スポンサーサイト

物語を物語る

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「徒然草」と「涼宮ハルヒの憂鬱」と「三島由紀夫」

物語を物語る

いろいろなものを心のおもむくままにつなげてみましたシリーズ。

仕事帰りや移動中は、車中でラジオをよく聴く。
土曜日の夕方は、NHK第2ラジオで、古典講読「耳で聴く、徒然草に学ぶ精神世界」なるものを放送していて、これを聴いている。
最初は何気なく耳を傾けていたのだが、何回か聴いているうちにだんだん面白くなってきた。
吉田兼好の「徒然草」は、若いころに南北朝時代の資料として読んだはずだが、そのときは説教臭くって、どうも取っ付きにくいなぁ~という印象しか持てなかった。
だが、この講座を聴くうちに、「吉田さん、いいこと言うじゃない」と感心させられることしきりで、教訓めいた話も現代の処世術に通じるものがあると、思わぬ発見もあった。
もっと「徒然草」が読みたいと思って、検索してみると、これが現代語訳でネットに全文掲載されている。
徒然草 新訂ブログ版 (超現代語訳です。これはとても読みやすく、実に分かりやすい。)
この年齢になって、改めて読み返してみると、斜に構えた物の見方や、超然としたもの言いなどが、いまの私にはぴったりと肌に合うようだ。(それだけ私が年をとったということでしょう)
それに、結構、変な話や奇妙な話も多く書かれているということも分かった。
大根が救ってくれた話(六十八段)とか、豆がしゃべる話(六十九段)とか、妖怪・猫又に襲われたらと思ったら飼い犬だったといった笑い話(八十九段)、などといった奇妙な話もあれば、一七五段の酒の話などは市川海老蔵に読ませたい話だし、動物愛護のような百二十八段、ギャンブラーの極意なんていう百二十六段も、現代に合っている。
その中でも、驚いたのが第七十一段。
内容が「デジャブ」そのものなのだ。

人の名を聴くと、すぐにその人の顔が心に浮かんでくるような気がするのに、本人と実際に会って見ると、想像どおりの顔をした人はいないものだ。
遠い過去を記した物語を聞いても、現在ある人の家の、あの付近で起こった出来事だろうかと推測され、登場人物についても、現にいる実在人物になぞらえてしまうのは、人間誰もがこんなふうな心理になるものなのだろうか。
また、何かの機会に、今、人が言っていることも、我が目で見ている物も、我が心に浮かぶことも、いつだったか、過去にもあったという気がする。確かな時間は思い出せないけれど、確実に存在したという気持ちがするのは、自分だけだろうか。

(角川ソフィア文庫「徒然草」の現代語訳から引用)
スゴイですね。Wikipediaの「既視感」の項目をみると、「20世紀にフランスの超心理学者・エミール・ブワラック が……」とあるが、吉田兼好はすでに十四世紀からこんなことに気づいていたというのだ。
こうみていくと、吉田兼好は鋭い観察者だということでしょう。

さてさて、話は大きく飛ぶ。
先日、アニメ「涼宮ハルヒの消失」を見た。
いい、最高にいい。たぶんこういうのを傑作というのだと思う。
涼宮ハルヒの消失
オタク限定、オタクアニメというレッテルを貼られているが、そんなものを取っ払ってしまうほどにいい出来なのだ。

私自身は、今年の夏の「けいおん」ショックがあって以来、アニメを狂ったように見始めている。そこから、時代を遡って有名どころのアニメを見ているのだが、中でもこの「涼宮ハルヒの憂鬱」は突出していると思う。
あまりにも面白かったので、谷川流の原作も全巻読んでみた。
涼宮ハルヒの憂鬱 原作
2003年の発刊だから、7年間続いているシリーズを、私はこの数カ月でまとめて原作を読み、アニメを見たことになる。(しかも最初は、何の予備知識のない状態から始まった。)
短期間でかなり濃密な「ハルヒ体験」をしたのだ。
(そして、これをキッカケにして、ライトノベルも侮れない存在だ知り、これらにも手を伸ばすようになった。)

元々SFぽいものは好みだった私。(宮部みゆきの「蒲生邸事件」東野圭吾の「パラレルワールドラブストーリー」佐藤正午の「Y」など)
だが、これにハマった理由は別にあって、主人公「キョン」の独白・語りにあった。(細かいところをいちいち書こうと思ったのだが、それは別の機会にします。)
また、キョンは「観察者」であり、吉田兼好のような達観した視点や、斜に構えた皮肉屋的要素も十分持っている。デジャブや奇妙な体験する吉田兼好といったそんなところも似ている。
(ここで強引に、「徒然草」と「涼宮ハルヒの憂鬱」をつなげてみました。)

それにしても、キョンの「例え」は上手い。これは絶品だ。

そして、「消失」の一場面で、「徒然草」を教える先生の場面が出てきて、ちと驚いた。
涼宮ハルヒの消失 徒然草お~!

そして、またまた、話は飛ぶ。
実は、この「涼宮ハルヒの消失」については過去に触れていた。
「アニメ・マンガ」で「文化防衛論」の記事。
2月6日のこと、「涼宮ハルヒの消失」が劇場公開される日の朝に並ぶファンらを少し皮肉った感じで書き始めて、三島由紀夫の文化防衛論とアニメ・マンガを組み合わせた記事だった。
このとき、まさか自分が「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズにハマるとは思いもしなかっただろう。
こうしてみると不思議なものだ。

そして、ここで、三島と「涼宮ハルヒの憂鬱」を強引につなげてみる。
「涼宮ハルヒの消失」を見て思ったのだが、キョンって三島由紀夫の「豊饒の海」に登場する本多繁邦のようだ。彼も物語の語り手であり、観察者である。
「涼宮ハルヒの消失」のキョンがハルヒを探す様子が、私には、「豊饒の海」の本多が松枝清顕の魂を探し求める姿と重なって見えたのは、同時期に三島を読んでいたからだろうか。(特に第三巻「暁の寺」のジン・ジャンを探すところ)
また、自称宇宙人の家族が登場する「美しい星」も三島が書いたSF小説にも、一種共通するところがあるのも面白い。


追記
 最新巻「涼宮ハルヒの驚愕」が2011年5月25日に発刊されるという。
新刊を待ち遠しくなる気分になるのは久しぶりのことだ。
それはラノベであろうと関係ない。本来、本を楽しむとはこういうことなのだろう。
スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

«  | HOME |  »

カスタム検索




FC2ブログランキング


すみません…、只今コメ返しをしておりません。しかし、しっかりと読んでおります。こんなわがままなサイトですが、気が向いた方は、どうぞ書き込んでください。

FC2ブックマークに追加

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月 --日 (--)
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
物語を物語る
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2010年12月 29日 (水)
  ├ カテゴリー
  |  └ アニメ・マンガ・サブカル
  └ 「徒然草」と「涼宮ハルヒの憂鬱」と「三島由紀夫」
by AlphaWolfy

消えた二十二巻

Author:消えた二十二巻


全ての記事を表示する




このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。