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アニメは日本文化を救えるか  第2回 アニメと日本語

物語を物語る

アニメは日本文化を救えるか
第2回 アニメと日本語
前回記事
アニメの話なのに、なぜか「英語の公用語化は是か否か」という話から入ります。
以下、読売新聞 平成22年9月6日付けの文化面「月刊ディベート」から。
「英語の「公用語化」を打ち出す企業が相次いでいる。グローバル化の中では当然とする見方もあれば、そこまですべきか、疑問の声も聞かれる。自身も英語に堪能な識者3氏に、その是非や教育論を聞いた。」ということで3人の意見が載っていた。

過去記事 英語が世界共通語になったとき、逆に世界の人々の民族意識は強まる……そんな気がする。 と深く関係するので、まずそちらを読んでから入って下さい。
では、新聞記事を。

政治学者 猪口孝
内向き思考の改善に
企業の英語公用語化は、利益になるからやる。国際的な企業買収が増え、外国人の社員・株主が増えている現状で、英語を使用するメリットがあるということだ。企業の自由であり、是非を言っても意味がない。
問題は中央官庁。役人の英語力が少ないため、国民に上質のサービスを提供できないように見える。薬事行政など、英語で得られる世界の科学的知見をどれだけ生かしていけるのか。公務員には今以上の英語能力が必要だ。公用語というと議論がややこしくなるので、単純に国家公務員試験に「TOEFL(トーフル)何点以上」といった受験資格を設け、日本語と英語のちゃんとできる人間だけが受験できるようにすればいい。
私は大学入試でも英語科目を廃止し、TOEFL」の報告性にすべきだと提案している。日本の英語教育は、教師の質の問題や、意味のわかりにくい受験英語の隆盛という問題がある。英語学習は公的制度に全面的にはよらず、基本的に個人が自力で行うものとし、外国で英語を身に着けた若者でもtoeflの得点さえあれば活躍できる仕組みにすれば、実際に使える日本人は増える。
英語を学べば日本語がおろそかになり、日本文化が失われるという意見には反対だ。英語を使えるようになることで知識体系が広がり、世界を広く、深く知ることができる。
世界には未知の可能性があることが分かり、日本人の内向き志向の改善にも役立つだろう。
英語拡張はアンゴラサクソン支配という人がいるが、国家統制の強いフランス語などと違い、英語はオープンで参加型の言語。postpone(先延ばし)に対してprepone(前倒し)という単語を使ってきたのはインド人だが、今や立派な英語だ。

つまり効率を考え、すべてを合理的に考えれば「英語」にするのが一番妥当だという意見だろう。極論すれば、もし中国が世界の中心となれば日本も中国語を使おうという論法になる。
「母国語と民族について」「文化は言語を基本としている」ということがあまりにも分かっていない。まあ政治学者らしい堅実的な意見だろうか。

アメリカ文学者 佐藤良明
「負の英語教育」精算を
社員が英語に堪能であることが企業業績に直結する業界で、楽天の三木谷浩史社長のとった行動は、スマートで合理的だ。社員教育の熱意も買う。だが実効性はどうか。1年半余りで、国際舞台で仕事ができる日本人社員はどれほど増えているだろう。
日本の「英語ができない問題」の根はあまりにも深い。公教育100年の空回り。英語をしゃべることも読むこともできない大半の国民は、だまされた思いでいる。理由は簡単、きちんとコーチされていないのだ。
企業にしたら自助努力しかない状態だ。たかが英語、とは言ってられない。かつては黙々と良質の製品を作っていればよかったが、いま「売り物」の主体は、サービスや情熱へと移行している。しかもマーケットは「世界」である。
グローバル化した経済において、闘う相手は英語を駆使するプロの仕事師だ。剛速球もくるし、カーブも鋭い。これに対する現実的教育目標として、まず高校球児に匹敵する基礎の力を育んでいくこと。全員でなくてよい。だが早期に10万人、いずれは100万人を育成したい。無理だとは思えない。信頼できるコーチの下で、日々3時間の特訓を3年間続ける。野球部員が普通にやっていることだ。
代替的教育ルートを整えながら、国鉄を解体したときの決意で近代日本の負の遺産となった「英語教育」を精算すること。それなしに、今後の日本が世界をひっぱるのは難しい。
企業も、志望大学に受かっても就職できない若者たちも、マジな英語力を求めている。ふたつの切なる必要が手を組むために、誰が、何を仕掛けていくのか。新種の通信機器の浸透とともに、地殻変動はすでに大規模に起こってきている。

「文化と言語」がまったく分かっていない、経済・市場を基本にすると文化が失われるということも分からず、問題の本質にも触れていない。「世界の言葉をすべて英語にせよ」と言っているのと同じで、政治学者よりも合理主義的である。本当にこの人はこれでも「文学者」なのだろうか。まあアメリカ文学専門だから英語第一主義というのも仕方ないか。

数学者 藤原正彦
まず自国の文化・伝統

英語を公用語にすれば企業の国際競争力が高まる、というのは幻想だ。「日本人で英語のうまい人」で社員を固めれば、似たような人材ばかりになってしまう。多様な発想のぶつかり合いが消え、企業活動は立ちゆかなくなる。公用語化しても失敗に終わるだろう。
20世紀を通じて英語経済は斜陽だったが、日本経済は飛躍的に伸びた。英語と経済の好不調は無関係だ。日本の成長は国語・算数といった労働者の基礎学力の高さに支えられてきた。英語の下手な国が最高の初等中等教育で勝ってきたわけで、経済沈滞は政策の誤りに過ぎない。
英語より国語の方がはるかに重要だと認識すべきだ。母国語は祖国そのもの。文化や伝統、情緒などを包摂する。地球が英語で塗りつぶされたら、各国で美しく花開いた文化が台無しになる。祖国を捨ててまで金もうけをしたいのか、と言いたい。
そもそも日本語と英語の構造が違いすぎて、日本人に英語は難しすぎる。全国民が無理をして勉強するのはエネルギーの壮大な無駄遣い。英語とどう折り合いをつけるかを考えた方がいい。
まず小学生は国語を徹底的に学ぶべきで、英語の必要はない。中学生で必須にし、授業数を今の倍にする。ここで自分の適否を見極め、高校では選択制に。英語を使う職業に就きたい人は学校で週10時間、家で20時間ぐらい勉強すべきだろう。僕は受験英語だが、そうして努力し、しゃべれるようになった。
実際は、海外で流暢な英語などいらない。問題は話す内容で、たとえ片言でも自らの考えを持ち、自国の文化や伝統について語ることができれば、国際人として尊敬される。そのためには、話す技術を磨くより読書して教養を身に着けることだ。

当ブログでは、藤原正彦氏の本は何度も引用している通り、この意見に賛成である。
過去記事で。

さて、この英語公用化の問題はもともと一企業のことであり、部外者にはどうでも話なのに、なぜかいまだに取り上げられる。
三木谷社長もこの英語公用化ばかり聞かれて困る、と他の記事に書いてあった。まあ、自分の会社なのだからどうぞ勝手に社内を英語にすればいい。
だが、なぜ皆がこの事に関心を寄せるのだろうか。
どうしてこれを問題視するのか。
そして、この「英語公用化」の記事が経済面ではなく、なぜ「文化面」に載っているのか。
……。
つまりこれは経済や一企業の問題ではなく、「文化の問題だ」とみんなが本能的に感じ取っているからに他ならない。
楽天の食堂では、「みそ汁」が「ミソスープ」になっているというのが話題になっていたが、これはただ表記が変わったという話ではない。「miso siru」ではなく「miso soup」と、日本語そのものの「みそ汁」という固有名詞を意味まで変えて英訳しているのだ。
細かいことだと思うでしょうが、そうではない。こんな些細なところにも、日本人が日本語を失ったときの危機感というものを敏感に感じ取って、「自分らの文化を守ろう」という保守的な反動が無意識に働いているからに違いない。(これは日本人に限ったことではないはず。韓国人や中国人、それにフランス人や中東の人々たちに、自国の言語を捨て「英語」に統一することについて聞いてみればよい。)
そこを考えないとけないのに、「英語教育がどうとか」「日本人は内向きだ」「TOEFL何点以上」なんてそんな話になる。「その国(民族)の言語を失えば、その国(民族)の文化は失われる」という根本が分かっていない人が多すぎる、ここを押さえなければ話は進みまないのに。この基本を踏まえてこからの「英語教育」です。
(戦争で占領国がまずすることは、その国の言語を禁止することにある、といったことを見ればすぐに分かるはずだ。)
それは以前の記事にも書いたことだが、ここには英語による日本語の駆逐があり、つまり経済至上主義は結果的に文化を追いやられるということにつながるのだ。(民主党の事業仕分けで予算をまず最初に切られたのはカネにならない「文化・科学」だった)
過去記事
金儲けだけに走れば、結局は独自の文化も失われることになる、これは「アニメは日本文化を救えるか第一回第一回 アニメでカネ儲け主義に走れば、アニメ文化は衰退する。」でも触れたところ。

さてさて、アニメの話なのに、なぜ日本語の話なのかといえば、最近よく耳にする「海外の日本語ブーム」があるからだ。

「アニメ・マンガの日本語」世界的人気に
 「モテモテ」「ムカつく」「かかってこい」など、日本のアニメや漫画によく出てくる表現を学べる外国人向けサイト「アニメ・マンガの日本語」が人気だ。
 独立行政法人・国際交流基金関西国際センター(大阪府田尻町)が2月に開設したところ、アクセス数は半年間で約120万件に達した。海外のアニメファンの心をしっかりつかんだようで、利用者は世界165の国・地域に及ぶ。
 日本のアニメや漫画は海外でも若者らに支持されており、最近では「漫画を日本語で読みたい」というファンが増加。ところが、日本語の教科書にはない表現も多く、意味が分からないまま、読み飛ばしている人も多いという。
 外国人の日本語研修を行っている同センターにもそうした相談が寄せられ、学習サイトの開設を計画。「鉄腕アトム」「ドラゴンボール」など約300 の作品を調査し、登場機会の多い少年や少女、侍など8種類のキャラクターごとに、それぞれが多用する計3000種類のセリフや表現を収録した。
 日本語で書かれたセリフを選択すると、意味や使用方法が英語で表示され、発音を聞いたり、クイズ形式で学んだりすることも可能。プロの漫画家が書 き下ろしたオリジナル作品を通じ、「モグモグ」「ざわざわ」などのオノマトペ(擬態語・擬声語)の意味を学べるコーナーなども設けた。制作費は約800万 円。
 担当者は「予想以上の反応。サイトを機に、日本への理解がさらに深まれば」としている。アドレスはhttp://anime-manga.jp
(2010年8月21日16時12分 読売新聞)

動画サイトを見ると、「アニメソングを日本語で歌う外国人」というのはよくあるし、「日本語そのままのアニソンでダンスを踊る」というのもよく見る。

世界の「ハレ晴レユカイ」の動画。(こういうのを見ると、海外では、ころころ変わる日本の総理大臣の名前よりも、涼宮ハルヒの名前の方が広く浸透しているかもしれない。)
驚くべきことに、海外のアニメ・マンガファンは「日本語を基本としている」という事実がある。
これはある意味「日本語が一部ではあるが世界共通語になっている」ということなるのだ。(「日本語」への関心と興味が広まっていることは間違いないことである。)
ではここで、清水馨八郎「日本文明の真価」(祥伝社・平成11年)という本から一節引いてみます。


日本語の世界化こそが真の国際化
日本語は高度で難解な言語だったので、学習しなければ覚えられなかった。それで江戸時代に寺子屋が栄え、盛期にはその数三万にも及び、民百姓でも、みな読み書き算盤の教養を身につけていた。当時すで識字率は世界一になっていた。
この学習熱は明治になって尋常小学校に受け継がれて、早くも世界有数の教育国家になっていった。この素地があったから、西洋文明もきわめて短期間に容易に吸収することができたのである。
明治の先覚者の外国語輸入に格別な努力と技法があったことは既述したが、ここでも改めて再確認し感謝しなければならない。公園、野球、哲学、経済などの新漢語で日本語のまま西洋文明を学ぶことができたからだ。
先覚者は現代人のように外来語の発音をそのままとったバンク(銀行)メール(郵便)、エレキ(電気)JRなどと軽薄な舶来趣味をとらず、どこまでも日本語アイデンティティを主張したのである。これが明治人の見識というものである。常に和魂というバックボーンで裏打ちされていたのである。このように、母国語に自信を持って日本文化を貫いたから、その後の日本の発展が得られたのである。
一方インドや東南アジア、アフリカの植民地民族は、母国語を捨てさせられ、宗主国の言葉を秀でたものとして競って学び、公用語にもしてきた。かれらは国際会議などで欧米語をペラペラに話して得意になっているが、皆一様に貧しいままである。
その中にあって日本人は非白人の中で欧米語を話すことが一番下手な民族である。そのことがかえって日本を世界有数の先進国に突出させたのである。秀でた日本語を守り抜いたからである。日本人が欧米語を話すのが下手なのは、日本が独立国で一度も白人の植民地にならなかった証拠でもある。日本人の英語下手は誇るべき日本文化なのである。
世界の人が日本で人類に感動を与えた国際人を三人挙げよと問うたら、紫式部と横山大観と棟方志功であった。三人とも英語は全然知らなかったし、フォークやナイフでの食事マナーも知らなかった。英語を話せることだけが国際人の条件ではないのである。
戦後の日本では、国際化という言葉が、舶来、上等、一流を意味する枕詞として軽々しく流行してしまった。英米語普及度が国際化の尺度になってしまったが、これは植民地的国際化の段階のことである。欧米先進国に追い付き、追い抜せの時代は過ぎたのである。経済や文化で突出した日本は、これから日本文化(和魂)と文明(和才)を輸出しなければならない使命を帯びている。
したがってこれからの日本の国際化とは、英米語が外国人のように話せるようになることではなく、世界の人々にいかに日本語を普及させていくかの課程でなくてはならない。従来とはまったく方向が逆になったとしるべきである。
英語というヨーロッパの田舎言葉が世界語になったのは、英国が七つの海を武力で支配して世界の富を独占したからである。人々は争って英語を学び、英国に接近せねばならなかったのである。
今、一つの船に多くの異国民が乗り合わせたとしよう。初めのうちはみな勝手に自国語を喋っているが、そのうちに、いつの間にか一つの言葉に統一されていくという。それはポケットに一番のお金を持った人の言葉に統合されていくからである。英国人が一番金持ちだったから、英語が国際語になったわけである。
ところが、今その金がジパングに集まり出した。世界で今、一千万の人々が日本語を学びはじめている。日本語は世界語になろうとしている。したがって日本の従来の国際化教育は、180度転換を迫られている。かつて英国が英語教師を世界に派遣したように、日本も日本語教師を養成して世界の要請に応えなければならない。
ユーラシア西端、英帝国はかつて軍事力を背景にして世界の富を集め、英語文化を世界に普及させ、パックス・ブリタニカを実現させた。ユーラシアの東端日本は武力でなく、文化力、道義力で日本語文化を世界に普及し、パックス・ジャパニカ(日本を中心とする世界平和)の理想を実現できる国なのである。

10年ほど前に書かれたこの本を読んだときは、「日本語の世界化」なんてありえないと思っていた。
だが昨今の「海外のアニメ・マンガによる日本への憧れ」「海外で日本語ブーム」なんて記事や報道を見ていると、「日本語の世界化」というのもあながちバカげた話でもないようにも思えてくる。
評論家の日下公人もいくつかの著書で「日本語が国際語になる」といったことを書いている。
過去記事

実際、アニメを見て、日本の歴史や伝統文化に興味を持ったという外国人はかなり増えているようだ。
上記の清水馨八郎の言葉に「かつて英国が英語教師を世界に派遣したように、日本も日本語教師を養成して世界の要請に応えなければならない。」とあるが、この日本語普及のための教師は、なんとユーチューブなどの「動画サイト」がこれを果しているのだ。
まさかこんな形で、しかもアニメが「日本文化」を広めるとは、10年前は誰も思っていなかったでしょう。
大事なのは手段ではなく結果なので、海外へ日本語を広め、日本文化の理解を深めたという意味において、アニメ・マンガは大きな働きをしたということになるでしょう。
そう考えていけば、「お偉い政治学者」や「言語の大切さの分からない学者」よりも、アニメやマンガの作家の方が遥かに「日本文化」に貢献しているのだ。(それに付随して経済もお金も付いてくる。)

だが、世間ではいまだに「アニメ・マンガなんて子どもの見るものだ」「アニメはオタクのもの」なんて偏見がある。そして、この偏見は根強く日本国民の中に残っている。
大事なのは、アニメによって日本文化が海外に広まり、日本ファンが増えているという事実を日本国内で伝えていかなければならないのだろう。
そう考えると、やはり「アニメの殿堂」は必要だったと今でも思う。
そして、ユーチューブにフランスの「漫画博物館」のニュース動画があった。これを見るといろいろ考えさせられる。

芸術の国フランスで20日、漫画博物館がオープンした。日本では、政府が進める「アニメの殿堂」建設計画に与野党から批判の声も上がっているが、フランスでは、税金を投入することに反対の意見はまったくなかったという。
漫画やアニメなどの文化を保護するために、政府が計画を進めている「国立メディア芸術総合センター(仮称)」、通称「アニメの殿堂」は、日本では「税金の無駄遣い」との批判も上がっている。
一方、フランス中西部アングレームに20日、「漫画博物館」がオープンした。
世界中から集められた5万冊の漫画とアニメなどの原画8,000点が、4,500平方メートルの敷地に収められている。
この博物館には、手塚治虫氏をはじめ、海外にも大きな影響を与えた日本の漫画が数多く展示されている。
フランスでも日本の漫画は大人気で、売り上げ総数の4割を日本の漫画が占めている。
博物館の図書館には、手塚作品や「北斗の拳」など、およそ1万5,000冊の日本の漫画が所蔵されている。
漫画博物館のシモン館長は「子どもだけでなく、誰にとっても漫画は大切な文化の一部です」と語った。
この博物館オープンにかかった費用は、およそ13億円で、日本の計画のおよそ9分の1だが、そのほぼすべてを税金で賄った。
訪れた人は「本当にいい文化政策だよ」、「漫画は、誰も動かなければ失われかねない文化遺産。だから、行政が金を出すのはいいことだよ」などと話した。
日本では賛否が分かれている「アニメの殿堂」だが、漫画やアニメを芸術ととらえるフランスでは、税金を投入することに反対の意見はまったくなかったという。

本当に日本とフランスのアニメ・マンガに対する考え方の違いに愕然としてしまう。
まずはそこから払拭しなければならないだろうか。

この「アニメは日本文化を救えるか」シリーズはまだまだ続きます。

追記  画像がないと寂しいと前に言われたことがあるので、1枚画像を。
けいおん!! 神社で願掛けをする梓
「けいおん!! 第22話 受験」から。神社で先輩が大学受験で合格するように祈願する梓。
アニメでこういうシーンは結構多い。
それでは、外国人がこれを見てどう思うか考えてみよう。(すでに動画サイトで海外の多くの人々が「けいおん!!」を見ている。ファンもかなり多いようだ。)
「日本人は無神論者だと言うが、そんなことはないじゃないか!
日本人って他人を思いやるんだな!
それにあの「神社」って何だってなんだ!」
……。

こういうところから「日本文化」は広まるということです。
ではまだまだ続く。


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1 :◆TOFU/XEczQ @甘味処「冷奴」φφ ★:2012/06/15(金) 18:04:00.26 ID:??? 「最も大きく変わったと感じたのはソウルの空気。20年前は市内に行けばトラックとバスの排気ガスが鼻を刺した。 今は間違いなく...

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消えた二十二巻

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