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日光の関係者は木戸孝允を、歌舞伎関係者は井上馨に、少しは感謝した方がいいじゃない。

物語を物語る

松尾正人「幕末維新の個性8 木戸孝允」(吉川弘文館)から。
木戸孝允

日光の旧観保存
東北巡幸中の木戸孝允は、日光に着いた明治9年(1876年)6月6日、満願寺三仏堂の保存を訴える町民の嘆願をうけた。木戸は翌日、天皇に供奉して東照宮神殿や宝物を見学。「堂宇は実に本邦無類の壮観なり」との感慨を抱いている。
この日光山につては、明治四年正月以降に日光県のもとでいわゆる神仏分離が進められていた。「二荒山神社と東照宮の自立をはかり、従来の二十六院と八十坊からなる日光山満願寺の縮小を命じていたのである。四年三月までに宝物・画像や勅願などの区分が断行された(拙稿「府県創設期の宗教問題」)。そして七年三月には、満願寺堂搭の排除・移転を求める二荒山神社、本地堂を説教用に据え置こうとする東照宮、三仏堂を取り壊した売却代金で本地堂などの移転を行おうとする満願寺との間で対立を生じている。結果は、本地堂を据え置くこと、その代りに三仏堂を縮小して満願寺に移転することが決まった。それに対しても町民から現状のままの三仏堂保存の訴えが噴出し、木戸への嘆願になったのであった。
日光町民は、三仏堂の縮小移転などによって、それが日光全体の衰退につながることを危惧した。木戸は、この町民の訴えに共鳴し、六月九日には京都府権知事槙村正直に宛て、「神祇官一時暴論の余波」が日光県内に残って神仏分離が強行され、町民の「嘆願も不一形」と書いている。木戸は日光の建物が極めて壮観で、「今後容易に可出来もにに有之間敷」とし、「後代の歴史」について保存いたしたいとの思いを強めた。その上で、日光の景観を失っては、その地の「不繁盛にも相成」と町民の嘆願に思いを寄せている。大久保内務卿が日光県の方針を追認していたことに対しては、内務大丞品川弥二郎に三仏堂取り壊しの中止に尽力するように求めた(「木戸孝允文書」七)。
そして木戸は、帰京後も尽力を重ね、七月三十日には、三仏堂を旧観のままに満願寺へ移遷することとし、保存費として御手許金三〇〇〇円の下賜がうけられるようにした。木戸は七月三十日、日光の三仏堂をこわして満願寺へ移し、縮小建築することに対しては、「人民云々苦情」があって種々尽力し、「其儘満願寺へ移す決せり」と記した。八月十日には、木戸自身が鍋島幹日光県令を呼び、「三仏堂旧観のままを不変」に移転することで、下賜金を手渡している。ついで、同年十二月には満願寺が東照宮内の護摩堂と輪蔵の据え置きを願い出て、栃木県から認められた。十二年七月には三仏堂が旧観のままに移築されて満願寺の本堂となり、日光の壮観が、日光町民の願いをうけて維持されることになったのである。


日光三仏堂日光・輪王寺三仏堂(画像は輪王寺ホームページから)
日光の町及び寺を救ったのが木戸孝允だったとは知らなかった。
となれば、木戸孝允がいなかったら、日光の社寺が世界遺産に選ばれることもなかったのではないだろうか。

明治維新の偉人たちがエライのは、外国のものを積極的に取り入れつつも、こういった日本の文化や建造物を守ったところにある。
当サイトでは何度も登場している井上馨だが、彼もまた日本文化の保護に務めた。「歌舞伎」や「茶の湯」が今の地位を保っているのは、彼の功績が大きいというのは、過去記事で紹介しています。
日本芸能にも大きく貢献した井上馨。 その他エピソードなど。
「市川団十郎」と「三島由紀夫」と「井上馨」
など。
市川海老蔵が「俺はのちに人間国宝になる」なんて大きな顔をして酒を呑めるのも、井上馨がいたからだ。彼がいなかったら、歌舞伎は江戸時代に流行った演劇の一つくらいの位置付けしかなされなかったはずだからだ。
だがしかし、歌舞伎関係者が井上馨に感謝の意を示したなんてことも、顕彰しようなんて話も、いまだかつて聞いたことがない。
また、日光の社寺や日光の町が、大恩人である木戸孝允に対して、賞辞・賞賛の言葉を贈ったり、銅像や記念碑でも建てようなんて話も、これまた一度も耳にしたことがない。
……。
ちょっと冷た過ぎやしませんか?
これじゃ忘恩と言われかねないよ……。

追記  最近、幕末・維新の本ばかり読んでいる。
中でも木戸孝允・桂小五郎に惚れてしまいました。暇があったら木戸孝允・桂小五郎のカッコイイところを引いていきます。
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