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物語を物語る

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「こめ」「弁当」「おにぎり」で「文化防衛論」

物語を物語る

本居宣長の「玉くしげ」にこんな一節がある。(現代語訳から)

稲は、人の命を続かせ保たせて、この上もなく大切なものであるが、その稲が万国にすぐれて比類のないことをもつて、その他のことはこれに準じて知るべきで ある。ところが、この国に生れた人は、元来稲には馴れてゐて普通のこととなつてゐるから、それに気がつかないのである。幸ひにこの御国の人間と生れたから には、これほどすぐれて結構な稲を、朝夕一ぱいに食べるにつけても、まづ皇神たちの有難い御恩籟を思ひ奉らなければならないことであるのに、さういふ考へ さへなくて過すのは、実に畏多いことである。

この一文で本居宣長は、世の中の人々は美味い米を食っている(これによって命をつないでいる)のに、ちっとも感謝していない、「今の日本人何たるか」と嘆いております。いつの時代にも「今の若いもんは……」と憂うる気持ちを持つ先達者はいるものです。
江戸時代においては、庶民は滅多に白米は食べられませんでしたし、ほかの国の米が美味いか不味いかは分からなかったはずです。しかしここで本居宣長は、「こめ」「稲作」が日本文化の根源であるのだからそこを敬わなけらばならないと言いたかったはずではないでしょうか。(これが尊王思想につながっていく)

日本は「千五百秋瑞穂国」という美称を持つ稲作文化の国で、「米」は単なる作物や食べ物ではなく、日本の文化そのものであるといってもいい。しかし、この米への「感謝」の気持ちは、現代の日本人においてなお一層希薄になっているようです。
もし現代に本居宣長がいたら、日本の根幹を成す「文化」を軽視し過ぎている、いまこそ原点に立ち返るべき時なのだ、と訴えるに違いないでしょう。

さて、前回の記事のとき、youtubeでいろいろ見ていたら、関連動画として「bentoブーム」「アメリカで人気 日本のお弁当 」といったものが大量に出てくる。
「クールジャパン」や「ズームインサタデー」やその他ニュース番組の特集などだろう。
これらを次々と見たが、これが滅法面白い。
「米を炊いておにぎりを作るヨーロッパ人」「日本のサイトを見てデコキャラ弁当を作るアメリカ人」「コンビニ弁当に感激する南米人」などなど。
「弁当」や「おにぎり」が外国にはないというから、これは立派な「日本文化」だと知ることができた。

上記動画には、アメリカ人の子どもが「ドラゴンボール」や「ポケモン」を見ていて登場人物が食べる「ライスボール」(おにぎりのこと)に興味を持ったというのが出てくる。
これなんかは、「アニメ、マンガで文化防衛論」と通じる話で、ほかにアニメの主題歌がCoolなので日本語で歌いたい、アニメに出てくる着物がKAWAIIので興味を持つ、NINJAが振り回す日本刀がかっこいいと思うのでコスプレしてみた、神社でお祈りしている主人公を見てあそこに自分も行ってみたい……などなど、こうやってアニメ、マンガを通じて日本文化は伝播していくのだ。

その国の文化を広めることはその国の防衛力を高めることにつながる。
戦後日本は、アメリカのテレビドラマやハリウッド映画を見て、その「米国式文化」に憧れた。ファッション、スタイルの外見から始まって、果ては、行動様式、物の考え方といったその精神にまで日本人は影響されてきた。
しかし今はこれが「アニメ」「マンガ」によって逆に日本文化が外国に影響を及ぼそうとしているのだ。
ここに日本の食文化である「ご飯」や「弁当」「おにぎり」も加えていいだろう。
日本人と米「日本人と米」(本の表紙がいいので載せてみた。本の内容は、なぜか韓国の稲作についての記述が3割も占める少し「左」ぽい本だった。)

さて、外国での日本式「BENTO」ブームは、日本の食文化に興味が湧くきっかけにもなっているという。これはかつての「スシ」「高級和食」といった外食系のものではなくて、ごく家庭的な内食系のものが流行となっているようだ。それだけ奥が深くなっているといえる。
要は日本の主食である「ご飯・米」が注目されているということであるようだ。
前に「外国人が購入する電化製品ベスト5」の中に「炊飯器」が入っていることについて書いたが、これは外国人に「美味いご飯」が食べたいという需要が高まっているという証拠だろう。
過去記事(「日本文化」を売り込むことが閉塞感の打開策になるのでは……。)
炊飯器が売れるなら日本の高品質のコメも求められているはずだ。

http://www.heiwaboke.com/2007/07/post_1025.htmlからの記事。

政府は世界的な日本食ブームも追い風に、2013年までに農林水産物の輸出額を現行の約2・6倍の1兆円規模とする「攻めの農政」を進めており、中国への コメ輸出再開に、大きな期待がかかっている。
贈答用にも
北京市のイトーヨーカドー亜運村店では、午前9時の開店と同時に、新潟産コシヒカリと宮城産ひとめぼれの2品種が発売された。2キロ・グラム入りの袋を9 袋も購入した一番乗りの会社員・銭盛利さん(50)は、「上海で日本のコメを食べ、とてもおいしかったので買いに来た。
全部自分で食べるつもりだが、おいしければ知人や親類にも贈りたい」と満足気だった。
店頭では炊きたてのご飯も提供され、試食の輪が広がった。円年妹さん(94)は「こんなにおいしいコメは食べたことがない」と感想を述べた。
価格はコシヒカリが2キロ・グラムで198元(約3200円)、ひとめぼれが同188元(約3008円)。
これに対し、中国産は安いもので同8元程度と、価格では20倍以上のハンデがある。
しかし、中国のコメの年間消費量は2億トン超と、日本(約900万トン)の20倍以上。
都市部では富裕層が急速に増えており、高級食材や贈答用として受け入れられれば、潜在的な市場規模は大きいと関係者は期待する。
前日には北京の日本大使館で、中国の関係者を招いての試食会も開かれ、スシなどの和食が振る舞われた。

おいしい日本の米をもっと売り込むことはできないのか。
またこういうことも考えられる。海苔を巻いてご飯を食べる、調味料に日本人が使う醤油や味噌や酢を使う、米飯が広まれば、それに合わせた食材も売れる。もしかしたら、ふりかけやレトルトカレー、お茶漬け、漬物なんて、ご飯がおいしく食べられる食材も求められるかもしれない。ご飯の食文化が広がれば、外国のコンビニでも「ライスボール(おにぎり)」が並ぶことになる。
それに、箸や茶碗を使ってみる、弁当を入れる容器や、それを包むもの(「ふろしき」を初めて見た外国人は「これは便利だ」と驚いたという)も必要だ……などと様々な「ご飯」の周辺を取り巻くモノへと興味も広がっていくはずだ。

そうなると、米から作られる「日本酒」は、「せんべい」は、「餅」は……、とこれまた加工品としてのコメが注目されるわけです。
「日本酒輸出が快調 仏で「ボルドー」なみ人気?」の記事。
これを読むと、海外では「SAKE」で通じるようだ。

米が美味いということに気づけば、「餅」のおいしさも分かるはずであろう。熱帯地方ではカビが生えやすいが、個包装なら保存も効く。それに腹にたまるから飢餓地帯には喜ばれるはずだろう。
過去記事(「スイカ割り=稲作農耕民の祭祀説」 その1 これは直会だ!)

これらすべてをひっくるめて日本の食文化・米文化をもっと世界に広めていくことはできないのか、ということだ。
日本人には、それが身近なもの過ぎてこれが「日本文化」だと意識することはないが、これらは外国人にとっては「日本文化」そのものなのだ。
ただ米を輸出する際にかかわる問題点もある。
http://www.aqua-consulting.co.jp/blog/21.html
http://allabout.co.jp/career/worldnews/closeup/CU20080609B/index2.htmなど。
またアメリカ政府が日本にもっと「米を輸入」するように圧力(ミニマム・アクセス米)をかけているという話から一筋縄ではいかないが……。

またこんな新聞記事も見た。

平成21年7月26日付け 読売新聞 総合面から 

アフリカ向けコメ開発 収穫量多い新品種
政府はアフリカの食糧確保を支援するため、新しい品種のコメの開発に乗り出す方針を決めた。アフリカの気候に適し、多くの収穫が期待できる品種を開発するとともに、生産や流通の支援にも乗り出す。新興国の経済成長で食料の需要が逼迫すると懸念される中、貧困国が多いアフリカでは食料の安定確保が大きな課題となっており、政府は今後5年間で約2000万ドル(約19億円)を支出する方針だ。
日本は1994年、病気や乾燥に強いアフリカの稲と、アジアの陸稲を掛け合わせたアフリカ向けのコメ品種の開発に成功し、99年に「ネリカ米」と名付けた。新たな品種は陸稲よりも多くの収穫量が期待できるアジアの水稲とアフリカの稲を交配する計画だ。5年以内の開発を目指す。
政府と国際機関である「アフリカ稲センター」(本部・ベナン)、「国際稲研究所」(本部・フィリピン)が協力して開発にあたる。生産に適した場所の選定や栽培技術の研究も行う。資金は、世界銀行による開発援助を支援するために日本が設けている信託基金から出す。
政府は今年中にアフリカの数カ国を選んで現地の農家を対象にコメの生産や流通、販売の支援を行い、コメの消費を定着させる取り組みも始める。
政府は2008年の第4回アフリカ開発会議で、アフリカでのコメの生産量の倍量を目的とした「アフリカ稲作振興のための共同体」を設立。17年の生産量を2800万トンに増やすことで合意している。

アフリカで日本の稲作文化を伝える。必要なのはこういったことでしょう。
稲作文化は日本の伝統文化に他ならないから、これを広めることは、アフリカでコメを通じて「日本文化」を理解してもらい、友好を深めることにもなる。(アフリカ諸国は数が多いので、国連決議の投票に影響すると言われる。日本が友好国だというのを「食」を通じてアピールすることも出来る。)
これは、中国のように未開地域の土地を買い漁り、現地住民を奴隷のごとく利用する政策とはわけが違う。
過去記事(アフリカの土地を農地を買いまくり帝国主義化している中国)

稲作文化を広めること、これは日本文化を広めることにほかならない。
そして「文化概念としての天皇」
天皇陛下 田植え
天皇陛下の写真
田植えは農業を奨励するため昭和天皇が始めた恒例行事で、陛下が引き継いだ。秋に収穫したコメは皇室の神事などに使われる。
http://www.komenet.jp/database/culture/culture02/culture02-6.htmlから

米は霊的な力をもつと考えられていました。古代の宮廷では、皇太子の天 皇即位式にイネの初穂を神に供え、その霊力により天皇の霊魂の再生と復活を祈願する国家的な大嘗祭(だいじょうさい)の儀式も行われました。米の霊的な力 は、あらゆる悪霊を追い払えると考えられ、そうした観念は神仏の前で米をまいたり、出産の際に女性がこもる産屋に米をまいて清めたりする習慣として今日ま で残っています。同様に、餅や節分の豆まきも悪霊ばらいの意味があると思われます。米は神聖であり、特別に霊的な力を持つという信仰が古代 からあったのです。
古代から稲霊(いなだま)あるいは穀神に関する信仰があり、イネに宿っ た精霊は米倉で年をとり人びとのもとを来訪します。この稲霊が人びとの先祖霊だと考えられていました。稲作の豊饒をもたらす神はふつう田の神として一般に 知られ、えびすや大黒とみなす地域もありました。

日本人にとって「米」とは特別なものであり、日本文化の根本に「米」はある。

そして、世界に日本文化を広めるということと同時に、日本人がこうした日本文化の本質をよく理解し背負っていくことが重要となってきます。
外国に日本の文化を広めても、その肝心の日本人が自国の文化に無知で、自分らの文化を大切にしないのでは、元も子もありません。
ここで三島由紀夫の言葉を引いてみます。

……そこで、何も未来を信じない時、人間の根拠は何かということを考えますと、次のようになります。未来を信じないということは今日は生きることですが、刹那主義の今日に生きるのでないのであって、今日の私、現在の私、今日のあなた、現在のあなたというものには、背後に過去の無限の蓄積がある。そして、長い文化と歴史と伝統が自分のところで止まっているのであるから、自分が滅びる時は全て滅びる。つまり、自分が支えてきた文化も伝統も歴史もみんな滅びるけれども、しかし老いてゆくのではないのです。今、私が四十歳であっても、二十歳の人間も同じ様に考えてくれば、その人間が生きている限り、その人間のところで文化は完結している。その様にして終わりを繋げていけば、そこに初めて未来が始まるのであります。
われわれは自分が遠い遠い祖先から受け継いできた文化の蓄積の最後の成果であり、これこそ自分であるという気持ちを持って、全身に自分の歴史と伝統が籠っているという気持ちを持たなければ、今日の仕事に完全な成熟というものを信じられないのではなかろうか。或いは自分一個の現実性も信じられないのではないか。自分は過程ではないのだ。道具ではないのだ。自分の背中に日本を背負い、日本の歴史と伝統と文化の全てを背負っているのだという気持ちに一人一人がなることが、それが即ち今日の行動の本(もと)になる。

(三島由紀夫全集・巻35から「日本の歴史と文化と伝統に立って」)

我々日本人が失いつつある「日本文化」だが、アニメやマンガや弁当やおにぎりといった意外なものを通じて世界に広まりつつある。
関連記事
これからの戦争は武器を持って他国を攻め入る(侵略される)といったことは、余程のことが起こらない限りと起こらないと思う。(ただし抑止力としての軍備は必要)
では何が国を守るのか、何が民族を守るのかといえば、自国を守るのは「自国の文化」を守ること、これに尽きる、と思う。
自国の文化を高めること、これは核兵器を持つことに匹敵することなのだ。(ただし「核議論」をすること自体が抑止力になる。)
「国=文化」
日本文化を広めること、それは外国への防衛力となる。
もし、万一「日本」という国土を失い「日本人」という民族が消滅してしまったとしても、地球上に文明的人類がいれば、かつてそこに世界に広がった「日本文化」は消滅することはないだろう。

だからこそ日本人はどこを守っていけばいいのか、それがよく分かってくるだろう。
三島由紀夫の「文化防衛」「文化概念としての天皇」は、そんなことが言いたかったのではないか……と最近強く思う。

追記 
中川昭一「日本を守るために日本人が考えておくべきこと」中川昭一「日本を守るために日本人が考えておくべきこと」を改めて読む。
中川昭一さんは保守の立場から農政を見ていた貴重な政治家だったと思う。特に熱心に取り組んでいた「水の問題」は、「日本文化」として「農作物のため」という面があることを知った。水問題解決を日本の得意ワザに「水」が日本の安全保障などを読むと「日本の得意(特異)分野」(=日本文化)を生かそうという視点をしっかりと持っていたことが分かる。
現在こういう視座を持つ政治家がいるだろうか……。


追記2
続きを書きました。
「こめ」「弁当」「おにぎり」で「文化防衛論」。「サマーウォーズ」と「エヴァ」と「コボちゃん」
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