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物語を物語る

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日本人がギリギリまで行ったその先にあるものは、「皇室・天皇」だ。

物語を物語る

過去記事「握手の時に両ひざを折って敬意を示すことを「カーテシー」というそうだ。」からの続き。
まず、平成23年3月27日 読売新聞 皇室ダイアリーから

天皇陛下が東日本巨大地震の被災地を励まされた16日のビデオメッセージでお見舞いの電報が紹介されていた。
「各国の元首からの相次いでお見舞いの電報が届き、多くの各国国民の気持ちが被災地と共にあるとの言葉が添えられていました」
モンゴル、英国、コソボ、カタール、アフガニスタン……。その数は発生から1週間で70通を超えている。
独裁政権が倒れて間もないチュニジアの暫定大統領やエジプトの軍最高評議会議長からのものもある。電子メールの時代でも、電報は各国元首との交際で重要な役割を担い、年に約500通が交換されている。陛下から記念日の祝電や弔電、お見舞い電などが送られ、両陛下の誕生日の祝電などが寄せられる。陛下は丁寧に目を通し、答電を出されるという。16日のメッセージ、陛下には「大災害に際して人々の心の支えになれば」という思いがあり、未曾有の被害にテレビで呼び掛ける例のない方法を選ばれた。
収録は放送の1時間半前。「緊急ニュースが発生した時はそちらを優先して」。意向を念押しした上での放送だった。陛下も電報がうれしかったから「これをお伝えします」と紹介されたのだろう。陛下のぬくもりと共に、各国への気遣いが伝わった。(井上茂男)

そして紙面では、英国のエリザベス女王と両陛下が並んでおられる写真が使われ、「女王からのお見舞いの電報が寄せられた。」と一文添えられている。
大震災のときにあっても、皇室外交がいかに重要な役割をしているかがよく分かる。
その一方で、政府の対応はずさんなものだった。

首相の感謝広告にも批判 限定的に7紙のみで
2011.4.14
菅直人首相名で11日付の外国紙に掲載した「感謝広告」にも批判が出ている。掲載したのは、国際英字紙インターナショナル・ヘラルド・トリビューンと米英仏中韓露の1紙ずつの計7紙。ドイツやイタリア、台湾、インドなど震災への支援を表明した134カ国・地域の大半に広告を掲載することができていない。
ネックになっているのは広告予算。松本氏は衆院外務委で「復興にお金を振り向ける中で、ギリギリの範囲で予算の枠を設けた」と述べた。だが、広告の掲載がなかった在外公館からは「『日本に感謝されていない』との誤ったメッセージを与える」との不満が漏れている。

とある。こんなことを続けていけば、国際関係上、日本という国は全く信用がなくなってしまうだろう。
しかし、それでもなお諸外国が日本を丁重に扱ってくれるのは、この国には他に例を見ない「権威」があるからではないのか。何度も言うが、日本は20年で14人、ここ5年で6人も首相がコロコロ変わる国だ、だれがこんな国を認めてくれるだろうか。(過去記事参照してください)
乱暴な例えで恐縮するが、「日本には何かとてつもないラスボスがいる」と海外の人々はそう感知しているのではないかと思えてならない。
そしてこんな記事も見た。3月31日付け 産経新聞から。

米大統領が天皇陛下に親書 大震災受け「深い同情」

 在日米大使館は31日、東日本大震災を受け、オバマ米大統領が天皇陛下にお見舞いの親書を送ったことを明らかにした。 親書は3月24日付。大統領は日本の被災者らに対し「深い同情の念」を示すとともに、危機に際して日本国民が見せている「勇気、強さ、決意」を称賛した。
 さらに、米国は日本が必要とする「あらゆる支援」を提供しているとし、日本の復興に向け「米国は友人、パートナー、同盟国として確固たる支援を行う」と表明した。(共同)

あまり大きく取り上げられていませんが、この「親書」の意味は重大だ。アメリカ大統領の公式声明が、天皇陛下に届くということの意味をよく考えなければならない。決してこれは総理大臣宛でもなければ、日本政府宛に届けられているものではない。上記にあるように諸外国は、「お見舞い」のメッセージを天皇陛下に送る。皇室にその言葉を伝えれば、それが政府に、国民に伝わると思っているからだ。日本の中心はどこにあるのか、元首は誰なのか、ということを諸外国の方々の方がよく認識しているということに他ならないのではないのか。
しかし、こういった諸外国からのメッセージは正しく伝わってこない。それはなぜか。マスコミが「皇室」を軽視しているからである。天皇陛下の東日本大震災の被災者や国民に向けたビデオメッセージでさえズタズタにカットしてしまうほどだから、他は推して知るべしであろう。(それでいて、韓国ドラマはしっかりと放送するとはどういうことだ。)

そしてこんな記事があった。http://www.j-cast.com/tv/2011/04/25094070.htmlから。

森圭介アナが「東日本大震災に関する動きをまとめてお伝えします」と先週末にあった3つの話題を3番手でさらりと取り上げた。
「東電社長の初の被災地謝罪」「天皇、皇后両陛下の被災地ご訪問」、そして「ディズニーキャラクターの避難所慰問」。このラインアップにコメンテーターの勝谷誠彦(エッセイスト)がかみついた。
(中略)
続いて取り上げたのが、天皇、皇后両陛下が北茨城市の被災地をご訪問した様子。両陛下も膝をおつきになった状態で被災者を激励されていた。
最後はミッキーマウスなどディズニーキャラクターたちが、宮城県の避難所7か所を回って子供たちにダンスを披露した話題。
3つのVTRを見終わった司会の加藤浩次が口を開いたのが、「ディズニーシーは今年で10周年なんだね~」。それにカチンときたのか、勝谷誠彦が憮然たる面持ちで怒り出した。
「両陛下のご訪問とネズミがどっかに行っているという話を同列に報じるのはいかがなものかと思う」
隣の杉山愛(テニスプレーヤー)は笑いを抑えるのに苦労していたが、担当した森は「被災者の笑顔が見られたという部分で取りあげました」と苦しい対応だった。

勝谷誠彦が怒るのはもっともだ。ミッキーマウスと皇室を同等に扱うテレビはほんとにおかしい。これも何度も言うが、ディズニーランドってそんなに日本に必要なものなのか?
過去記事 いま日本に必要なのは「ディズニーランド」でも「パンダ」でもない。「祭り」や「年中行事」「花見」こそいま行われるべきなのだ!
日本人及び、日本のメディアの皇室への軽々しい扱いは何であろうか。どうもこの辺のことが不可解でならない。
この軽薄さは、あちこちで見られるが、中でも、最悪だったのは、『週刊現代』4月23日号の中の、佐野眞一と原武史の対談だった。「見えてきたこの国の本性」というお題目で的外れな皇室非難をしています。
本文を抜粋したものをネットで拾ってみました。

「もともと宮中祭祀は新嘗祭をみてもわかるように、日本が農業国家であることを前提としていたわけです。それが戦後の高度成長とともに祭祀の中身が実態を伴わなくなってしまった」
「近代天皇制にとって最も手ごわかったのは、地域とか共同体なんじゃないかということなんです。(中略)今回、地方で発生した歴史的な大惨事に対して、天皇の祈りは届いてない気がする。なぜかというと、近代天皇制というのは都市型だったからです」
「近代天皇制にとって最も手ごわかったのは、地域とか共同体なんじゃないかということなんです。(中略)今回、地方で発生した歴史的な大惨事に対して、天皇の祈りは届いてない気がする。なぜかというと、近代天皇制というのは都市型だったからです」

 これはヒドイ。「天皇の祈りは届いてない」って、あんたらバカか? 
「祈り」ってそういうものじゃないだろうが。
天皇陛下 被災地ご訪問 被災地をご訪問され、被害に遭われた人々に「祈り」を捧げる両陛下。この一枚の画像で十分、説明は省く。

しかも佐野眞一と原武史は、大震災とからめて「天皇制」を否定するという悪どい論法を使っていて、読んでいて腹立だしくなってきた。
これで、一水会のサイトがえらく怒ってました(http://ameblo.jp/issuikai/entry-10865488662.html)が、これは右翼でなくても、呆れてしまうほど、トンチンカンな対談だった。
だいたいこういう農本主義云々で皇室を語るなんていうのが古すぎる。農業から立脚した皇室だというのなら、現代において「天皇」という存在はとっくになくなっているはずじゃないだろうが。いまだにこんな論法を振り回す人が大学教授や論壇を仕切る知識人だというのだから、どうにもならない。

ここで、40年も前に、こんな論説に反論しているものを引用しておくことにしましょう。
それこそ、三島由紀夫です。
(福田恆存との対談「文武両道と死の哲学」から。文春文庫「若きサムライのために」や三島由紀夫全集にあり)

……つまりいままでの既成右翼の考えでは、農本主義が崩れたら、天皇は危ういですよ。自分が農本主義へ帰って行くことによって天皇に達する、というのはだれでも考えるんですよ。ところが、農地改革が起こったら後の日本は、昔の日本じゃないです。天皇を支える土地制度というのはないんです。天皇を支える社会制度もなければ、経済制度もなければ何もないんです。
そこで、天皇は何ぞや、ということになるんです。ぼくは、工業化はよろしい。都市化、近代化はよろしい、その点はあくまでも現実主義です。しかし、日本人は満足しているかというと、どこかフラストレイトしているものがある。その根本が天皇に達する、という考えなんです。ですから、この一つ一つの線を考えますと、つまり既成右翼的な天皇制というのは、線の一番はじのところにあるんです。ぼくは、その線が近代化、都市化、工業化に向ってドンドン進んでいる、いいよ、いいよ、ドンドンおやり、ゴーゴーも踊るがいい、テレビも見るがいい、君らがもう自分の家でかもどを使いながら電子レンジを使うがいい。そうして日本人を進ませる。
しかし、ドン尻のところまでいつか引き返してくるだろう、というのが天皇制です。天皇はあらゆる近代化、あらゆる工業化によるフラストレイションの最後の救世主として、そこにいなけりゃならない。それをいまから準備していなければならない。日本の農業は将来、昭和50年ごろは、東海道線ラインに人口の8割が来ちゃうかもしれない。そうすると、農村というものは意味をなさなくなる。その場合でも、天皇は一番極限にいるべきだ、という考えなんですよ。ですから、近代化の過程のずっと向こうに天皇があるという考えですよ。
その場合には、つまり天皇というのは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの、一番反極のところにあるべきだ。そういう意味で、天皇は尊いんだから、天皇が自由を縛られてもしかたがない。その根元にあるものは、とにかく「お祭」だ、ということです。天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭――それだけだ。これがぼくの天皇論の概略です。


三島の予言めいた発言はことごとく当たっているし、これから日本が腑抜けで堕落した経済国家になるというのも当たっていた。
過去記事 「守るべきは日本文化! サブカル好きもポップカルチャー好きも、神社に集う歴女もアニオタも、みんな三島由紀夫が命に代えて主張したことを聴け!」

それだからこそ、日本人にとって必要なのは、日本文化の象徴となる天皇だ、と説いている。ここでいう「お祭」とは儀式、祭礼であり、これは鎮魂、慰霊に通ずるから、今まさに「祭り」が必要なのだ。(ディズニーランドやパンダじゃない)

そしてもう一つ。石原慎太郎と三島由紀夫の対談「守るべきものの価値」から。(石原慎太郎著「三島由紀夫の日蝕」新潮社から。これも全集に収録されている)

石原  三島さんのように天皇を座標軸として持っている日本人というのは、ラフな言い方だけれども、とても少なくなってきちゃったんじゃないかしら。
三島  君、そう思っているだろう。だけどこれから近代化がどんどん進んでポスト・インダストリアリゼーションの時代がくると、最終的にそこへ戻ってくるよ。
(中略)明治維新にはそんなことを考えたんだ。たとえば伊藤博文も外国へ行く船の中で、共和制にしようかって本気で考えたんだ。ところが日本に帰ってきてまた考え直したんだね。竹内好なんか君と違って、もっとずっと先を見てるよ。コンピューター時代の天皇制というのはあるだろう、それが恐ろしいっていう。ポスト・インダストリゼーションのときに、日本というものも本性を露呈するんじゃなかろうか。いまは全く西洋と同じ均一化していますね。だけどこいつを十分取り入れ、取り入れ、ぎりぎりまで取り入れていった先に、日本に何が残っているかという天皇が出てくる。それを竹内好は非常におそれているんですよ。非常に洞察力があると思いますね。
石原  それはそうじゃあないな。竹内好のなかに前世代的心情と風土があるだけです。
三島  その風土が天皇なんだよ。
石原  それが変わってきているんだな。
三島 ぼくは変わってきているとは思わない。僕は日本人ってそんなに変わるとは思わない。

と、この後も日本文化と天皇についての激論がありますし、ここだけ引いても分かりにくいかもしれません。
しかし、ネット社会(コンピューター社会)においても、「天皇制」「皇室」の価値は重要になるという点が非常に面白い主張であります。(こういうことって、本物の左翼の方が天皇の重要性を知っているからなお面白い)

グローバル化になって国境や国家はあいまいとなってくるが、逆に民族意識は高まる。その時になって、好むと好まざるに関わらず、日本人にとって「皇室」「天皇」という特別な価値に気付くのではないか、そう思う。

と、ここでその説明といきたいが、これまた面倒なので、また後の機会に。
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