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歴史ミステリー小説「東毛奇談」 第6章 2

物語を物語る

吉岡が制作室センターにいることを聞き付けて、そこに向かう。はやる気持ちを抑えていた。こんなことは琴音の信条が許さない。
そこに吉岡がいた。直接会うのは久々となる。吉岡は番組ディレクターから連絡を受けて事情を知っていたのか、琴音の顔を見つけると、隣の応接室へ行けというしぐさをした。
吉岡は四十代前半、世の中の人々が想像するとこうなるといった、見るからに業界の人である。背は高く、大学時代はアメフトの選手だったというからがっちりした体格であったが、琴音が知っているときより太ったようで、今は威圧感も増した。ゴルフ焼けした顔は、丸顔で愛嬌はあるが、その目付きは隙を見せない鋭さがある。髪は少し茶色に染めていて、実際の年齢よりも若く見える。服装も琴音には分からないがどこかのブランド物のスーツを着こなし、腕には装飾の派手なごつい腕時計をしていた。
琴音はかつて吉岡と付き合っていた。正確には付き合っていたというものではないかもしれない。すでに妻子のいる吉岡につまみ食いされていたに過ぎないのだった。
琴音にしてみれば吉岡は憧れの存在であった。大学を卒業したての娘には、業界で辣腕を振るう吉岡がまぶしく見えた。付き合いは1年ほど続いた。もちろん琴音は、吉岡が妻子持ちであるというのは承知していたことであった。
それももう過去のことで、今は仕事だけの関係である。
最初に口を開いたのは吉岡の方からだ。
「どうした。番組制作で文句があるなら聞こう」
「分かっているようですから、単刀直入に言います。埋蔵金番組は止めるか、軌道修正すべきです」
その言葉を聞いて少し小馬鹿にしたように半笑いをして「まあ座らないか」と応接セットのソファーを手で示した。
それを拒否するかのように立ち続けて言った。「発見された古文書が偽物と分かった以上、ウソにウソを重ねるようなまねはできません」
吉岡はその言葉を無視して「あー座らないの」と呟いて、一人座る。そして上着のポケットから白い紙袋を取り出した。どこかの病院でもらった薬だろう。数錠の薬を手のひらに乗せて、紙コップの水と一緒に飲んだ。テレビ業界では何故か、偉くなるほど病気自慢をするのが流行りらしい。彼も、俺は病気持ちなんだと訴えたいらしいが、病気で仕事を休んだという話も聞かないし、風邪ひとつ引いたことがないだろう。
そんな吉岡の行為に、琴音は余計怒りを覚えた。抗議の声を上げようとしたとき、吉岡はその言葉を遮り、諭すように言った。
「琴音ちゃんも、もうこの業界長いんだし、テレビがすべて正しいことを伝えると思ってるんじゃないだろう」
ちゃん付けで呼ばれたことで、機先を殺がれた。そして吉岡が琴音を名前で呼んだ響きは、昔の情景をありありと思い出させた。吉岡との恋愛時代は楽しいものであったし、吉岡の言葉を信用していた。だが真実を知った。吉岡が業界に入ったばかりの新人に手を出すというのは有名な話だと涼子から聞いたのであった。吉岡にとって琴音は、多くの女の一人に過ぎなかったのだ。
あのときの感情が蘇ってくる。琴音は駄々っ子のように言った。「こんなことは許されません。あれが偽物だというのは明らかではないですか」
本来なら制作会社の一スタッフが、局のプロデューサーにこんな口調で話しをすることなどありえないことだ。が、二人がかつて特別な関係にあったからこそ許されることである。
吉岡は「そんなことは分かっている」と言い放った。
琴音は絶句した。(分かってやっているの。確信犯。もしや古文書というのも彼の仕業。そういえば、不祥事を起こしたタレントの番組がポシャったのと、赤城山で発見されたのがあまりにもタイミングが良すぎる)疑惑の闇が限りなく広がる。
琴音の心中を察したのか吉岡は威圧的な口調で攻めた。「本音を言おう。いいか、徳川埋蔵金というのは、一種のテレビショーなんだ。見ている人の誰もが本当に埋蔵金が出てくると思っていないだろう。そこを面白可笑しく、夢を与えるのがテレビだろう」
「それが夢ですか。そこに真実は必要ないというの」
「そんなことを言っているわけではない。視聴者なんて番組を見たって、2,3日もすればその内容なんて忘れちまう。ただ面白かった、つまらなかったという感想しか残っちゃいないんだ。それに徳川埋蔵金を真面目に解析して、本当にありませんでしたなんていうんじゃ、うちの局では硬すぎて面白くないだろう」
「面白ければ何でもいいんですか」
「俺は別に芸術祭に出品するような重厚な番組を君たちプロダクションに期待しているわけじゃなんだから。今まで通りに、また大々的に山を掘って、効果音をばっちし派手にやって、視聴者を煽ってくれればいいわけよ」
「なんてことを言うんですか。私はそんな気持ちで制作に関わっているんじゃありません。それに今回は埋蔵金番組を中止しろと言っているんじゃないんです。古文書は偽物と分かり、埋蔵金なんて元々ないと分かっているなら、その真実を放送すべきです。視聴率を取ろうとして、ウソを放送することなんて止めるべきなんです。それこそテレビ、マスコミの使命だと思います」
「使命か、大きく出たな。いいか、ここでは細かいことは一々言わないが、すべてに答えを求めるほどお前も子供じゃないだろう。この世界は視聴率がすべてを支配するんだ。分かっているだろう。この際ヤラセだって何だってやるしかないんだ。放送を流し続けることこそ俺たちの本当の使命なんだからな」
怒気を孕んでこう言い放った。吉岡が琴音をチャン付けからお前に替わった。
この業界の人たちは、すべてを金に換算することができる。番組の一分一秒を、タレント、アイドル、三流芸人まで一人ひとりを金に換算する。そして弾き出された視聴率と予算の額を導きだす。低俗でも下劣でも構わない、視聴率が取れればいいのである。そう信じて仕事をする人をこの業界では有能だという。その点でいえば、この吉岡はまさにできる人間なのだ。
琴音は心の中で問い返す。私には出来るだろうか。今までは信念に基づき、真相を知りたいという思いで仕事をしてきた。その思いが吉岡の言葉で揺らいだ。私の求めるものがこの世界にあるのだろうか。そう思うと涙が目に溢れてくる。
吉岡はその様子を見て「まあ頑張ってくれよ」と琴音の肩に手を掛けて優しげな口調で語りかけてきた。剛と軟を織り交ぜるのは有能プロデューサーの仕事だとばかりに……。それとも昔のことを思い出させるため……。
(お前なんかに分かるものか)と心の中で叫び、吉岡の手を払うと、その部屋を飛び出した。
あんな奴の命令でこれまで仕事をしてきたのかと、思うと琴音は悔しさで一杯になった。しかし部屋を出て数十歩して、立ち止まる。琴音は吉岡に聞きたいことがまだ残っていた。琴音を新田伝承の取材するように指名したのは吉岡だった。その目的と意味を聞き出すことを思い出した。
琴音は踵を返して、もと来た部屋に戻る。吉岡と付き合っていたころとは違う。言い負かされて黙って帰るほどやわではなくなった。確かに吉岡の言うように、もう私は子供ではないのだ。
ノックもなしにドアを開けた。吉岡はケイタイを手に、もうどこかに電話をしていた。ドアを背にして、会話に熱中していたせいか、琴音が部屋に入ってきたことに全く気付かない。琴音は暫くその会話を聞いていた。ハワイでゴルフだとか、スキューバだとか、とにかくそんな話である。これも彼の中では重要な仕事なのだろう。
琴音は吉岡の肩をトントンと叩いた。吉岡は振り向くと、泣いて追い返したはずの琴音が背後にいるのが分かって、たじろいだ。
吉岡は琴音の形相を見て、叩かれるかと思ったのか、携帯を落としかけ、手で顔を塞ぎ、あまりの驚きに腰は引けていた。以前そんな経験があったのだろう、酷く無様な格好となった。
「な、な、何なんだ」
「ひとつ聞き忘れたことがあって」
「そ、そうか」というと襟を正して、「後でかけ直す」といって、掛けていた電話を切った。元の敏腕業界人に戻ろうとしたが、一度晒した醜態からなかなか持ち直せないらしい。今度は琴音がソファーに座るように勧めた。
「前に、群馬の新田に取材に行けと言ったけど、結局は企画として取り上げるわけでもないのに、私を指名したのはどういうことなの?」
「あーそんなことか、それは、うーんと面白い話を持ちかけられたからだ」
「誰に?」琴音は立て続けに質問をぶつける。
「そんなことはいちいち憶えていないよ」吉岡は明らかにとぼけていた。
「ウソ、その顔を見れば、何かを隠しているのがすぐに分かるのよ」琴音は完全に主導権を握った。
「分かった、鳥みたいな老人だった。目付きが鋭かったな……、名前は……」
「あ・ま・つ・き、でしょう」
「そうだ。そいつが新田伝承を探れと言って来たんだ」
「それを何で私に?」
「その老人が直々に指名して来たんだ。君を新田へ行かせるようにとな」
「なぜ、そんな見も知らずの人の言う事を聞いたわけ?正直に答えて!」
「うっ、いいか、ここだけの話だぞ。その老人に会えば分かることだから、今話すけど、例のタレントの不祥事というのを俺に教えたのが、その老人だった。まあ初めは半信半疑だったけど、情報として仕入れておくには良いというぐらいにしか思っていなかった」
「でも私が新田へ行ったのは、春のことで、そのタレント不祥事が発覚したのは最近のことじゃない」
「そうだ。老人の情報により、そのことを知っていたのは俺だけだった。その情報の交換条件として、下請け制作会社のスタッフを地方に取材に行かせることぐらいだったから、俺は受けただけだ」
「それだけ、でその目的は?」
「そこまでは知らない」
「まだ何かあるんじゃないの。……となるとその後釜番組で徳川埋蔵金を取り上げるようにしたのも雨月からの受け売りなんじゃないの」
「そこまでは言えない」
「それが肯定している証拠じゃない。偽古文書を掴まされて、それに乗っかって番組を作るなんて最低。それじゃー雨月は今どこにいるの?」
「それは分からん。向こうから連絡があるだけだから」
「それじゃー何もかも雨月の言いなりじゃないの。全く大口叩いてテレビ論までぶちまけたくせに」琴音の勢いに押されて吉岡は反論さえできない。
局のプロデューサーに刃向かったとなればクビにされても文句は言えない。が、今は吉岡にとって弱みを握られたと思ったのか、このことは外部には漏らすなと頼んできた。埋蔵金の古文書発見は思った以上に反響があった。これが偽物であり、それを知っていて番組を制作し、放送したとなれば、その責任は吉岡どころか局にも及ぶ。ヤラセが発覚して局の幹部が謝罪する光景が、吉岡の頭に浮かんだのか、「分かった、埋蔵金番組はやるが、内容は見直す」といった。
琴音は吉岡のその言葉を聞いて、部屋を出た。吉岡に言いたいことを言ってスカッとするはずなのに、心は晴れなかった。それよりも雨月が、琴音の思っている以上に近くいることが分かった。
(なぜ、私に……)その疑問が繰り返していた。

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消えた二十二巻

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