから云々ということをここで問うても意味がない。
ここでは、ゆとり教育で授業時間が削られた今、その少ない時間を過度な性教育にあてるのではなく、日本文化、伝統、歴史の教育にあてるべきではないかということだ。
問題は、韓国の小学生のような事件はなぜ起こったのかということで、日本でこんなことが起こっては大いに困る。
では、性教育を行っていたら防げたのか?
そうではないだろう。
子どもらのモラルや道徳観の低下にあることは間違いなく、それを教えない教育現場に問題がある。
では、名無しさんに問いたい、コンドームの付け方を教わった子どもは性犯罪を起こさないのか?
それは、おかしいだろう。
正悪の判断、社会ルールの欠如、こういったところに問題があるわけだ。

そこで、読売新聞の特集記事のように日本精神を教えることは、高い倫理観や社会的規範を学ぶのに良い教育材料となるはずである、ということだ。
「道徳やモラルの低下は、一民族、一文明を滅ぼした」といったことがギボンの「ローマ帝国衰亡史」にたしか書いてあった。
つまりは、学校教育に求めたいのは、過度な性教育ではなく、「人間の行為・行動について正邪善悪を知り、また正善を志向し邪悪を退けようとする精神」という「道徳意識」を子どもに培うような学校・教師が求められるということです。



[203] 知的障害者と健常者は別として考えるべきです
お返事ありがとうございます。いつも楽しく拝見しております。

犯罪白書によりますと、少年犯罪の少年人口当たり検挙率というのは戦前と比べて上昇していますし( 資料http://www.moj.go.jp/HOUSO/2005/table.html#04 )、ブログ主さんのおっしゃる通り、モラルの欠如が犯罪に繋がっていると考えられます。ですので、道徳観や道徳意識を高める教育が犯罪の抑止になるという考え自体には、私も賛成です。ですので、ブログ主さんのおっしゃるように、歴史・文化の教育をするべきだと言う意見には同意する立場です。

ただ、ちょっと議論をややこしくしていると思うのは、過度な性教育の例に取り上げられている動画が、養護学校の動画であるということです。私は、知的障害者を差別するわけではありませんが、彼らに歴史や文化を教えても意味は無いと思いますし、性教育を体に叩き込んだ方がずっと意味があると思っています。

このエントリーでは、ブログ主さんが「養護学校」という特殊な事例を挙げることで、一般的な教育の議論に持ち込んでしまっているのが残念です。できれば普通の学校における過激な性教育の事例を取り上げてもらえれば、より説得力のあるエントリーになったのではないでしょうか。

あとは、折角の質問にでも・・・・
>では、名無しさんに問いたい、コンドームの付け方を教わった子どもは性犯罪を起こさないのか?
お答えします。コンドームの付け方を教わろうが、素晴らしい道徳教育を受けようが、性犯罪を起こす人は起こすでしょう。だからといって、コンドームの付け方を教えなければ良いというものでもないし、道徳教育をないがしろにして良いというものでもありません。

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消えた二十二巻

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