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大変だ! 生品神社から新田義貞の銅像盗まれた!

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大変だ!

生品神社から新田義貞の銅像盗まれる。
 19日午前11時ごろ、群馬県太田市新田市野井町の生品神社から「新田義貞の銅像がなくなった」と市教育委員会を通じ110番があった。太田署は窃盗事件として調べている。
 市教委によると、神社は武将新田義貞が鎌倉幕府を討伐しようと挙兵した場所とされる。
 太田署によると、よろい姿で刀を両手で持っている銅像が、足元からもぎ取られた。高さ約80センチで約240万円。挙兵650年を記念し、1983年に境内に設置された。
 散歩中の住民が銅像がないのに気付いた。神社は「いたずらだとしたらひどい。早く戻してほしい」と困惑している。



NHKの首都圏ニュースでも放送していた。
新田義貞銅像 2

新田義貞の銅像 1

新田義貞 銅像3

詳細はまだ分かりません。
取りあえず、速報のみ。何か分かり次第書き足していきます。
明日、見に行きます。

当ブログでの生品神社の関連記事。
新田次郎氏と斎藤佑樹くん  その3
5月8日、新田義貞挙兵の日。生品神社、鏑矢祭。
生品神社のあの「鈴」が新しくなってる! そして県下一宝くじが当たる「ジョイフル本田」で高額配当が当たった方へ
など。

追記(平成22年2月20日)
早速、生品神社へ行ってみました。
この日の生品神社この日の生品神社。

新田義貞銅像5
銅像の台座部分。ない、なくなっている!
新田義貞銅像 4
良く見ると、接合部分のネジが外され、銅像を後に倒してから、引き抜いたという感じだ。かなりの力技である。一人ではできない。複数犯だろう。台座も1メートルはあるので持ち上げるにしても重かったはずだ。
一度、二度の下見はしたはずであり、昼間はそれなりに人目もあるので、(近くには眼科医院があり、通学路でもある)盗まれたのは夜か早朝だろう。となれば、かなり寒かったはずである。ここ数日は雪も降り、うっすらと積もっていたからだ。
そこまでして盗むとすれば、ただのイタズラではない。何が目的だろうか。仏像なら売ることもできるが、銅像となると売ることは難しいのではないだろうか。それも人気の戦国武将や幕末の人物というわけでもない。
何故「新田義貞」、何故「生品神社の銅像」なのか、そこが分からん…。
新田義貞銅像 台座
台座の裏側に銅像の由来が彫られている。「昭和16年3月10日に職員(23名)と児童(1654名)の勤労作業及び廃品回収作業の収益金をもって新田公の偉烈を偲い建設された銅像を挙兵650年を記念してこの地に安置する。」そうこれは、地域住民の子どもらの「勤労奉仕作業」によるお金によって建てられたもの。
これを盗むとは、盗難犯は許さん!
新田義貞銅像 中曽根康弘
盗まれた銅像の横には、中曽根康弘元首相の「挙兵650年祈念碑」がある。
中曽根康弘が新田一族の末裔(里見氏系)であることは、過去記事で書きました。

それにしても、この銅像を盗んでどうするのか。
そこを犯人に聞いてみたい。
そして何よりも「新田義貞公」の銅像を粗略に扱っていないか、それが心配である。

この記事は、何か分かり次第、書き足していきます。


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Comment

[213]
これ、ガセかと思ったら本当だったんですか‥‥ショック。私のような義貞ファンや歴史オタクの仕業か?それとも戦国ブームに便乗し、戦国武将の名を付けて転売しようとする輩?古美術品と称して外国で売りさばく?
或いは鋳つぶして、他に転用するためとか?‥‥まさかね。ただ、最近は鉄くずとかマンホールの蓋とか、わけのわからんものが盗まれるようになったのも事実だからなあ‥‥
どうか無事に戻って欲しいものです。
[235] 出陣、、
私は、現在、前田利家公が納めていた地で、生活しています。生まれは越前河合荘です。

私は、全く不可思議な物に対して、信じないし、見向きもしません。それが、現れれば、対決する人間です。しかし、勝てませんでした。反抗できませんでした。一杯やったのですが、大いなる物には、惨敗です。

家系に霊性だとか、新田を思わせる、首の欠損と死、事故や遺伝、、そういう人は一杯います。でも、新田である証拠は一つもない。だから、どうでも言いのですが、私が、前世、新田一族だったと言う変な人がいまして、生まれ変わる前の家系図まで書いて、、そこには友達が沢山書かれてありました。

5月から不可思議な事が、毎日起こるようになって、めんどくさいので逃げ出すのですが、大いなる物に、捕まっては、謎解きをされられるのです。

それで、私が、何かを分かる、分からせるように、事件を起こさせ、また、写真に喜んで出てきたり、全く知らない人を使わせて、知らせたり、大いなる物が、あらゆる手を使って、私に働きかけてくるのですが、実に巧妙でめんどくさいのです。

自分で、誰かの体を借りて、自分でやりたい事すればいいのに、と思うのですが、、答えとしては、古代からの神達が、、新田義貞公が崇拝する神達が現れ、ある事を私が成し遂げろというのです。簡単な答えなのですが、私は、全く信じないし、毎日繰り返し、繰り返し、20回30回40回でも、彼らは、やってきて(多分)、不可思議な事を残して行くのです。

それで、自分の前世が、新田一族であって、そんなことどうでもいい、今の実家の霊性を見ると、思い切り、新田の末裔だと言わんばかりに大いなる物達は、印を残して行くのですが、、
新田一族が河合荘にいると聞いた事もないし、DNAが濃くなって、新田の苗字ではないのに、何か目に見えない世界では何かが、起きているのか、、、

ただただ、私は、今は前田利家公の下に居ますが、河合荘の事で、私は、実家周辺の遺跡や神社を尋ねたり、新田義貞公の墓を尋ねたり、昨日は、群馬まで、墓参りと、生品神社を尋ねて見ました。

それで、不可思議な事は案の定、起きましたが、群馬の人たちに愛されていた銅像は、根こそぎ取られていましたが、犯人は許せませんが、霊的に見たら、新田義貞公は、銅像と言う切れない体を借りて、大いなる仕組みを成すため、生品神社より出陣なされたのではないでしょうか????

追伸、私の妄想です。

妄想でも、良かったら、調べて見てください。
河合荘の歴史、黒龍神社、石丸城、鷲塚神社、藤鷲塚、称念寺、

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