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斎藤佑樹選手、地元に凱旋! そして誰かが言った「新田義貞に次ぐ『地元の偉人』だ」と…。

物語を物語る

平成22年3月30日、夜7時から9時まで群馬テレビで「富士重工対早稲田大学」の野球の放送があった。
ローカル放送とはいえ、ゴールデンタイムにアマ野球の放送!?
というのも、斎藤佑樹選手が登板したからだ。

◆アマ野球オープン戦 富士重工3―2早大(30日・太田市民球場) 早大の斎藤佑樹投手(4年)が30日、地元の群馬・太田市民球場で行われた富士重工とのオープン戦で凱旋登板。観衆6000人が詰め掛けるフィーバーで、将来的に同球場を「佑ちゃんスタジアム」とする夢プランも浮上した。
 内野の人工芝を改装後、初の一戦で清水聖義・太田市長は「我々の後輩、斎藤君を迎えることができてうれしい」とあいさつ。郷土のヒーローを冠した球場名の変更案について「いいですね。いずれ外野の芝を張り替える時にでも」と前向きに語った。
 期待に応え、斎藤も同市の生品中時代以来となる群馬のマウンドで躍動した。自宅から車で約15分の同球場では念願の初登板。しかも先発で対する阿部次男投手(37)は小、中学時代に野球教室で制球の極意を学んだ師匠だ。06年の日本選手権MVP左腕と初対決で「スピードがなくても低めを丁寧について抑える阿部さんは、あこがれの投手。投げ合えて光栄でした」。互いに5回を投げて勝利は譲ったが、斎藤も最速142キロで9安打3失点に抑えた。
 集まったプロ4球団7人のスカウトにも健在をアピールし「ドラフトイヤーの今年、来られたのは大きい」。プロとして次に上州の地を踏む時は、ここが“ホーム球場”となっているかも―。

報知新聞http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/ama/news/20100330-OHT1T00302.htmから。
テレビからなので画像が悪いですが、こんな感じ。
斎藤佑樹と富士重工斎藤佑樹選手
日の丸とスバルと大中黒日の丸とスバルの旗と大中黒の旗(太田市の市章は新田氏の大中黒)、こういうのが気になる。
富士重工と大中黒そして富士重工の選手はユニホームの肩には大中黒がある。

「新田源氏」を背負って戦っている富士重工の選手たちと新田一族の生まれ変わりである斎藤佑樹が同じマウンドで戦っているんですから、私にしてみれば感涙ものです。
関連記事等は大体「斎藤佑樹選手は新田一族ですから…」にまとめてあります。

そして、翌日の新聞では、読売新聞、毎日新聞、東京新聞など一般紙から、日刊スポーツ、スポーツニッポンなどなどスポーツ紙まで、多くの新聞がこれを取り上げていた。「地元で親善試合をした」というだけでこれだけの記事になるのだから、斎藤選手の注目度は衰えることなく、今もってかなり高いということを再認識させられた。
そんな中、いい記事だったのが「朝日新聞」だった。

群馬県太田市出身で東京六大学野球の早大野球部で主将を務める斎藤佑樹投手(21)が30日、故郷に錦を飾った。社会人野球の強豪、地元の富士重工と練習試合で対戦し、市運動公園野球場でマウンドに立った。

 市によれば、同球場約31年の歴史のなかで、過去2番目に多い6千人の観客が詰めかけた。
 同市での試合で登板するのは、地元の生品中学から東京の早稲田実業に進学して以来初めて。
 斎藤投手と同じ旧新田町地区の女性(43)は、甲子園の決勝が忘れられない。公民館で大勢の地元の人たちとテレビ観戦したがものすごい熱気だったという。「斎藤君は地元のヒーロー。試合で投げる姿をぜひ直接見たかった」
 斎藤投手がかつて所属していたリトルリーグチーム「生品リトルチャンピオンズ」の現在のメンバー、篠塚洸希君(10)は「自分もピッチャーなので、うまくなって甲子園に行きたい」とマウンドの先輩を見つめた。
 少年時代の斎藤投手の試合を見たことがあるという男性(72)は「当時はずば抜けた印象はなかったが、立派に成長した。今や、新田義貞に次ぐ『地元の偉人』だね」。清水聖義市長は「斎藤君が地元のマウンドに立つことは私自身の念願でもあった。さらに全国に羽ばたいて」とエールを送った。
 試合は、先発の斎藤投手が序盤、制球に苦しみ、富士重工が3―2で勝った。斎藤投手は5回を投げて被安打11失点3だった。
 斎藤投手は「ふるさとで登板できてうれしい。0点に抑えたかったが、シーズン開幕に向けて勉強になった」と話した。母のしづ子さん(50)はバックネット裏から息子の姿を見守った。「大勢の人に歓迎してもらえて感謝しています」と語った。

http://www.asahi.com/sports/update/0330/TKY201003300500.htmlから。新田義貞に次ぐ『地元の偉人』、この一言に尽きます。

そして、読売新聞、上毛新聞では、斎藤佑樹選手の出身を「旧新田町(現太田市)出身」と記していた。
これはうれしい。
やはり、斎藤佑樹選手は新田(町)出身というのがよく似合う。
だって、斎藤佑樹選手は新田一族ですから…

さて、平成の大合併は終わり、太田市と大泉町の合併もなくなりました。
しかし、「新田市を誕生させる会」発足。いまこそ新田源氏の名を地名に!運動は続いております。
こういうのを機会に周知されていけたらと思っています。

追記 斎藤佑樹選手、生品神社には行ったのかな……。
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