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物語を物語る

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日本人にとって神社とは?  日本人度チェック付き

物語を物語る

神社違憲問題の続報。
ここからの続きなので、まずそこを読んでから先に行って下さい。

以下の新聞記事は、朝日新聞 平成22年1月27日付けのもの。

神社判決  悩む自治体  違憲の無償提供全国に多数、売却なら住民負担  たどったら江戸時代
北海道砂川市が市有地を神社に無償で提供しているのは「政教分離原則に反して違憲だ」とした最高裁大法廷判決の波紋が広がっている。全国で同様のケースが次々と判明。ただ、提供の経緯をたどると江戸時代までさかのぼるような「地域密着型」の施設もある。違憲解消のために有償に切り替えるのも容易ではなく、各自治体は頭を抱えている。
 
問題の「震源地」となった北海道。明治から昭和初期にかけての開拓時に道内各地で神社が建てられた経緯がある。こうした中には、自治体が公有地をただで貸している例が少なくない。
北見市では15の神社に無償で提供していた。「最高裁が違憲した以上、何らかの方法で解決しなければ」と神社を管理する地元住民と近く協議する。22日には、市議会でこの方針を説明した。
最高裁は判決の中で、違憲状態を解消するには氏子側に土地を譲渡したり有償で提供したりといった手段があり得ると言及した。ただ自治体にしてみれば、そうは簡単にいかない事情もある。
7神社に土地を貸す苫小牧市は「違憲判決は無視できない」としながらも「土地の売却や有償契約は住民に負担を強いることになる。地元の意向も十分聞きたい」という。
実際、道有地に立つ札幌市の「中の島神社」では、道が町内会側と売却交渉を続けてきたが、価格面で折り合えない状態が続いている。道有林課によると、札幌や函館の道有林には11の神社やほこらがあり、年3千~1万7千円で貸し付けているという。
高橋はるみ知事は21日の記者会見で、中の島神社のケースについて「放置するわけにはいかない。売却が理想だが、有償貸し付けなどについて調整したい」と述べた。

各地では、最高裁判決を受けた緊急の調査が行われている。静岡市は26日、その結果を発表。私有地65カ所で社や鳥居、地蔵堂など宗教的な建造物が見つかった。公園や道路、小学校、斎場など、その範囲は日常生活の隅々にまで広がる。今後、所有者や設置の経緯などを調べるが、時間がかかりそうだ。
というのも各地で見つかっている「無償提供」例の中には先祖代々続いてきたケースが少なくないからだ。
長崎市では、キリスト教弾圧で殉教した26人をたたえる「日本二十六聖人記念館」のほか、二つの神社が市有地にあった。市は「江戸時代に住民が建てたようだ。市が土地を提供したというよりも神社が立っていた土地が市有地になった」。
岩手県では盛岡市で7件見つかったが、2件は管理者がおらず、朽ち果てている状態。宮古市では市有地にある5神社のうち、熊野神社の歴史は1539年にまでさかのぼる。土地は市と神社の共有で、昔から、正月や祭事には市民が訪ねる。
裁判所の土地に宗教施設があったケースもある。徳島地裁の敷地には昨年5月まで、御倉稲荷社というほこらがあった。1876年に高知裁判所徳島市庁が開設されたときにはすでにあったらしい。「国有地に神社があるのは問題」と1987年に県議会で指摘があり、20年余りを経て、市内の神社に移転された。
神社4カ所に無償提供している山梨県都留市の担当者は「何らかの対応をせざるを得ないが、今の状態が生活に溶け込んでしまっているので、簡単には変えられない」と苦慮している。


アサヒドットコムから
http://mytown.asahi.com/shizuoka/news.php?k_id=23000001001270003

静岡市は26日、鳥居や地蔵など宗教的ともとれる建造物や工作物が、市有地65カ所に計80件あることを確認したと発表した。北海道砂川市が神社に 土地を無償提供していることについて、最高裁が違憲と判断したことを受け、緊急調査した。同様に調査する自治体も出始めたが、どこまでが違憲なのか判断に 悩むケースも多いようだ。
 静岡市は22日から25日にかけて調査した。疑わしき対象はすべてリストアップする方針で、さらに増える可能性もあるという。
 65カ所の内訳は、自治会館の敷地として無償貸与している土地のほか、公園、道路、学校、斎場など。確認された建物や工作物には、鳥居14件、社6件、ほこら6件のほか、地蔵尊、閻魔(えんま)堂、庚申(こうしん)堂、石碑、忠魂碑が含まれている。
 市は今後、管理者や祭事の実態、設置経緯などを調べたうえで対応を決める方針。だが、はっきりした判断基準があるわけではない。
 今回の判決で、最高裁は「宗教施設の性格や無償提供の経緯と態様、これに対する一般人の評価などを考慮し、社会通念に照らして総合判断すべきだ」との基準を示した。表現が抽象的として、線引きに苦慮する自治体が多いのが実情だ。
 近く調査を始める県の担当者は「どの程度で『宗教的』なのか判断が難しい。外形的にしっかりとした構造物があるなど、問題になる可能性があるものに限って調べるといった方法も必要かも知れない」と指摘する。
 これまでの調査で、疑わしいケースが数件確認されている三島市では、共有財産が市有地となったケースや小さなほこらなどが、そもそも宗教施設に該当するのかなど、検討を積み重ねているという。

日本人にとって神社・神道は、生活レベルまで密接に結びついており、切り離すことなど到底無理なことなのに、最高裁はこういった点を全く考慮せず、「政教分離」という一点のみによって判決した。この判決が、こうした混乱を引き起こしてしまったのだ。(これから先も全国で混乱が予想される)
そもそもこの北海道の砂川市の件も、2人の老人の戦争体験と神社・皇室へのルサンチマン(怨念)によって起こされてたものであった。これが日本全国にどれだけ影響し、日本の根幹を脅かすものであるのか、彼らは考えたことがあるのだろうか。それでも彼らは、神社を見れば「軍国神道だ」「先の戦争に結び付く」と騒ぐのだから始末に負えない。

彼らの最終目的は「神社や鳥居を破壊し、その敷地を取り上げること」にある。これは前回触れた。
ハッキリ言って、これは静かな「文化大革命」なのだ。
日本の「歴史・伝統・文化」そして精神を破壊し、アイデンティティーを崩壊する出来事であり、それはいま現在、静かに潜行されている。
別に外敵は武器を持って日本に攻め入らなくても、内部から崩壊させる事が出来る。彼らはどこを攻めればいいか十分に知っている。それは「神社・皇室」(=日本文化)である。

では、「神社は違憲だ」などと言う人たちにとって、どこまでが許容範囲なのか教えて欲しい。
いくつか例を出してみましょう。
豆まきこれは、神社での節分・豆まきの様子。場所は東京・府中の大国魂神社だ。
この日は 芸能人、ラグビー、サッカー選手や、仮面ライダーも来る。
「神社」に怨念を持っている人々はこういうのも嫌うのだろうか? だったら「神社・神道は軍国主義につながるから反対だ」と抗議しに行けばいいのに。こういうのは許すのだろう。

奉納相撲これは、奉納相撲。四股を踏むのは朝青龍。そして場所は「靖国神社」だ。
ほらほら、「神社は違憲だ」という方々、早く反対運動でもすればいいのに。でもそういう無茶はしない。適当な反対運動だ、こういうご都合主義が許せない。
神事相撲は全国で4000以上が現在でも執り行われている。相撲と神社は切り離せない関係にある。(神事としての相撲)
「神社は違憲だ」という人が相撲を見ていたり相撲の話をしていたら、突っ込んで上げてください。
巫女これは「巫女のキティちゃん」、ほらほら「神社は違憲だ」という方々、こういうのも怒らないと。巫女は神子と表記し、「神に仕えて神楽・祈祷を行い、または神意をうかがって神託を告げる者」という。
こういった「かわいいもの」で子どもらを「国家神道」に洗脳しているとでもいうのだろう。そしてそれが「戦争につながる」といった妄想につながっていくのだろう。

らき☆すた 神社これ鷲宮神社にある「らき☆すた」の看板。「神社は違憲だ」の方々、こういうのもケチをつけないと。「オタク」や「アニメファン」に、「神社は過去に戦争を引き起こたものだ」と切に訴えて「戦争の脅威」からどうぞ彼らを救ってあげてください。
きっとその「何でも戦争に結び付ける妄想ぶり」に呆れられ、「2ちゃんねる」に書かれまくられ、「ツイッター」でつぶやかれまくられますから。過去記事(「アニメファンの聖地「神社」)
アンパンマン ひなあられアンパンマンのひなあられ。
「ひな祭り」がお内裏さまとお姫さまを飾るというのでも分かるように、元をただせば「宮中」つまり「皇室」を祀る行事だということだ。「日教組」の強いところは「ひな祭り」を否定しているという話も聞いた。
しかしこれほど民間に広まっている行事もないだろう。
「神社は違憲だ」などという人々は、自分に娘(孫)がいたとしても、その信条から「ひな祭り」をしてこなかったのだろうか。普段は「反日」「皇室反対」などと言っているのに、こういった行事だけは世間体を気にしてしているのだろうか、そういうのをどこで線引きしているのか、問いただしてみたい。
開運ばかうけこれは、「開運ばかうけ」という商品。受験シーズンになると「合格祈願」のお菓子や食品が大量に発売される。そのパッケージには、神主や巫女、神社がプリントされている。そしてスーパーやデパートなどの売り場には段ボールの「鳥居」などを飾って「神社」を模しているものが作られている。
これを見て「軍国主義だ」「あの戦争では……」などと思う人はまずいない。しかし、世の中には、自身の戦争体験から異常なまでの神社への怨念を持っている人がいる。そんな人々が「神社は違憲だ」と訴えて、それに乗っかる「反日」勢力がいるということだ。

それにしても、「神社は違憲だ」という人々は、自分の子ども(孫)が「合格祈願のお守り」を持っていたら怒るのだろうか。
そういうのが不思議
七五三 神社これは「七五三」の写真。この他にも「お宮参り」「産土参り」などがあるが、「神社は違憲だ」と唱える人々は、自分の子どもや孫にこうした行事をしてやったのだろうか。
「神道は軍国主義につながる」と主張する人々は、一切の神事、神社にまつわる行事をしないのだろうか。「初詣」は? 新築するときの地鎮祭は? 結婚式で三三九度をやったら「それは、軍国主義だ」とでもいうのだろうか?
たまたま入った食堂に、神社で買った「熊手」や「商売繁盛のお札」が飾ってあったら、それは「軍国主義だ」といって店主に文句でもいうのだろうか? 「交通安全」のお札をもらっても、うちは軍国主義のものはもらわない、と言って断るのか? 
娘や息子が「学業成就」のお守りを持っていたら、それは「軍国主義につながる」とでも言って捨ててしまうのだろうか……。こんなのはいくらでもある。
日本及び日本人にとって、「神道・神社」は到底切り離すことなどできない。

日本代表絵馬 写真は師岡熊野神社の「サッカー日本代表絵馬」。そもそも、日本代表のシンボルマークは「八咫烏」であり、鹿島アントラーズのシンボルマークの鹿は、鹿島神宮の神鹿を模している。
また、サッカーチーム・ジェフユナイテッド市原が、姉埼神社で毎年恒例の必勝祈願を行ったときのミラー監督の参拝のコメントが面白い。「こういう儀式をしてチームにいいことが起こるなら何でもするよ」。外国人にも神社参拝がすんまりと受け入れられる。宗教の壁を越えている。「神社」とはこういう不思議な存在である。
さて、それにしてもサッカーと愛国心は相性がいい。スタジアムには「日の丸」の旗が翻り、顔に日の丸をペイントするサポーターがいる。
これをみて「日本はウヨク化している、危険だ」という人もいる。あれを見て「プチナショナリズム」なんていった目立ちたがりのサヨクがいたが、「神社は違憲だ」という人々と同じなのだろう。

必勝祈願 阪神 これは神社に必勝祈願する阪神タイガースの選手たち。他の球団もほとんど神社に参拝し、必勝祈願をする。スポーツ団体では普通に行われていることで、オリンピック・JOC幹部が明治神宮で五輪必勝祈願をしたといった記事も見た。大学箱根駅伝の選手たちが神社で、神主さんから祈祷を受けていた映像を見た。神社で「必勝祈願」をしたということに対して、怒る人がいるのだろうか?
「神社は違憲だ」「神社は軍国主義を連想する」と云った人々は、神社に行って「神の御加護」を得たスポーツ選手をどう見るのか、聞いてみたい。自分の信条を守りたいのなら、ほとんどのスポーツ観戦はできないことになる。
しかし、こういうのは許してしまうのだろう。

夏祭 神社 これは神社で行われた「夏祭」の様子。
これを見て怒る人はない。しかし今回「神社は違憲だ」と訴えた人は、祭りの金を徴収されたことが、事の発端だった。
世の中には、こういう偏屈な人がいる。自分の怨念を晴らすためには、多くの周辺住民の楽しみさえ奪ってしまう。
神社を見れば「我々は国家神道によって洗脳され戦場に送られ、上官に殴られた」「それもこれも軍隊が悪い、いやそれを指揮した国が悪い、いや日本国民をまとめた天皇が悪い」と思う。
その妄執が年を重ねても消えず、宿怨となり、「天皇」へ怨みを晴らそうとしても出来ることが出来ず、それを「神社」への怨みへ変えたのだ。
初詣 イメージ これは明治神宮の初詣の様子。
正月行事は元をただせばほとんど「神道」に関わるもの。だから「神社は違憲だ」なんていって最高裁まで持ち込むような人は、正月も普段通りに生活しなければならないだろう。
お年玉をあげる、餅を食う、日本酒を飲む、コメを食う、突き詰めていけば「日本人」の原点「神道」に行き着く。 芸能も文化も商売も、その歴史を辿っていけば、「神社」と関係してくる。
茂木貞純著「日本語と神道」(講談社)などを読むと、「たべもの」「いのち」「はし」「まつり」などなどその語源が神道から派生していることが良く分かる。そうなると彼らは日本語も喋れなことになる。彼は自分らの子どもにどんな名前を付けたのだろうか? 聞いて見てください。神道から派生した言葉が入っていたら、突っ込んでください。(例 売国奴政治家・福島瑞穂の「瑞穂」なんていうのはほんと彼女にはもったいない名前だ。「瑞々しい穂」つまり水とコメを表しこれほど日本らしい名前もない。)

このようにして見ていけば「日本人と神道・神社」は切り離すことができないことがわかる。
また普段は気が付かない日常生活レベルのものも数多くある。
だから最高裁の判決はどう見てもがおかしく、根本的に、争点となっている「政教分離の原則」という視点で「神社」を語ることがそもそも間違っているのである。

神社の否定は日本人のアイデンティティの根本否定に通じる。これは危ういことである。
北海道片田舎の小さな神社で起こった事件は、大きな意味を持った。
「神社は違憲」というのが「日本人の精神の破壊」を意味する。だからこそこれは、「静かな文化大革命」だといえるのである。(「文化大革命」は近代人類史上最悪の事件)

では、ついでにあと2枚。
上村愛子 日の丸これはバンクーバーオリンピックに参加する前の上村愛子選手。「日の丸」に書かれた応援メッセージをもらってうれしそうです。
しかし、世の中には「日の丸」に嫌悪感を覚える人もいる。それに「日の丸反対」の朝日新聞は、オリンピックでさえ「自国の国旗」が写った写真は掲載しない。過去記事
そんな中、日教組のような反日教師は「日の丸・君が代」は学校では反対して抵抗でしているくせに、こういったオリンピックやワールドカップ・クラッシックベースボールなどとなると、その声を上げないから不思議だ。日の丸・君が代が戦争に結び付くなら、そういうときにこそ反対運動をすればいい。どこにその狂おしいまでの熱意を隠してしまうのか。いつものようにキチガイになって声を荒げて訴えればいいのに。朝日新聞の投稿欄「声」にチマチマと書いてないで、そのご高説をさらけだせばいいのに、と私はいつも思う。

で最後は神社とは関係ないが、もう一枚の画像を。
ハイチ 自衛隊 これは自衛隊。これで、拒否反応を示す人も多いだろう。
でもこれはPKO活動で「ハイチ地震救済」に行くときのもの。
鳩山首相も「命を守る国、日本、まさにここにありということを世界に示してもらいたい」といつもの迷調子で訓示した。国連も現地も日本の軍隊(外国人からみればあれは明らかに「軍隊」でしょう)に大きな期待を寄せている。実際、被災地では日本の自衛隊の活躍は目覚ましく、現地では感謝される。
これに対し、朝日新聞や赤旗新聞のサイトは「派遣には慎重な対応を」などといった記事があった。ハイチへの救援が遅れたのは、こういった足枷手枷をはめてがんじがらめにした左翼マスコミではないだろうか。もたもたしている間にも命は奪われている。
それでも軍服姿で敬礼となれば「先の戦争」を連想してしまうだろう。この嫌悪感は「神社」の比ではないだろう。


さて、どこまでが許容範囲だったのだろうか。
「神社は違憲だ」「神社は軍国主義につながる」という人々は、もちろん「全部許せない」となるはずです。
そうでなければおかしい。
一つでも許せるものがあると言うのなら、
私は「あなた方の主張は一貫性がない」といって罵倒します。
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