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物語を物語る

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権威とは。 紅白歌合戦と韓国芸能人

物語を物語る

またまとまりのない文章を長々と書いてしまった。
すんません。


この時期になると、日本で活躍したプロ野球選手が、アメリカ大リーグに行くか行かないかといったことで話題になる。
野球選手にとって大リーグは、「憧れ」の場所である。それは、日本でプレーするのとは、また違う「特別」なものがあるからに違いない。そこには金銭以上の「何か」があるのだ。
そして、イチローのように、米国人も認めるような活躍を見せれば、まさに日本人を代表する国民的ヒーローとなる。「日本人がアメリカ人に認められた」、こんな感情が浮かぶのは、アメリカが野球の本場だと誰もが認めているからに他ならない。

どんなものにも“本場”というものがある。その道を目指すものは、そこに行くことを“夢をみて”、努力する。ましてその地で活躍するようなことになれば大変な“名誉”となるのだ。

こういったことはいくらでもある。ゴルフの石川遼がマスターズに出場すればスゴイこと思うし、日本のテニス選手(森田あゆみ)がウィンブルドンに出場したとか、サッカー選手がセリエAに行くとか聞けば、もうそれだけで、日本で賞金を稼ぐ人たちよりも、「別格」の選手として扱われることになるだろう。
また、渡辺謙のようにハリウッド映画に出演なんてことになれば、役者として一枚も二枚もランクが上がり、ミュージシャンがロンドンやLAの有名スタジオで録音した、全米進出でビルボードチャートランクイン(オリコンなんて目じゃない)、B'zの松本孝弘がグラミー賞にノミネートなんてことになれば、たちまち日本人は彼らを尊敬のまなざしで見つめることになる。
他には、本物のフレンチシェフになるためにパリに行く日本の若者、クラッシック音楽を学ぶためにウィーンへ行く若き音楽家、ブロードウェイを目指す名もなき舞台俳優……そんな話もよく聞く。
その道のプロとして認められるには、本場となっている場所に行って活躍することが「一流の証」のようになってくるのだ。

なぜか。
本場に行けばカネが儲かる? もちろんそれもある。だが、実際は、日本に残ってそれ以上にカネを稼ぐなんてこともできるはずだ。(大リーグ行きを拒否して、日本に残るプロ野球選手もいた)
要は、名誉、栄誉、ステイタスアップ、格を上げる……などといったものがそこにあるからだ。大リーグやウィンブルドンやビルボードやブロードウェイといったその道の本場には、それを裏付ける「担保」があるということだ。
そこには、積み重ねられた実績があり、刻まれた歴史があって、それが伝統となっていく。
これが「権威」となる。
“本場”には「権威」があるからこそ、人は尊敬する。
広辞苑には「権威」の意味として、「他人を強制し服従させる威力」と記述されているが、一般の人々は「権威」に対して、こんな否定的に捉えていない。いや、逆に求めている面さえある。
人は、この「権威」にめちゃめちゃ弱いのだ。

もっと例を出そう。
ベストセラーの本を一冊も出したことがない作家でも、「直木賞」や「芥川賞」を受賞した人と知れば、それだけで敬意を払われるだろう。
大学教授がノーベル賞を受賞したとなれば、たちまち上へ下への大騒ぎとなる。何を研究したか知りもしないが、とにかくリスペクトしまくる。
ただ、ここにあるのは賞という権威だ。
もちろん受賞者にも敬意を表してはいるが、実のところは、この権威に頭を下げていることになるのだ。(実際、ノーベル賞を受賞するまで、その人の業績は世間に知られているわけでない。)
この賞というものも、そこに「歴史や伝統、権威」があるかないかで、雲泥の差が出てくる。
歴史も浅く、伝統のない賞を受賞したからといって、誰も見向きもしないだろう。そこには賞としての権威がないからだ。
例えが悪いが、ウソ八百を書きまくる「朝日新聞」の記事も、実情を知らない多くの一般人は信用・信頼を寄せてしまう。
それは朝日新聞という「権威」がそこにあるからに他ならない。
東大出のタレントが芸能界にいる。大してかわいくもないが「東大」出身という肩書だけで、かなりチヤホヤされる。
ここには歴史・伝統を誇る「東大」という「権威」があるからこそ、彼女らを特別扱いにしてくれるのだ。


さて、長々と前置きを書いた。
本題はここから。
こんな記事を読んだ。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101125-00000081-scn-krここから転載。

NHKは24日、第61回紅白歌合戦の出場歌手を公式に発表した。出場が取りざたされていた韓国のグループ「少女時代」や「KARA」の名はなく、韓国では「日本の歌謡界がKポップ(K-POP)歌手をけん制した可能性もある」との見方が出た。
 日本の芸能界では2010年、韓国から進出した「KARA」と「少女時代」が独特の振り付けなどで話題を呼び、オリコンランキングでも上位に登場するなど活躍した。韓国では「ガールズグループの快進撃」を連日報道、紅白への出場にも期待を寄せた。予想でもたびたび両グループの名前があがっていたため、「ほぼ確実」との見方が強まっていた。
 しかし結果は、Kポップ歌手はいずれも、紅白出場を果たせなかった。韓国では複数のメディアが「なぜ?」と、理由を分析した。出場枠の削減による競争の激化なども理由に挙げられたが、「Kポップの人気が高まり、日本の歌謡界がけん制した可能性がある」との主張も出た。
 韓国の芸能関係者は「日本の歌謡界がKポップの狂風に、ある程度の危機感を感じたのは事実」、「国内最高のイベントの紅白歌合戦をめぐり、自国の音楽を守ろうとするけん制の動きがあった」などと分析。日本での活動成績と人気を勘案すると、「紅白に、問題なく出場できたはず」と主張した
 韓国メディアは「今年の紅白出場の圧倒的、最高の話題は、Kポップ・アイドルの出場だった」と論じ、除外されたことに「日本の歌謡界も驚きの雰囲気だ」と伝えた。(編集担当:金志秀)

韓国人にとって「紅白歌合戦」とは何なのだろうか。まるでノーベル賞の受賞を逃したかのような扱いである。
まず、ここに驚く。
韓国芸能人が“ケツ振りダンス”で「紅白」に出ようが出まいが、裏でどんな駆け引きがあったなんて話に、私は全く興味がない。また、小倉智昭が、こんなに韓国人歌手は売れているのに紅白に出ないなんておかしい、と言って激怒していたなんてこともどうでもいい。(この小倉の音楽評論家もどきの解説はウザいが……)、それに植村花菜の「トイレの神様」はフルコーラス歌うと長過ぎるから「それは許さん」と和田アキ子がイチャモンを付けたとかいったそんな話なんてのもどっちでもいいことだ。(ただし、植村花菜なんて来年にはいないんだから、和田アキ子の歌う時間を削ればいいんじゃね~という声には賛成する)

私の関心事は、韓国芸能人が、なぜここまで日本の「紅白歌合戦」に出ることにこだわるかということだ。
そして、なぜこのことが韓国内で大きな話題になるかということだ。


面白いのは、Kポップ歌手らが、日本のミュージシャンが全米進出を狙って英語の曲を歌うように、「日本語」で歌を歌い、必死になって覚えたであろう「日本語」をしゃべり、日本のバラエティー番組に出まくっているという点だ。
そこで、「日本文化」に溶け込もうとしていることに、気味の悪さを感じる。(または、そういう好印象を世間に刷り込もうというのが見えて、イヤな感じがするが……。まあそれでも、韓国語の歌を歌われるよりはいいが。)
これはインタビュー記事や出演番組を見ると分かる。(好きな食べ物に日本食を挙げてみたり、日本のファッションや文化を褒めまくってみたり、「日本のデパートはいい、韓国にはない」、といったことだ)
それに日本のマスコミ側も、韓国のテレビ番組で日本人に質問するような、竹島の問題や歴史認識の問題といった、政治的な質問を全くしない。まして、韓国は北朝鮮からの砲撃を受けて、「お国がそれどころではないだろうに」といった意地悪なことは言わない。(そういうことを訊けば面白いのに……。反日教育を十分に受けているのだから、嫌いな国に行って、金のためにケツを振って踊るのなんか「本当はヤダ」って本音が出るかもしれないのに)
韓国ネチズンらは、彼女らが、韓国の芸能界をほったらかしにして日本のテレビを優先させることに、怒っている、とういう話も聞く。
数十年前までの韓国は、「日本文化」は敵国の文化といった扱いで、国を挙げて「日本文化」の流入を禁止してきた。
それが、いまや日本の「紅白歌合戦」に出るか出ないかで大騒ぎしているというのだ。
不思議な国だ。
その辺を韓国人はどう思っているのか、訊いてみたい。

もし韓国に、紅白歌合戦のような番組があって、そこに日本の芸能人が出場するなんて話があったとしても、日本人は「ふ~ん」と思うだけでニュースにもならないだろう。
もしかしたら、日本で最近見ないと思ったら、そんなところで出てるの? と「都落ち」くらいにしか思わないだろう。
でも、「少女時代」や「KARA」は韓国でトップアイドルだという。
もし、日本のトップアイドルが、日本をほったらかしにして韓国へ行って、「韓国語」の歌を歌い、韓国に媚を売るような真似をしたら、どうなるだろうか。
ネットウヨでなくても、何かヘンな感じがするのではないか。
もうこの時点で「トップアイドル」ではない、と思うだろう。
でも、韓国人から見て、韓国芸能人が日本に来て活躍することは「トップアイドル」の証明になるのだというのだ。
韓国芸能人にとって日本は、日本のプロ野球選手がアメリカ大リーグに憧れるような、そんな構図なのだ。
となると、「少女時代」や「KARA」らは、日本のイチロー並の「英雄」扱いとなり、「紅白歌合戦」に出るということは、「大リーグオールスター」に出るくらいの価値があるということなるのだろう。
まさに日本が“本場”なのだ。
それに、「紅白」にはそれだけ「権威」があるということだ。(最近の日本人はそんなに感じていませんが)
繰り返しますが、「権威」とは「歴史・文化・伝統」の上に成り立つ。
「紅白」は、長い歴史と実績が積み重ねられ、すでに(日本)文化の一つとして認識されている。
「紅白」の権威はこれによって裏付けされているのだ。


韓国芸能人にとって日本進出が一つのステイタスアップ・格上げの一つになっていることは間違いない。

そこには、隠された「日本への憧れ」や「(芸能)文化的には、韓国よりも日本の方だ」と自ら認めていることに他ならない。
アジアの音楽祭が中国で開催されるというが、彼女ら韓国POP歌手は出場を辞退したという。
中国で開かれる音楽祭よりも、日本のフジテレビのFNS音楽祭やテレ朝のミュージックステーションの特番を選ぶくらいだ。
これは、韓国芸能人が、日本を“本場”だと考えていることの証拠だ。(だから「紅白」に出してもらう、出してもらえない、といったことで大騒ぎするのだ)
裏を返せば、韓国にはこういった芸能の「権威」にあたるものがないということだろう。
経済成長でカネはあっても、アジア大会で日本より金メダルをいくら取っても、おばさん好みの韓流ドラマをいくら作っても、そこには「権威」というものがないのだ。

権威は、長い歴史と伝統と文化の上に成り立っている。
「芸能・文化に関する権威」が、韓国にはないが日本にあるということではないのか。

しつこいが繰り返す。その「権威」は歴史と伝統と文化の上に成り立つ。
福沢諭吉はこの権威を「尊皇論」の中で、ダイヤモンドと石ころの差、古木・銘木と普通の木の差に例えてこれを説明している。現代語訳1現代語訳2現代語訳3

日本はこの「文化と歴史と伝統」=「権威」を守ってきた。

その「歴史や文化や伝統」を日本帝国軍に壊されたと朝鮮人の彼らは口ぐちに云う。
だが、その権威を求めて、かつて敵と見なした国にやってくるのだ。
卑猥なダンス(ケツを向けてくるのは発情したメス猿がする行為だ)や場末のストリップのような踊りを見せるために……。


さて、長々と書いた。
結論は、日本には「文化と歴史と伝統」があり、それを昔からずっと守ってきたということ。
それがいま、「権威」となっているということだ。

中国4000年の歴史などというが、あれはウソだ。
中国は「文化大革命」で、自国の歴史と伝統と文化を自己否定し、自ら破壊した。結果的に彼らは彼ら自身で国の権威を貶めてしまった。
だから、「孔子さま」、「伝統的な古典演劇・京劇」なんてまるで長い歴史があるかのように、いまさら広言しているが、信用してはいけない。文化大革命で真っ先に攻撃対象として、徹底的に抹殺しようとしたものを、いま国の「歴史・文化・伝統」の象徴としているのだから。
そんな国に歴史・伝統を語ってほしくない。過去記事

左翼思想は「現実の秩序や伝統や歴史を否定し、これを憎悪する思想」であり、「権威」というものを破壊することを目的とする。
平成21年に出された放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会のバラエティー番組への意見書の中にこんな一文があった。
「(バラエティー番組の功績として)古い秩序や権威を笑い飛ばし,いま世の中を窮屈にしている常識や社会通念を揺さぶって,人々に新しい現実を見せ,新しい感受性に目覚めさせてきた……」
なぜ権威を笑い飛ばすことがいいことなのか、まるで分からない。(BPOがこんなことをいうくらいだから、今のテレビ番組が下品で、卑劣で、非社会的なものばかりが作られるようになる。)
むやみやたらに権威を笑い物にすれば、それは何でもありの風潮を作り出し、秩序のない世の中になる。今の日本社会を見れば分かるだろう。
「権威」を汚し、壊滅させようという社会こそ、中国で起きた「文化大革命」と同じである。

繰り返す、「権威」は「歴史・文化・伝統」の上に成り立っている。
それは、一日、二日で出来るものではない。長い時間をかけて作られていくものだ。
しかもそれは、一度壊せば、元には戻らない。
まして、他の国にはないものなのだ。
この権威に憧れ、人はここにやってくる。(韓国芸能人のように)

この権威を守ることが、日本を守ることになる。
長い歴史を誇る日本には、他にも多くの「権威」があるはずだ。
今回の「紅白歌合戦」なんて些細なこと一つ取って見ても、そこには韓国芸能人が憧れるような権威があるということだ。

そう、もっと日本を象徴する歴史・文化・伝統、権威があるではないか、ということ。
そこを守ろう。
それが、国の威信となり、日本を守るのだ。
過去記事、ここにつながります。


三島由紀夫の「文化防衛論」を極めて単純化し、ごくごく簡単に説明するとこういう風になると思う。
だから彼は、中国で文化大革命(歴史・文化・伝統・権威の破壊)が起こったとき、真っ先に反対声明を出している。
日本にこのようなことが事態が起こらないように……。

過去記事と、結局、最後の結論はここに戻ってしまう。

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