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被災孤児を救うのは呑龍上人の精神

物語を物語る

良い新聞記事や考えさせられる記事はネット上に残しておきたいので、書き起こしてみた。

平成23年3月31日 読売新聞から

ままへ 岩手県宮古市の昆愛海ちゃん(4)が22日午後「ママに手紙を書く」と言い出した。親戚の家のこたつの上にノートを広げ、色鉛筆を持つ。一文字一文字、1時間近くかけて書いた。「ままへ。いきているといいね。おげんきですか」 そこまで書いて疲れたのか、すやすやと寝入った。両親と妹は11日の東日本巨大地震による津波にさらわれ、今も見つかっていない。

東日本巨大地震 災害孤児

以下、社会面本文。

「ママの帰りを待っている」 入り江を見つめる女児 父の携帯を握りしめ
「ままへ。いきているといいね。おげんきですか」
覚えたばかりの平仮名で昆愛海ちゃん(4)は母に手紙を書いた。東日本巨大地震が引き起こした大津波沿岸の街々に残された数多くの子どもたち。 被災から20日が過ぎた今も、両親との再会を信じて海を見つめる子がいる。込み上げる寂しさを吹き飛ばそうと、いつも以上に笑顔を振りまく子もいる。(立石紀和)
本州最東端の岬に近い岩手県宮古市の手鶏地区。この小さな漁村で愛海ちゃんの父親は養殖ワカメで生計を立てる漁師をしていた。
地震の日、保育園にいた時に強い揺れがあり、迎えに来た母親と自宅に戻った。入り江を望む高台の家は、震災時の避難場所となっている小学校とも隣接している。もう怖い思いはせずに済むはずだった。
だが帰宅した瞬間、巨大な津波が襲った。地元の災害対策本部によると、入り組んで狭くなった小さな湾に押し上げられ、波は30メートル以上もの高さに達したのだという。両親と2歳になる妹は引き潮にさらわれ行方不明になった。
愛海ちゃんだけ助かった。すぐに駆けつけた親類によると背負っていた通園用のリックが漁に使う網に引っかかったようだ。同地区の別の親類宅に引き取られ、道路と橋が寸断された孤立状態の地区で約4日間を過ごした。
「表情が沈んでいて、何も話さないし、言葉も忘れてしまうほど、ショックを受けたのかと……」市内の内陸部に住む祖母の根本静江さんは震災の1週間後に愛海ちゃんと会えたが、普段の元気な姿との余りの違いに不安が募った。
徐々に笑顔が戻ったものの、1階部分の室内がすべて流された自宅は今も近づくのを嫌がる。変わり果てた入り江を見下ろす時はふとつらそうな表情を見せる。
余震の心配もあり、静江さんは愛海ちゃんを自分たちの家に避難させたいと考えている。
しかし愛海ちゃんは「ママが帰ってくるまで、ここで待っている」といって聞かない。「パパから電話がかかってくるかな」同地区は現在も携帯電話が通じない。それでも電源を入れたままにしている父の銀色の携帯をぎゅっと握りしめた。

辛い話だ。いまは愛海ちゃんも幼いから、両親と妹を一気に失った「死」というものを正確には理解できないだろう。しかし、次第に大きくなるにつれ、この現実を受け入れていかなければならない。そしてこのときに負う心の傷のことを考えると、胸が締め付けられる思いになる。
だが、この子はこれからずっとこの運命に向き合っていかなければならないのだ。
神さま、幼子にこんな過酷な「宿命」を背負わせるなんて、少しひど過ぎやしませんか。
幸福に公平なんてないのか! (神田うののような人間が「幸せ」になるなんて世の中狂っている)
どうか、こういう子こそ、将来幸せになって欲しい! 

悲しいかな、私には願うことしかできないのか……。
過去記事 「娘たちに幸せあれ!」
私には小学生の娘がいるので、こんな話を聞くと身につまされます。

また、読売新聞には孤児支援の記事が載っていた。

孤児支援体制作り始まる
震災で親を亡くした孤児を支援するための体制作りも動き始めた。福島県相馬市の市立磯部中学校では全校生徒約70人のうち、少なくとも5人が父親か母親を失い、祖父母と子どもだけになったケースもある。それでも子どもたちは避難所を明るくしようと、千羽鶴を折って玄関ホールに飾ったり、友だちとはしゃいだりしているといい、松崎伯文教頭は「つらい体験を忘れようとするかのように、いつも以上に気を張って明るく振舞っている」と話す。
今後は仮設住宅などへの入居が始まる。松崎教頭は「友だちとバラバラになった時に、将来への不安も募るのではないか。専門家によるカウンセリングや経済的な支援も必要になってくるはずと訴える。被災地では孤児受け入れの場として寄宿舎型の学校の建設を求める声も上がる。
文部科学省の笠浩史政務官は記者会見で「幼稚園の段階から衣食住も提供する学校の建設が必要になる」と述べた。省内では自宅通学が困難となる僻地校に対し、国の補助(2分の1)で寄宿舎を建設できる制度の運用などの案が浮上しているという。
一方、「あしなが育英会」(東京)では、今回の地震で親を失った子どもの関係者から問い合わせがきているといい、心のケアを行う拠点施設も被災地に設けて、長期的なサポートを行う方針だ。小河光治理事は「大人になるまで彼らの人生を支えるには、多くの方の支援が必要になる」と話している。

被災孤児数百人か
東日本巨大地震で親を失った児童生徒は1995年の阪神大震災の68人を大きく上回る見通しとなっている。厚生労働省などによると、阪神大震災が早朝に発生したのに対し、平日の日中に発生した今回の地震では多くの児童生徒が下校前で学校ぐるみで避難して助かった例が多く「震災孤児」は数百人単位にのぼるとみられる。ただ震災後も混乱の続く被災地の自治体からの聞き取りは難航しており、厚労省は被災地以外の自治体から専門職員を募って現地に派遣し、実態把握を急いでいる。
阪神大震災では身寄りを失った児童生徒の大半が親類や知人に引き取られた。

やはり、ここは呑龍上人の精神が必要です。
子どもを救うのは大人にしかできないのだから……。
詳しくは過去記事「昨今の幼児・児童虐待事件」と「求められる呑龍の精神」で。
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