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物語を物語る

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ブルーノ・タウトの言葉を信じれば、東日本大震災からの復興は成し遂げられる。

物語を物語る

ブルーノ・タウトの「ニッポン ヨーロッパ人の眼で観た」(篠田英雄訳 春秋社)を読んだ。
そこに「大震災」について書かれていたのもがあったので引用してみました。
ちなみにこれは78年前の1933年(昭和8年)に書かれたものであるから、ここでいう震災とは「関東大震災」のことである。 

ところで私は、宮城(きゅうじょう・皇居のこと)の西方に亙ってあたる広い地域が、南北に亙って震災の厄をほとんど免れていることを実際に見たし、また地図や写真によっても知った。しかし私は、新しい都市計画をこの方向に発展させ、これによって宮城から東京湾にいたる地域の軟弱な地盤に多数の人口を集注する危険を避けようとする試みだけでも示しているような計画のあるのを知らない。依然としてかかる地域に置くことが是非とも必要な施設、例えば倉庫や貨物停車場等のある埠頭ごときは、他の場所に移すわけにはいかなっただろう。しかし現代の高速な交通機関は、業務区域や広い住宅区域を港に近接させねばならない必要を解消する、実際にも他の港湾都市――例えばマルセーユとか部分的ではあるがロッテルダムなどでは、もう疾うにこのような方法を捨てて用いないのである。他の点では受容力の豊かな日本人の近代的感覚が、かかる重要な事柄を等閑に付しているとすれば、まことに千秋の恨事と言わねばならない。

訳文なので分かりにくい。要約してみれば、「関東大震災後の復興を観たが、地盤の弱い地域に住宅地が密集しているのは危険である。人が住む場所は高台へ、港湾業務に関するものは海の近くにと分けるべきだ。例はマルセイーユとかロッテルダムにあるぞ。日本人は外国の良い点は受け入れているのに、こういう危機管理に対しては実にいい加減だ。これがのちのち災いとならなければいいが…」といったところだろう。大災害に対する日本人のおざなりな態度を危機視しているのだ。東日本大震災の津波被害を見たあとにこういうものを読むとすこしゾッとする。
大丈夫なのか、東京湾周辺。

だが、タウトは大震災の後に復興した日本を褒めている。

1923年の大震災後に成就されられた東京の復興は、無条件に賞賛されてよい。この未曽有の惨禍とかかる広大な地域に住む人達が耐えなければならなかった想像だに及ばぬ恐ろしい苦悩とがいかなるものであったかは、東京本所の復興記念館を観れば分明である。東京は、10年後の今日すでに立派な道路を構築し、また復興の業を挙げて、震災の影響はもはや直接に認めることはできないくらいである。まことにこれは日本人の実行力と組織の才能とが成就した賛嘆すべき業績と言わねばならない。当時即ち1923年の秋ドイツでは、東京がこれほど恐ろしい経験をしたのち再び同じ地域に建設せられるかどうかについて非常な関心を払っていた。私は今この国の生活と慣習、神道とこれに関連している土地への愛着とを深く識るに及んで、その然る所以を了解したのである。

東日本巨大地震を経験した日本が、10年後に再びこう言われるようになりたいものです。私は単純なのでこういう文章を読むと、なんか元気づけられます。
そして、いま日本では、あちこちで「がんばろう日本」「ひとつになろう日本」「つながろう日本」といったスローガンの下で、日本人の団結心を呼び掛けています。ただこうして一気に日本全体が「右」に針が振れてしまうのが驚きだった。こんなことは常日ごろ保守派がいつも言ってたことだろうが。
またこれに対して、当然のように、こういう傾向を嫌う人々もいるようで、「同調圧力」「イエ・ムラ・クニの押しつけ」「島国根性」「閉鎖的」「一致団結は軍国主義」「募金が強制されているようで怖い」なんてつぶやいている人々も多くいる。だが、彼らは卑怯なので、世の中がこういう状況のときは大きな声を上げない。サッカーワールドカップやオリンピックの日の丸・君が代のように国が一つになって盛り上がっているときはなりを潜め、熱が引いたときに湧き出てくる。(「プチナショナリズム」なんて揶揄する香山リカのような奴 過去記事「「がんばれ日本!」 こんな時代だからこそ、日の丸をふって応援しよう!)
また「自粛ムードは経済によくない」ということをきちんと理論立て論じる人々の中に混じって、こんなサヨクが紛れ込んでいることも見逃してはならない。
とにもかくにも今日本に必要なのは、この国難に立ち向かうために、国・自治体・家族・社会が日本人がまとまらなければならないということだろう。
佐藤優「日本国家の神髄」(産経新聞社)から

現在、日本人の同胞意識が稀薄になり、その結果、日本社会が弱体化している。社会のない国家は考えられない。社会が弱体化すれば、国家は弱くなる。逆に社会が強くなれば、国家も強化される。それではどうすれば社会は強化されるのであろうか。個人を強化することによってだろうか。断じてそうではない。個人を強化しても、アトム(原子)的な個体が強くなり、他の個体に対して競争で勝利するというような構えならば、いくら個体を強化して、社会は強くならない。社会が強くならないならば、国家も強くならない。
従って、基点は社会に置かれるべきである。アトム的な個人ではなく、共同体意識をもった、自己の能力を自分のためだけでなく、他者のために用いるという気構えがある個人を強化するのである。社会的意識から出発する必要がある。

こういうことを言うと早速「軍靴の足音」が聞こえて背筋の寒くなる人々がいる。
(思想的に全く正反対の池田信夫が佐藤優の震災の記事に噛みついていたのが印象的だった。もっと批判的だったものが書かれていたはずだが削除したのかな)
そして、2011年4月5日付け朝日新聞にこんな記事が。http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201104050161.html

「自粛」「不謹慎」同調圧力に警鐘 識者ら 
歴史的な災厄に直面する日本社会に今、「正しさ」を錦の御旗に掲げた同調圧力が働き始めてはいないか。識者たちから、そのような懸念が聞こえ始めている。オールジャパン的な体制が必要視される状況にあって、「団結」の内実を問おうとする視点だ。
「私は『自粛』『不謹慎』反対運動を立ち上げることにしよう」。ジャーナリストの佐々木俊尚は週刊ポスト4月1日号に、そう記した。
 ある音楽公演に「不謹慎だ」「節電しろ」と批判が相次いだことを紹介。「節電は必要だが、我々は普通に経済活動をし、日常生活を送ればいいのだ」と述べたうえで、こう警鐘を鳴らした。「『人がつながって一致団結する』ということと、『圧力をかける空気をつくりだす』という行為は表裏一体で、容易にダークサイドに転ぶ」
 フランス現代思想が専門の内田樹も同誌で、「『この非常時に、そんなふるまいが許されるか』という恫喝(どうかつ)から『非国民』という名指しまではわずかの距離しかない」と述べた。
 作家の高橋源一郎は3月下旬、ツイッターで「祝辞 『正しさ』について」と題する連続ツイートをした(http://togetter.com/li/114133)。
 震災を前に「なにかをしなければならないのだけれど、なにをしていいのかわからない」と訴える学生に、「『正しさ』への同調圧力」に押しつぶされないように、と助言する。悲劇を前に連帯や希望を語ることは「正しい」。しかし「社会の全員が同じ感情を共有しているわけでは」ないのだよ、と。

まあいろんな思想があってもいいのですが……、さすが朝日新聞ですね。期待を裏切りませんね。(失笑)
それにしても「家族、社会、共同体が個人を縛るもの」としか考えられない行き過ぎた個人主義者は、こういう困難な時期でも「個」を主張するのか。
過去記事 マイケル・サンデルか池田信夫か、どちらが正しいのか? 大震災のときだけコミュニティーの大切さを問うのでは意味がない。 でも書きましたが、こういう人々は災害にあっても助ける必要はないでしょう。

では、再びタウトの一文を。

従って私はまた、日本がその運命を決定するような大問題を遂に解決するであろうことも確く(かたく)信じて疑わない。その時こそ近代文化と近代芸術との新たな興隆が≪ニッポン≫から発現するであろう。日本は、建国このかた独自の独創的文化を、外国の妨害をうけることなく今日にいたるまで独立に発展せしめ得た国土である。日本は数世紀に亙りしばしば外国の影響を同化摂取して日本的なものとし、やがてそのなかから本来の日本的なものを産み出した。
今日の日本もまたこれと同様の課題に直面している。しかもすぐれた伝統の重厚な力と囚われぬ眼で新しいものを観得する溌剌たる弾力をもって、この課題に立ち向かっているのである。
往昔、日本は数世紀に亙ってシナの影響を同化し克服した。≪ニッポン≫がこのすぐれた業績に基づいて世界に寄与したところは実に多大である。しかし今日この国が解決せねばならぬ課題は、それよりも一層困難であるように思われる。近代技術の一様的影響は、ややもすれば世界全体を退屈なものにしようとする。だが日本は、かかる影響をも摂取して日本的なものに改容し日本文化の血肉に化すであろう。そしてそのとき日本は、再び世界に新しい大きな富を贈るのである。

75年前に書かれた文章であるが、現代にも通じるだろう。ブルーノ・タウトは、この日本人の強さは独自の文化と伝統を守ってきたからこそ培わされたものだ、と断言している。
この後に日本には多くの苦難を迎えた。第二次大戦と戦後の混乱、オイルショックにバブル崩壊といった経済危機、阪神大震災に数々の震災、その度に日本人はこれを乗り越えてきた。
そして今回の東日本巨大地震。
タウトの言葉を信じればこれだってきっと乗り越えられるはずだ。
本当に大切なのは、何かさえ見失わなければ……。
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