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物語を物語る

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「怨念の日本文化 幽霊編」から。

物語を物語る

これは「資料8」です。
阿部正路「怨念の日本文化 幽霊編」(角川選書)から引用。
阿部正路「怨念の日本文化 幽霊編」

ここで引用していく箇所のポイントは、3つ。
1、日本の幽霊(霊魂)とは何か。
2、幽霊(霊魂)は目的をもって現れる。(目的を果たせば消える)
3、幽霊(霊魂)は現世の人々に語って欲しいということ。
「幽霊は、この世の人々に語りたい多くの〈言葉〉を待ち続けていたし、それをいつまでも〈語り〉続けてほしいと願いつづけていた。」とあるように、日本人の霊魂への鎮魂・供養の基はここにある。これが発展したのが日本の芸能である神楽や能や祭りにつながっていくことになる。
これは、過去記事 いま日本に必要なのは「ディズニーランド」でも「パンダ」でもない。「祭り」や「年中行事」「花見」こそいま行われるべきなのだ!の中で引用した 大村英昭「日本人の心の習慣 鎮めの文化論」と関連するものです。
では本書の引用。


幽霊とは何か
日本の幽霊たちは、実に様々である。そこに、明暗ともにきわまりない日本及び日本人の複雑な陰影の陰を見ることができるのである。
日本の幽霊たちに共通しているのは、それらが、すべて、〈一度は死んだものたち〉であって、もともとは、〈人間そのもの〉にほかならなぬものたちであったという点である。にもかかわらず、生きている間は不運に見まわれて、人間の世界から疎外されたものたちなのである。
霊界にあって、神でも仏でもなく、永遠に低迷しつつ、常に人間を恋しがっているもの。それが幽霊なのである。従って幽霊は、人間にもっとも遠く、そして人間にもっとも近い。
幽霊とは、この世の地獄を見たものたちである。この世の地獄を見た以上、それに執着し、この世に立ち返って、この世の地獄を取り除こうとしたものたちである。地獄とは、地下にあるべきはずのものであって、この世にあり得るべきものではない。にも関わらず、地獄がこの世に在る以上、生きながら地獄に落ちた〈わが身〉とともに、地獄はこの世から消え去るべきものなのである。幽霊は、地獄さながらの〈わが身〉をこの世に立ち返らせて、〈わが身〉を地獄に責め落としたものともどもに、地獄に立ち戻ろうと決意したものたちである。

幽霊の目的
この世に、恐ろしげな姿で立ち返ってくる目的はただ一つ。この世で果たせなかった恋を、そして愛を取り返し、あの世へ持ち帰ろうとするところにある。そのため、この世で凄惨な体験をしたものほど、一層、凄惨な姿でこの世にあらわれる。悲惨であればあるほど、執念が深ければ深いほど、幽霊は必ずあらわれる。
人びとは、死者とのつながりで幽霊を見る。幽霊は死者と切り離すことができない。だから幽霊は恐ろしい限りだが、時として無限にやさしく生者とのふれあいを求めて、あの世から立ち返ってくるものである。愛の奪還という目的をただ一つに置いて、それが果たされれば、静かに消えてゆくのが幽霊である。
筑波山の周辺に伝わる昔話である「頭白上人縁起」は団子屋へ毎晩二文銭をもって団子を買いに来る幽霊があるので、それを調べてみると、かつて殺された女が、藪の中の古塚の中で五歳にまで成長した子供を育てていたが、その子は陽にあたらぬため、頭髪が白かった。この子供がのちに高徳の上人となったというもので、これは、いわゆる〈子育て幽霊〉として同種の幽霊譚は、全国に拡がっているのだが、そこに日本の女のやさしさと、それを認めあった日本人の美しい心を見てとることができる。この場合、幽霊の目的は、明らかに〈子育て〉にある。〈子育て〉にある以上、その子が育ちきるまで、何度も何度もあらわれなければならないのである。いわばこの世の感謝を求め、それを受け取るためにあらわれる幽霊なのである。

〈四谷怪談〉の「お岩」は、「うらめしい伊右衛門どの。田みや、伊藤の血筋を絶やさん」といってあらわれる。末代までもその血筋を絶やそうとして立ち現れるのである。
斎藤別当実盛の幽霊は、討ち死にしてから二百七十年以上もたってから、供養してくれといって、この世の遊行上人の前にあらわれる。真実供養されるまでに、確かに〈うらみ〉が果たされるまで、何百年もの長い間この世に立ち現れるものも、また幽霊の動かしがたい目的なのであった。

盲目の琵琶法師が、更に不完全な耳しか持たないという哀れな話なのだが、幽霊が〈耳〉を欲しがるのは肉体を求めてやまないという一証拠にもなるだろう。更には、なぜ、幽霊が〈耳〉を欲しがるのだろう。そこにお経が書かれていなかったのでひきちぎったというのは、かえって、のちの転化を思わせるのであって、幽霊の目的はその姿を見せることよりも〈訴え〉にあることを意味する。
幽霊の言ったことならば、昔の人は信ずることができたのであると柳田国男はいう。
「幽霊が活きた人に話をする方法は、二通りあるものと考えられて居た。その一つは夢か幻かに現れて語ること。人が追々不実を説くようになって、そんな事を言っても信じない者が多くなったが、それでもなお真面目にこの方法によって、死者の口からある事実を知ったと思っている人が今でも居る。
第二の方法は口寄せという者の口を借りること。これも所謂知識階級こそは、有り得べかざることと考えているが、現在もまだ広く行われていて、それを聴こうとするほどの人ならば、全部でないまでも一部は信ずるに足と思っているのである」(「木思石語」「旅と伝説」昭和四年三月)という。さらには「幽霊は普通甚だしく饒舌なものだった」と付け加えている。
その理由を、益々詳しく且つ具体的に語ってくれぬと、聴く者が合点しなかったからだというのだが、幽霊は、この世の人々に語りたい多くの〈言葉〉を待ち続けていたし、それをいつまでも〈語り〉続けてほしいと願いつづけていたのである。
ために、幽霊は、しきりに、それを聴いてもらうための〈耳〉を求めつづけたのではあるまいか。にもかかわらず、幽霊の〈言葉〉など、〈聞く耳〉もたぬとするものに対して、日本の幽霊たちは、力をふりしぼって抗議したのではあるまいか。平家の幽霊たちに、「平家物語」を〈語り〉つづけながら、〈耳〉を奪われた「耳なし芳一」の姿に、幽霊たちの懸命の〈願い〉がこめられているように思われてならない。
そのことは結局、日本の幽霊たちが、単に〈目〉の領域のみに出現するのではなく、〈耳〉の領域にも深く関わっていることを暗示するものなのである。

 「頭白上人縁起」の話は「子育て幽霊」でWikipedia紹介されている。
それにしても幽霊って饒舌(おしゃべり)だ、というのも面白いなぁ。
成仏や鎮魂というものが日本独特の宗教観であることが「幽霊」によってもわかる。(元々、仏教では魂は輪廻するという考えだから、日本的成仏は独特な考え方である。)

さてさて、どんどん資料を重ねていきますよ。
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消えた二十二巻

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