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物語を物語る

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新田義貞を好人物に描いた桜田晋也さんが死去。

物語を物語る

平成23年5月10日の新聞を見ていたら、おくやみの欄に「歴史小説作家の桜田晋也氏死去」の記事が小さく出ていた。
桜田氏の本はいくつか読んだ。「叛将明智光秀」は上中下巻の大作で中々良かった。(図書館に大概置いてある)
さてその中でも、当サイト的にはこれでしょうか。
桜田晋也 「足利高氏」足利高氏」上下巻(角川文庫)
主人公は足利尊氏(この本では「尊氏」を「高氏」と作意的にしています)としていますが、面白いことに尊氏を悪役として描いているため、新田義貞が非常に好意的に描かれています。

作中から

「新田は手強い戦をいたすものよのう……」(高氏が)人に聞かれぬような小声で直義に言った。直義は一瞬はっとした様子でちらりと兄の表情を見やったが、
「正直申して、まともに一騎討ちをいたして勝てる軍勢ではござりますまい。憎き敵なれど見事と申すほかはなきことと存じまする」
“恐らく、元弘の変の折の鎌倉攻めも、このような義貞なればこそ成し得たものでござりましょう”と言いたい気持ちを抑えて直義は口をつぐんだ。そこまで言えば、兄高氏の立つ瀬がなくなろう。

とこんな感じで義貞の戦上手や性格の良さを連綿と書き綴っていて、それと比較するような形で足利高氏(尊氏)を悪く書いています。
これが、新田氏ファンにはたまりません。
しかも、この小説が新田義貞の死で終わっているため、ある意味「義貞」が主人公であるかのようになっています。
これは山岡荘八の「新太平記」や嶋津義忠「楠木正成と足利尊氏」(PHP文庫)もそうですが、義貞の死によって物語を締めることは多く、ここが時代の一区切りになっているのです。
過去記事
この時代の山場を「湊川の戦い」や「楠木正成の死」を持ってくる作家は多い。まあこれは仕方のないことでしょう。だがこれをもって、まるで足利氏のライバルが楠木正成であるかのように描くのは、大きな間違いだ。
それを通説のごとく書き連ねる有名作家や著名歴史家がたくさんいる。これはやっかいなことだ。
足利氏にとっての真の敵・ライバル関係にあるのは新田氏のみであるということがまるで分かっていないのだ。これの説明は面倒なので後日にする。(一例だけ挙げておく。「義貞の死」をもってはじめて尊氏が将軍職受け幕府を開くことになる。この意味を考えれば分かる。)

さて話を戻して、桜田晋也「足利高氏」から少し引いてましょう。
新田義貞と勾当内侍との会話から、故郷新田荘を語る部分です。

義貞はしみじみとした表情になり、
「さよう……里の近くを渡良瀬、利根の二つの大河が流れ、はるか三方を険しい山々に囲まれた大地でござる。冬は寒いが、都のごとくに雪は降らず冷えたき北風が野面を駈けめぐりまする。都に較ぶるならば何もなき片田舎なれども、都に決して負けぬものが二つござりまする」
「はて、何でござりましょう?」
「一つは夕焼けの美しさでござる。秋から冬にかけてのよく晴れた日の夕べには、西の空一面がまるで紅蓮の炎に包まれたがごとく朱に染まりまする。かような雄々しい夕焼けは都でも恐らく見られますまい……」
義貞はそう言って、縁台に立つと、すでにとっぷりと暮れかけた西の空をじっと見上げた。微かな残照のなか、あざやかな金色の宵の明星が輝いている。
内侍は夫のそのような後ろ姿を見つめながら、ともすると鬼将軍にように世間では噂されているこのお方は、少年のように無垢な魂の持ち主かも知れないと思うのであった。
やや間があって義貞は肩越しに気持ちだけ振り返りながら、
「今一つの我らが新田郷の誇りは、たとえいかなることに立ちいたろうとも、決して約束事をたがえず人を裏切らぬことでござる」
「すばらしきことでござりまする」と内侍は感慨深げに言うと、
「お聞かせ下さいませ。お館様は新田の地でいかようにお暮らしあそばされておいででしたのか」
「さよう、わが館は反町と申すところにござった。四囲には濠が回らされ、館近くには金山と申す小高い山がござる。暮らし向きと申しても別段、並の東(あずま)の武士たちとさして変わりはござらなんだ。ただ、時には百姓の訴え事を聞き、あるいは一族一門の諍い事を取り持つことなどをいたしておっただけのこと……。
反町館の北方には、笠懸野と申して、一面に葦の生い茂った、さよう、都で申さば右近の馬場などの平地がござった。鎮守の杜の祭礼の際や、正月などに笠懸の射礼を行のう所でござるが、幼き日より毎朝、家の子郎党達とともに馬で駆け回るのが慣わしでござった。
ほかにはこれと申して坂東武者と異なるところはござらなんだ。旱(ひでり)とあれば郎党を率いて渡良瀬川に水を引き、寒い年で凶作ならば、鍬や鋤を握って皸(あかぎれ)をつくりもいたしたというだけのこと……」
「まあ皸を! おお痛」内侍が本当に痛そうな顔を見せると、義貞は微笑んで内侍のところに戻り、両手をそろえて開いて見せた。
「上(じょうろう)のそなたにはお分かりにはなるまいが、古くから坂東武者の生業とはさようなものを申したのでござる。わが手をごらんじあれ。ここ数年は鍬こそ握らぬが、ほうれかように、鍬だこが数多あるのがお分かりであろう」
内侍はそのしなやかな白い指でまるで腫れ物にでも触るように恐る恐る義貞の掌のたこに触った。その可憐なしぐさを見て、義貞は思わず内侍の手をしっかりと握る。内侍は心持ち抗うたものの、目を閉じて夫の広い胸に顔をうずめる。
長い漆黒の黒髪が花のように乱れた。
「離しはいたさぬ! この義貞が命にかえてもそなたを離しはいたさぬぞ!」

と、この後も続きます。ラブコメかっていうくらい甘~い描写ですが、太平記の時代では唯一のロマンス場面なので、どうしてもこんな感じになるようです。吉川英治「私本太平記」の義貞と内侍の場面も、読んでいるこっちが照れてしまうほどの甘い場面になっていた。
ただ私としては、荒武者・東戎としての義貞とは全く違う少年のようなロマンチックな部分も持っている、このギャップが大好きなんです。(桂小五郎と幾松の関係にも似てますよね)
ここを押せば歴女にウケるかもしれない。

また本文中に出てきた地名、笠懸野の説明は過去記事で 新田一族に関連した地名・「笠懸」が消えたのは、いまさらだが口惜しい。
反町館とはいまの反町薬師のことで、こちらはWikipediaの説明で。
反町薬師 濠反町薬師 濠
反町薬師 1反町薬師の本堂

ほかに桜田晋也さんの本を検索してみたら、太田図書館ほか各所に「南北朝の名将 新田義貞」という本があるらしい。
これはあとでチェックしてみます。
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