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「地方の文化と誇りを取り戻そう」と「新田氏・児島高徳研究でサントリー地域文化賞」

物語を物語る

平成22年3月21日付け 読売新聞の一面コラム「地球を読む」、山崎正和の「地方分権 文化と誇りを取り戻そう」の記事が良かったので書き起こしてみました。

かねて地方分権の声は喧しいが、地方とは何か、地方の振興とはどういうことか、根本的な問題意識に立った議論はなされてきたのだろうか。かつて中央教育審議会の席上で、知事会の代表が権限を委譲せよと文部科学省に迫ったことがあった。すると次に口を開いた町村会の代表が、知事にたいして権限委譲を要求したのに私は思わず笑ってしまった。
考えてみれば地方社会は近代国家以前からあったのだし、権力の担当者と関係なく存在していた。藩主は国替えをさせられても、農民や町民は地域にとどまった。前近代の行政は明らかに今より劣っていたのに、地域社会ははるかに元気であった。地域振興を語るのなら一度、この原点から考える必要があるのではないだろうか。
元気だった昔の村や町は、たんにものを生産する場所ではなかった。鎮守の社や檀那寺があって、人が四季を祝い祭りを楽しむ場所であった。古くはそこから観世の能が生まれ、阿国の歌舞伎が育ち、伊勢の本居宣長や大坂の山片蟠桃など、学者や文人をも輩出して日本文化の基盤を養った世界であった。
ものを生産するにつけても、かつての村や町は付加価値の創出、いわば文化産業の育成に熱心であった。米や野菜のような一次産品をはじめ、繊維、紙、陶器、漆器、刃物などの工業品にも各地の名産があって、収入だけでなく地域の誇りを生み出していた。
今日の地域を貧しくしているのは、たんに金銭的な富に欠乏だけではなく、こうしたかつての文化力が衰退したという思いと、それに伴う誇りの喪失ではないだろうか。この悲観を生んだのはもちろん近代化であり、知恵と文化の源泉が西洋に移り、輸入の窓口である東京に集まったという実感だろう。
だが政府にも自治体にも長らくこの事実の自覚がなく、地域振興といえば公共事業と、大企業の工場を地方へ誘致することに明け暮れていた。教育も文化も中央が地方に供給するものとなり、昨今ではとくに福祉を供給することに関心が集まっている。政府と自治体の権限争いは、要するにこの供給の権力をめぐる奪い合いなのである。
これは少しおかしいのではないかと、私が漠然と気づいたのは30年ほど前のことであった。私も近代化は世界の趨勢であり、国家が大きな役割を演じるのは当然だと認めていた。だがその前提のもとでも、地域にまだ文化的な活力が残っていて、人がただ糊口を凌ぐだけでなく、自力で価値を生んでいることを信じたいと考えたのである。

おりからサントリーが財団をつくるという話が起こって、それを手伝うことになったのを機会に、「サントリー地域文化賞」を創設した。地域文化活動を毎年5件、顕彰して励まそうという企画である。昨年で31回、169件の贈賞を終わってみて、私はその内容の豊かさに驚き、地域は今も文化を生んでいるのみならず、逆に文化によって地域が作られるという実感さえ味わっている。
振り返ってみると、地域文化の歴史は4段階に分けられるといえそうである。第一段階は近代化以前、自然に地域が文化を生んでいた段階である。この段階もまだ現代に遺産を残していて、たとえば高知の「よさこい祭り」をはじめ、中世の風流や西洋のカーニバルのように、郷土の祭りを創作する運動が全国に展開している。地域文化賞では、札幌の「YOSAKOIソーラン祭り」が受賞した。
第二段階は近代化の受難期に、それでも地域で文化を守る運動が続いた時代である。東京以外で西洋文化を受容しながらも優れた業績が多く、受賞した福島の「FMC混声合唱団」などはパレストリーナのミサ曲を得意としてローマ法王庁で演奏している。
この時期の活動は音楽や演劇など、組織的な団体によるものが多く、有能な指導者の存在が目立つ。
中略
ところが80年代に移ったころから機運に変化が起こり、意識的に文化活動を地域振興に役立てようという動きが芽生えた。贈賞式に自治体の首長が同伴する姿が増えたのを皮切りに、活動を行政が支援したり、ときには主導する傾向が目立ち始めたのである。
いわば地域文化の第三段階が始まったわけだが、あくまでも先導するのは草の根の住民であり、それを自治体が活用している場合が多い。
中略
それとともに先端的な第四段階の波頭も目につくようになって、地域が全国的な文化活動の拠点となり、あらためて「地域が日本文化をつくる」伝統の再生を予感させている。
中略
本来なら文化庁がするべき仕事を、地域の私企業が自腹を切って担っているのである。
今後の課題は行政の側にあって、とくに全国の公民館が果たしうる役割は大きい。法律では社会教育を目的に設けられた機関だが、今後は啓蒙だけでなく、住民の積極的な創作活動に手を貸すことが必須だろう。

ということで、地方の弱体化は、産業や公共事業といった収入面の減少のみだけではなく、地方の文化が衰退し、地域に誇りが喪失したからだ、といった点を指摘している。なるほど、なるほど、良く分かる。
また、日本の情報・文化の発信地が東京に集中しているというのも原因の一つだろう。いま本当に「東京の一人勝ち」「東京=日本」のような状態で、これが良いことだとは到底思えない。(やはり解決策は、首都移転・首都機能分散化しかない)

さて、上記の新聞記事を読んで、文化面での地域活性化として一役買っている「サントリー地域文化賞」というのを聞いてひとつ思い出した。
これである。
細谷清吉著「篠塚伊賀守重広 新田義貞四天王」 (群馬出版センター)
篠塚伊賀守
当ブログでは度々出てくる義貞家臣の四天王の一人に篠塚伊賀守。この人物について書かれた貴重な本だが、この著者である「細谷清吉」さんは「サントリー地域文化賞」の受賞者である。
サントリー地域文化賞のホームページに詳しいことが書かれていた。そのままコペピしておきます。
 http://www.suntory.co.jp/sfnd/chiikibunka/kantou0002.html

1986年受賞 群馬県/大泉町 細谷 清吉氏(個人)
-地域住民を巻き込んだ郷土史研究と自費出版活動-
群馬県邑楽郡は、利根川の北岸に位置する沼沢の多い地で、その地名は遠く「続日本紀」にも登場する古代から開けた土地でもあった。反面、上州は江戸文化圏内に位置していた関係で、必ずしも独自の文化が育ちやすい土地柄ではなかった。

 細谷清吉氏はこの地に生まれ、教職を務めるかたわら、万葉集の東歌の地理的考証を進め、次第に郷土の歴史にも強い関心を示すようになっていった。細谷氏は教職を退いた後、郷土史の研究に本格的に没頭し、篠塚家譜や盛照翁文書、穐妻道場の伝記、小林家の専光寺世代由来の文書、龍泉院・茂木家に伝えられた富岡家譜など、在地資料を中心に郷土史にとっては極めて貴重な資料を発見していった。
 研究を続ける一方で、細谷氏は新田庄寺尾城史跡保存会、児島高徳公史跡保存会、新田史研究会などの会長を務め、常に地元の人々や歴史愛好家とともに、失われゆく郷土史や歪められた郷土史を豊富な史料と克明な考証によって一つ一つ明らかにしていった。
 とりわけ、邑楽郡は太平記に記された南北朝時代の武将、児島高徳終焉の地と言われるため、高徳の研究には力を注ぎ、高徳の死後600年に当たる1982年には、児島高徳公史跡保存会が中心となって、種々の記念事業を企画、顕彰供養碑、玉垣、歌碑を建立し、横綱北の湖の土俵入りを行った。
 細谷氏の研究は単なる郷土史にとどまらず、郷土に関係した人物を生き生きと甦らせ、先人の人生の中に、故きを温ねて新しきを知ろうとする氏の人生観を反映させている。その成果は『中世の邑楽町』、『天匂践を空しうする莫れ』、『中世の大泉町』『篠塚伊賀守重広』『義貞太平記』などの自費出版物を通じて発表されている他、地元での講演会も数多い。
 なお、氏は教職の途中において失明という不幸に遭遇したが、氏の研究はご家族や地域の人々のあたたかい協力の下に着実に進められていった。
 故りし世の 目には見えざる史の道
 照らす光は心なりける
と詠む氏の姿勢には、ハンディを感じさせない研究心の強さが現われている。

知らなかった。新田氏関係の本や児島高徳に関しての資料はかなり参考にさせて頂きました。その本の著者がこんな偉大な方だったとは。
これは郷土史家の鑑ですね、私もこの「研究魂」見習いたいです。

さて、ここで、読売新聞のコラムで山崎正和が言った「地域の文化と誇りを取り戻そう」というスローガンが響いてくる。
地方のみならず、日本の再生の一つのカギは「地域が全国的な文化活動の拠点となり、あらためて「地域が日本文化をつくる」伝統の再生」というところにあるような気がします。(これ、ほんとにいいコラムだと思います。)

では、私の地元である太田市いや新田市周辺ならば「新田氏」関連だろう、という話になるわけだが、どうでしょうか。
いや~、「新田氏関連の社寺」はボロボロで、挙句「新田義貞の銅像は盗難」されてもそのまま……。
福井市には福井市の明新地区に新田神社があることから、義貞の歴史を生かしたまちづくりを目的に活動している委員会があるというのに、太田市はどうなの?
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