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物語を物語る

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今の政界は南北朝時代と似た状況だ! ならば政界再編は必ず起こる!?

物語を物語る

現代の事象と南北朝時代を重ね合わせると面白いシリーズ。
過去記事
祝・サムライジャパン優勝。そこでWBCを南北朝時代にあてはめてみる。
楠木正成はトリックスター!そして、木曽義仲=新田義貞=明智光秀説など。

まず、平成22年8月18日 上毛新聞から。

安中で尊氏側近の書状発見
南北朝時代に室町幕府を開いた足利尊氏の下で執事を務めた高師直(こうのもろなお、生年不詳~1351年)の書状が安中市の旧家で見つかり、市教委に寄託されていたことが17日までに分かった。尊氏が北朝の光明天皇に征夷大将軍に任じられ、室町幕府が名実ともに成立した1338(暦応元)年の前年、四国の守護に指令を出したもの。安中市教委主事で学芸員の佐野享介さんによると、37年には後醍醐天皇による建武の新政が崩壊し、すでに幕府側に実権が移っていたことを示す貴重な史料という。
 書状のあて先は讃岐(現在の香川県)の守護、細川顕氏(あきうじ)(生年不詳~1352年)。京都の寺院、浄金剛院が讃岐国大内郡与田下村郷(現在の東かがわ市)に領有していた荘園で、木村五郎という人物が乱暴しているのを止めるよう命じている。
 安中市教委によると、書状の最後に記された師直の花押が、過去に見つかった同時代の師直の花押と一致。筆跡も師直の右筆(ゆうひつ=書記官)と似ており、紙質からも南北朝時代のものと判断できるという。
 この書状を写したとみられる文書が「讃州府志」という歴史書に載っているが出典は示されておらず、原本の所在は分かっていなかった。写しでは「木村五郎」の記述が異なっているが、「讃州府志」の記述は誤りが多いことが「香川県史」で指摘されているという。
 木村五郎は古くから讃岐にいた有力者か土豪と考えられる。高師直は南北朝の動乱で主に軍事面で活躍。室町幕府成立後、足利尊氏の弟、直義と対立し、殺された。
 書状は顕氏のもとか、浄金剛院で保管されていたと考えられるが、安中市の旧家にわたった経緯は分からない。
 書状が見つかった旧家は江戸時代、薬などを安中藩に調達した商人で、現在も薬局を営んでいる。当主の男性は「質店も営んでいた祖先が、かなりの目利きで、貴重な史料を集めたらしい。歴史研究に役立てるのなら光栄なこと」と話している。
 書状は安中市学習の森ふるさと学習館で10月22日から来年1月30日まで開かれる企画展「西上州の中世」で公開される。

「高師直の書状が見つかった」という新聞記事。
この時代、南朝方からも、足利方からも、もちろん新田義貞からも、諸国の武将、寺社などに宛てた書状は多く残っているから、これ自体はそれほど珍しいものではないと思う。
ただ、この書状の面白い点は、高師直から守護職に命が出ているということ。ここが興味深い。
高師直は尊氏の執事であり、武士から提出される報告や申請を尊氏に取り次いだり、尊氏が武士に下す命令などの伝達役であった。
現代に例えると、将軍を首相とすれば、執事は官房長官か党の幹事長あたるだろか。守護職つまり県知事に、官房長官あたりの要職者が指示を出したということになる。
何が面白い点かといえば、尊氏や直義の名で命じているのではなく、高師直の名で命が出ているということだ。
こののちに、高師直ら一派が、足利幕府の分裂の危機を招くこと(観応の擾乱)になるわけだから、そういった視点でこの書状を見ると意味深いものになる。
これを現代の民主党の内部分裂と重ねると、なお一層面白いということだ。

まず、この書状が出た1337年はどういう年かというと、この前年に後醍醐天皇が吉野に逃れ南朝を開いて、南北朝時代がはじまり、新田義貞はこの前年に北国落ちして、この翌年に戦死する。足利尊氏は政権を奪取して、京の都に足利氏の政治基盤を築こうという年だ。
そして、尊氏と弟・直義の対立、それに高師直の勢力伸長、これらによる内部分裂の兆しが見え始めた年でもある。
奥富敬之「上州 新田一族」(人物往来社)から

この延元二年(1337年)の中頃は、半世紀の余に及ぶ南北朝内乱期にあって、ひときわ目立つ特異な時期であったと云えるかもしれない。南党の総帥格の新田義貞を討ち漏らしたとはいえ、その軍勢に対して完膚なきまでの敗北を与えた今、足利党の緒将は、目下京都で建設中の幕府の緒要職をめぐって、もっぱら猟官運動に忙しく、地方の南軍諸氏の動向などにかまかけている余裕はなかった。一方、完敗したとはいうものの、新田党諸勢はもちろん、南党諸氏の士気も、決して弱まっていなかったのである。
このようなところから、この時期、ほぼ全国が北党の勢力下にあったとはいえ、その権力が完全に及ぶのはわずか京都とその周辺のみで、残りの日本列島のいたる所で南軍の蜂起、跳躍が見られたのである。

後醍醐天皇の建武の新政から「政権交代」した足利幕府を民主党に置き換えてみれば分かりやすいだろう。
権力闘争によって内部分裂を始める足利方と、一枚岩になれずに権力闘争している今の民主党政権の状況はとてもよく似ている。

菅氏・小沢氏一騎打ち、会談決裂出馬を表明
 菅直人首相(63)と民主党の小沢一郎前幹事長(68)は31日夕、それぞれ記者会見し、9月1日告示、14日投開票の党代表選に立候補することを表明した。
 両氏はこれに先だち、鳩山前首相の仲介を受けて党本部で会談したが、対決回避では合意できず、話し合いは決裂した。首相を選ぶことになる代表選は、政権運営のあり方、消費税率引き上げを含む衆院選政権公約(マニフェスト)修正の是非、「政治とカネ」の問題への対応などを争点に、党を二分する戦いとなる。
 小沢氏は会談で、「せっかく政権交代を成し遂げたのだから、協力していかなくてはいけない。選挙は選挙として戦おう」と出馬の意向を伝え、首相は「結果がどうあろうと、全党一致で協力できるよう全力を挙げたい」と応じた。(9月1日 読売新聞から)

両者とも選挙後は挙党一致体制などと言っているが、今の状況をみるとそんな穏やかに事が収まるようにはとても見えないが。
互いに弱点を突き合うだけの罵り合いになって、それが結果的に民主党の欠点をさらけ出し、自分らの政党の政権求心力を著しく貶めていることになっているのだから。だれ、こんな政党を選んだのは?
去年、政権交代したときは、朝日新聞や毎日新聞、テレビ朝日にTBSなど左派系マスコミが「民主党万歳」の提灯報道をしていたものだが、今は全く嘘のようで、批判・批難・罵詈雑言……一斉に面白く書き立てている。これじゃ「2ちゃんねる」も笑えないえげつなさだ。可笑しなものである。
まあ、民主党をまったく信用していない私としては、どんどんやってくれ、という感じだが、そうも言ってられないか。 管直人と仙谷由人はかつて過激派全共闘のリーダーであるし、やることは「反日」そのもの。いまに「文化大革命」をおっぱじめそうだ。方や、小沢・鳩山は異様なほどの韓国・中国に媚びを売る政治家で、その腰巾着である輿石東は日教組って、どうなってる。
まあ、どちらに転んでも「サヨク的政権」だということですが……。

さて、それはいいとして、本題。
誰がリーダーか、どの指示に従えばいいか、それが分からない状態の組織は混乱状態に陥る。
足利幕府の初めと今の民主党政権は同じようなこの混乱状態にある。
足利政権は、尊氏と直義の対立、そしてここに高師直が加わる。民主党は小沢一郎に管直人の権力闘争、そしてそこに鳩山由紀夫が加わる。鳩山由紀夫は「トロイカ体制」などと言っていたが、三頭政治がうまくいくはずもないのに。

では足利幕府開幕時はどうであったか、佐藤進一著「日本の歴史 南北朝の動乱」から。

……個別に兵糧米徴収にあてる土地を指定して、これを兵糧料所とよんだり、とくに軍事上の要害地に指定したり、同じく軍事的に重要な関所や港津を指定して、管理権を握ったりすることもおこなわれた。
以上の緒措置は尊氏の軍事指揮権にもとづいて、具体的には各国の守護がこれを執行する。<中略>
ところが、これらの措置は幕府支配地へも及ぶわけだから、それを合法的に実施するには、最初にまず北朝の許可を得なければならぬ。その交渉は直義の職務である。また実施段階で、守護が法令に違反して恣意的な分給をおこなったり、分給された武士が兵糧米を徴収するだけでなく、土地そのものを取り上げたり、侵害したりする。それら種々様々の非法が各地に発生すると、荘園内領主側は裁判でこれを争う。裁判の最高責任者は直義である。
尊氏が、国主・庄園領主の権利を侵害する側の責任者であり、直義がかれらの権利を保護する立場におかれるという奇妙な対立がここに生まれる。
こうした尊氏と直義の立場の違いが、二人の性格と見識の違いをいっそう先鋭化し、二人を対立と衝突にまで追い込むのだが、尊氏が初めから直義の対立者としてあらわれるのではなく、高師直という特徴ある人物が尊氏の代弁者としてまずは登場するのである。

つまり、指示系統が尊氏と直義の2つに分かれていた。一つの部署を統括する際には、命令系統は1つに統合されていないと、その部署は混乱をきたすことになる。これは、管理・統治の基本である。
だが、足利幕府では、2つあって、これに高師直という勢力が加わって、ますます混乱をきたしていた。
そして、高師直が実質的権力を握ったのは、尊氏の名代として軍事指揮と恩賞の実権を左右する、天下の武士の急所を押えたことによる。
つまり「金」と「人事」を押さえたわけだ。
まるで、幹事長時代の小沢一郎か。高師直は日本史上最悪の悪人といわれるくらいだから、こんなところも似ている。
だが、高師直は戦が強かった。(四条畷の戦いの勝利は、彼ら一派をより増長させた)
それに「元祖バサラ」と言われるくらいだから派手で金回りも良かったから、部下や田舎の武将などには妙に人気あった。(こんなところも似ている)
いつの時代も、戦(つまり選挙)で勝ったり、戦上手の猛者は、周囲の者や地方の者たちが嬉々として担ぎ上げることになる。
一方、足利直義は「堅物」だったと言われ、原理原則を厳格に守る人だった。これはまるで、管直人みたいだ。
こんな正反対の二人が権力闘争すれば、内部分裂するのは当然である。
さてさて、歴史通りにいけば高師直も直義も敗者となるわけだが…。
となれば、小沢も管も共倒れとなるのか?
(足利幕府では、高師直も直義も殺され、最後は尊氏一人になったから、足利幕府は分裂しなかった。だれが尊氏となるか今のところ分からないが……)
まあ、これらはあくまでも私の予想。

さてさて、では、南朝方はといえば、これが今の自民党にあたる。ともに、政権を奪われてからは「凋落」していく一方だ。
まとまりのない自民党やそれぞれの思惑でバラバラの野党。このままではとてもではないが民主党政権を倒すことなどできそうにない。
これも足利政権(民主党)に対抗するためには一つにならなければならないが、吉野の公家方や北畠親房や新田氏、楠木一派などなど、思惑も違えば、立場も主義主張もまるで違い、とてもまとまりそうにない。ただ「反足利」というスローガンの下に南朝方がまとまっているに過ぎない。(「反足利」を「反民主党」に言い換えればいい)

でこの時代、何が起こったといえば、「直義・師直の抗争はやがて直義・尊氏の抗争に変貌して、ついに幕府は救いがたい両党分裂におちいる。これに南朝が加わって三者鼎立となり、その間に合従連衡がおこなわれて、錯雑した政治状況が展開される。」(上記、佐藤進一の説明から)
高師直死後は、直義が南朝に和平交渉をもちこんだり、今度は尊氏が南朝方に帰順する形で講和を結んだりと、自分等の権力保持のために「敵方」とも構わずに組むという形勢となった。
(「観応の擾乱」「正平一統」などの説明は面倒なので、Wikipediaヤフー百科事典で。)
となれば、これは今でいう「政界再編」となろうか。
そう、今の政界を南北朝時代に重ねていけば、きっと「政界再編」が起こる。また、これがなお一層進めば、今よりも大混乱の時代が来る、そう予測できるということだ。
佐藤進一著「日本の歴史 南北朝の動乱」にはこんな記述がある。

直義の追討に際して、尊氏は南朝に和を請うた。前年、当の直義が和平折衝を重ねた相手に対してである。三分した天下で力のバランスの優位を保つための努力であるが、それにしても講和に際して尊氏のとった態度は、前章でみたように(尊氏は南朝と裏で通じていたり、南朝に政権を譲るなど大きく譲歩した形を取っていた)、直義とは著しくちがっていた。
つまり、直義が自分の政治原理(足利政権優先)を崩すまいとするのに対して、尊氏の方は成り行きしだいである。それでも尊氏はまだ南朝に譲歩すべき限界を考えていたらしいが、息子の義詮は父親に輪をかけた状況主義者だった。それで、父子の間で講和条件がついて折り合いがつかず、南朝の使者入京の知らせがあった直後、父子の間が険悪らしいという噂が立ったくらいである。

何度も言うが、南朝を自民党、足利政権を民主党と云い換えれば、裏で自民党と手を組もう画策する小沢一郎は、尊氏にあたるか。では息子の義詮は、といえば、権力闘争の状況悪しと見て、もっと安易な方策で自民党やみんなの党、あるいは公明党と手を組もうなんて考える輩が民主党の中から出てくるかもしれない、そう考えられるということだ。
そうなれば、ここでも対立が起こることになる。
そして、南朝方も政権を奪うチャンスは何回かあった。(京都入ること三回、武蔵野合戦では、新田義興・義宗兄弟が尊氏を自刃直前にまで追い詰めた。太平記では三十一巻)
ならば、自民党にもその機会は巡ってくるということか……。
でもいまの自民党じゃな……。
(真正保守はどこに?)


過去に起こったことは、同じようにして、その後の時代にも繰り返し起こるという、ならば、政界再編は必ず起こる、そう思えてならない。

ということで、南北朝時代と今の政界をからめて遊んでみました。
こうしてみると、結構、南北朝時代も面白いでしょ!
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