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塔の話 その1 「東京スカイツリー」と「東京タワー」

物語を物語る

東京スカイツリーの開業が2012年5月に近づいてきた。これまでは外観のみで、どこからの眺めがいいとかや、建築の様子とか作業員の苦労話とかいった周辺の話が報道されていたが、それがだんだんと内部の様子や展望台や料金といった具体的なものが取り上げられるようになってきました。
実は、私も昨年の10月に見に行きました。そのときは、まだ隣のビルよりも低かった。
建設中の東京スカイツリー
それがいまは完成して634mに達した。
東京スカイツリー 634m
おっ~、高いですね。

でも、ある人がこんなことを言った。
「なんか、棒が立っているみたいで面白みがない。何か東京タワーの方が親しみがあるんだよね」と。
そして、関西系の芸人は「わてらには通天閣があるねん。通天閣の方がカッコいいねん」と。
……。
よくある、「昔(のモノ)はよかった、新しいものはダメ」といった回顧主義で言っているのかもしれない。
でも何か否定できない。この気持ち分かるような気もするのだ。ここには、単純なノスタルジックな思いや昔のものに好意を寄せるといった感情だけではないように感じるからだ。
東京タワー
改めて東京タワーを見てみる。たしかに東京タワーは姿形がいいのだ。
通天閣やエッフェル塔もそうだが、そう、ここに「安定感」を感じてしまう。
そこに何かしらの好感を得る何かがあるのだろう。

そこで、梅原猛の「」(集英社)の本からそんなようなことを言っている部分を引用してみました。
梅原猛 「塔」

薬師寺の塔
薬師寺を見ると、私は日本を感じる。優美、安定、繊細、流麗、この塔ほど、多くの人に感嘆された塔はない。おそらく、この塔は金堂の本尊、薬師三尊ととに、日本文化を代表するすぐれた芸術品であろう。ある人は凍れる音楽とそれをよび、ある人は動と静との不思議な調和とそれをよぶ。
薬師寺 東塔 1
(薬師寺 東塔)
おそらく、日本が世界に誇りうる塔であろう。この塔の特徴は、何よりも裳層(もこし)である。三重の塔の各階ごとに裳層がつけられている。裳層は、本来ひさしであり、本屋を保護するためのものであろう。しかし薬師寺の場合は、ただの保護のためのものではない。この裳層が、この塔の安定感と優雅性を強めている。
もし裳層がなかったら、この塔はどうなっているのか。どうにも、それは、淋しいものになったにちがいない。何か、内面が欠けているような、ひとりの淋しい男がひょろ長く立っているような印象を与えるに違いない。裳層があるために塔は充実している。そしてその充実感は、本来の屋根の下より、裳層の下の方が強いのである。なぜならそこに、人が登り、回ることのできる、手すりのついた廊下があるからである。つまり、人が歩くことのできる手すりつきの廊下は、二重の屋根におおわれている。それは本来の屋根と裳層との二重の屋根の下にあるが、直接には裳層の下にある。
この裳層は、日本の塔のみにあるものである。裳層は、日本の発明である。この裳層は、建物に複雑性と充実性を与えるばかりではなく、安定性をも与えている。薬師寺の塔を見て、われわれの眼に飛び込んでくるのは、やはり横線である。本来の屋根と裳層との二重の屋根の横線が、まず眼に入る。そして手すりの線、この多くの平行線が、何よりもこの建物に安定感を与えるのである。
西洋の塔は、ちがう。西洋の塔は、何よりも高さへの意志をあらわす。高さへの意志をあらわそうとする西洋の塔は、何よりも縦線を強調する。見る人に、この建物が天上高くのびてゆこうとする意志を、はっきり示さねばならない。塔は、本来、高さへの意志を表現するものであった。しかもそのその高さへの意志は、同時に、権力の象徴であった。もう一ついえば、それは、宗教によって聖化された権力の象徴であった。
しかし、この薬師寺の塔はどうか。それはたしかに高い。しかし、それはほとんど高さを感じさせないのである。そして、高さよりむしろ、それは安定を感じさせるのである。
私は最近、ある塔へ昇った。昇ってみて、私は、塔を支えるものは、たった一本の柱であることを改めて感じた。『日本書紀』が、塔のことを「刹柱」といった意味を、改めて感じた。しかし、日本の塔の場合、この柱は外から隠されている。つまり、大地に根をはりつつ、空中高く飛翔する一本の柱の意志は、ここではたくみにかくされている。そしてこの薬師寺の塔の場合は、その大きな柱の意志を、多くの曲線によって、いっそう目立たなくさせているのである。そして、そこで支配するのは、高さへの意志ではなくて、安定である。高きもの、偉大なるものの安定した姿である。
裳層は、おそらく、安定の感をますためにつけられたのであろう。日本人は、むやみに高いものを愛しはしなかった。たとえば、山にしても、古代日本人が愛した山は、三輪山や、天の香具山の例が示すように、傘形の安定のとれた山である。むやみに高い奇妙な形の山には、神が住むことができなかった。同じようなことが建物にもいえるであろう。高さへの意志を表す塔にさえ、裳層をつけて、平行線を強調しなければならなかった日本人には、やはり強烈な安定への意志が働いているにちがいない。後世、日本人が、城という高い建築物をたてた場合にも、余分な屋根を何重にもつけなければならなかったのである。
薬師寺の塔に中には、そういう安定への意志がある。そして、その点において、この塔ははなはだ日本的なのである。

なるほど。確かに東京スカイツリーは、高さを強調した「西洋の塔」という趣きがある。対して、東京タワーにはどっしりとした安定感を感じさせる「日本の塔」的要素を強く感じる。
東京タワー下からの眺め。
東京タワー 下からの眺め
で、こちらは薬師寺 西塔
薬師寺の塔
この安定感似ていると思う。
こういう視点で見ると、安定感を得られる東京タワーは「日本らしい塔」・和風的要素が含まれたいる塔だといえる。東京タワーが好きだという人の理由は、実はここにあるのではないかと思う。
同じような現代的な塔でありながら、片や「西洋的な塔・東京スカイツリー」と一方で「日本的な塔・東京タワー」、この対照的なものが同時代・同じ空間に存在していることが、面白い。
そう考えると、2つを一度に見ることができるというは大変贅沢なことなのではないか、そう思えてならないのだ。(あくまでも私の考えですが…。)


さて、この「塔」の本は面白いのであと2回くらい続けます。
これは資料5となります。
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