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「神事としての相撲」その2 相撲の原点は五穀豊穣を願う儀式にある。

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2月28日放送分の「たかじんのそこまで言って委員会」を見た。(群馬県人なので見るのが大変)
その中で「朝青龍の引退問題」についてのスポーツライターの玉木正之が「神事としての相撲」を語っていた。
要旨は本人のサイトで言っていたことと同じなので転載しておく。
http://www.the-journal.jp/contents/tamaki/2007/09/post_33.html

 相撲は神事で、単なるスポーツではないというなら、なおさらである。
 文化の担い手、その実践者として、いかに優秀(な経歴を持つ人)でも、その文化の何に価値があり、何が重要なのかということをはっきり認識し、きちんと説明できるとは限らない。
 そういうことは、外部にいる人のほうが客観的によく見える場合が多い。
 ましてや近年のように日本の文化とはまったく異なる文化のなかで育った外国人力士が増えてきた場合は、「俺の言うとおりにしろ」「俺のやることを真似ろ」では通じないことも多いだろう。
 形は真似させることができても「仏作って魂入れず」になりかねない。
 なぜ四股を踏むのか、なぜ巡業という興行形態があるのか。本欄では詳述できないが、それらは、ただ力士が身体を鍛えるためとか、昔からそうしていたからとか、相撲協会が公益法人だからというにはとどまらない、日本文化の長い歴史的背景が存在する。
 それらをきちんと言葉で説明できなければ、異文化に育った力士は(最近の若い力士も)理解できないだろう。


また番組の中で、「外国人力士ばかりでどこが日本の国技といえるのか」という意見に対し、「世界中から日本に集まって五穀豊穣を願って四股を踏む人たちが出てくるわけで、彼らに日本文化をきちんと教えればいい」と玉木氏は言ったが、私はこの意見に大いに賛同する。
こういう視点で相撲を語ってくれる人がなかなかいない。
大竹まことがラジオ番組で「神事としての相撲」という話となったとき、「しんじ?って何。人の名前?」とか言ってましたが、こういうのがコメンテーターとか司会とかして、一応は文化人と呼ばれるのだからどうにもならない。

関連記事
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朝青龍マレビト論
「神事としての相撲」
「私は帰ってきた」朝青龍の言葉に見るマレビト。

「神事としての相撲」についてのいい記事があったので載せておきます。
茂木貞純「日本語と神道 日本語を遡れば神道がわかる」(講談社)

力士・力人 ちからびと
りきしの醜名(四股名)になぜ山や海の名がつくの?
強大な「ちから」を有した人が「ちからびと」である。相撲の力士である。相撲に似たような競技は、日本だけでなく広く世界中にあるが、相撲のごとく精神性が高く、様式化されたスポーツはほかにない。数少ない日本固有の伝統競技といってよいだろう。
この力士の醜名(四股名)には土地の名前をつけることが多い。「しこ」は頑強・頑丈なことを意味し、転じて醜悪なイメージが生まれたもので、最初から漢字「醜」の意はない。
(山・海・島などの醜名を付いた力士の名を挙げて) その数は少なくない。
相撲の歴史は古く、遠く第十一代垂仁天皇の時、当麻蹶速と野見宿禰が相撲をとったという伝承があり、この勝負に勝った野見宿禰が相撲の祖神とされている。全国各地の神社では、神事として相撲が行われる。神社本庁教学研究所の調査によれば、現在も四千近い神事相撲が行われている。境内に土俵のある神社をよく見かけるのはそのためである。
神事相撲は、五穀豊穣、天下泰平を祈って奉納される。力士が四股を踏み、地霊を鎮め大きく両手を広げて、邪気を祓い清めたものだともいわれる。勝負相手のいない「一人相撲」(大山祗神社)などの神事もあり、この場合は目に見えない神が相手ともいう。また、東西の勝負により、豊作を占う所もある。この場合は、○○山、○○里は、地域の代表であり、山と里の勝負ということにもなり、勝った方が豊作になるという。力士は地域の代表であり、地域を守る神でもある。横綱はまさに注連縄である。
醜名にどうして山や海の名がつけられるのか、このように考えていくと、少し理解できるだろうか。体力・気力が「ちから」と考えられ、その力を最も多く保有しているのが力士であった。私たちは「力」をいただくことによって生命を維持できる。現実にはそれは五穀、得にお米によって支えられてきた。五穀豊穣を祈る祭礼に力士は密接不可分な関係にある。

五穀豊穣を願って儀式を行うとなれば、力士は天皇陛下と同じ役割を負っているということだ。横綱となれば尚更である。だからこそ品格が求められるのである。
朝青龍を擁護する人が「会ってみたら案外いい人だった」「気さくな人だった」と妙なことを言うのはおかしなことでいまは彼の人柄が問題となっているわけではない。こういった擁護をする人(テレビのコメンテーターが多い)には「神事としても相撲」という点が全くないのでトンチンカンなことになるのだ。
また、「勝てばいい」「強ければいい」「ヒール・悪役がいた方が盛り上がる」というのも「神事」という視点に欠けているし、こんな人は実際に多い。相撲協会も朝青龍を批難するマスコミも、相撲が格闘技的一面だけで成り立っているわけではないということももっと知らしめなけければ、いくら「伝統だ」「格式だ」といっても一般人には通じないだろう。

ではついでに上記にある「横綱は注連縄である」という「注連縄」とはどういった意味があるのかを「日本語と神道  日本語を遡れば神道がわかる」から引いてみましょう。

しめ(占・標・注連)
注連縄には元来どんな意味があるのか。
神社に注連縄はつきものである。どんな神社にも必ず張り巡らしてある。稲藁でさまざまな形に造り、鳥居や神殿の入り口などに張る。出雲大社の太くて大きな注連縄は有名である。
さて、この「しめ」の意味は「神や人の占有地であることを示すしるし。また道しるべの標識。草を結んだり、縄を張り巡らしたり、木を立てたりしたもの」(小学館古語大辞典)と解説される。動詞の占む(占有する)の名詞形であるとする。
「明日よりは春菜摘まむと標めし野に昨日も今日も雪は降りつつ」(万葉集 第八、一四二七)
この歌は、春に先がけて若菜や山菜を摘み取ろうと印を立てて他人に取られないようにしておいた所に、明日は出かけようと思っていたが、あいにく昨日も今日も雪に降られてしまった、という意味である。この場合、たぶん木や杭を立てて、私のものでありますよ、ということを主張したのである。
宮本常一氏の随筆の中に流れ着いた流木の話があり、最初に見つけた村人がその流木の上に小さな石を置く、するとすでに第一発見者があり、他の者はけっして手を出さない、そうしたルールが日本の社会には根強くあったという。これもシメだろう。
伊勢神宮でどの古社では、シメ縄を張るのではなく、榊の小枝を柱につけて、シメとしている。民間でも「柴立て」などと称して祭りが近づくと、集落の出入り口に榊の小枝を立てて、祭りの空間であることを示す風習が今もある。
シメ縄を張る習慣は古く、神話の中にこんな話が伝えられている。天照大御神の天石戸隠れの神話は有名だが、神々が苦心の末に天石戸から大御神に出ていただき、平和と秩序を回復し、再び天石戸に戻られないよう、シメ縄を張ってしまった。この縄を「日本書紀」では「端出之縄(亦左縄と云ふ)と表現している。
ふつうの縄は右綯いであるが、神事に使用するとものは古来左綯いであることを示す起源神話である。シリクメとは端出と表記しているように、横綱の垂れ下がりのように藁の先端を出して綯うことを示しているようである。九州各地では、この垂れを七・五・三と決められた数だけ下げ、これを七五三縄と呼んでいる。この垂れ下がりには、現在は神の四垂(しめ)をつけるのが一般的になっている。神さまが占有している神聖な土地であることを標示しているのがシメ縄である。

これだけでも相撲が神事と関わりが深いのがよく分かる。(「相撲 注連縄」などで検索すればいろいろ出てきます。)

次回も「神事としての相撲」を続けます。

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