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「継承の物語」その1 「ゴッドファーザー」 資料編12回目

物語を物語る

資料編 第12回目 「継承の物語」その1 「ゴッドファーザー」

映画やドラマを見ていると、「継承の物語」を発見することがある。
父から子へ、母から娘へ、師匠から弟子へ、権力者から次の権力者へ、王から王子へ、先輩から後輩へ、分かり易いところでは、老刑事から若い刑事へ、ベテラン医師から見習い医師へ、カンフーの達人から未熟な弟子へ、と多種多彩、様々なバージョンがある。
これがメインストーリーとして描かれることもあれば、別のサブストーリーであったり、また隠れたテーマとして描かれることもある。そういった視点で見ると、かなり多く見付けることができるだろう。
そこで継承されるものといえば、人生の教訓や処世術であったり、または権力の移行だったり、秘伝伝授といったものなど、これまた様々なものがある。
ただここで取り上げたいのは、「移行・継承」されるものが、技術や富や世代交代といった単純なものではなく、物語の根幹を成すような「大切な何か」(「何か」はそれぞれの物語によって違う)がしっかりと受け継がれていく物語に注目していきたい。
そして、これがしっかりと描かれたものを、私は勝手に「継承の物語」と呼んでいる。(検索しても出てきませんよ)
端的に一言で言ってしまえば、それは「魂の移行」、「魂の継承」だ、言ってもいいだろう。
資料編の第3回が「吉田松陰の魂はどこへ」(吉田松陰の魂は松下村塾生や桂小五郎へ引き継がれた)で書いたように、資料編は「魂」についてまとめています。

さてさて、「継承の物語」で最も分かり易いものは、「師匠と弟子」の関係だろう。
映画「ベスト・キッド」では、弱い男の子が空手の達人から学んだこと(受け継がれたこと)は、ただ空手が強くなるという技術だけではなかったはずだ。空手大会で勝利したことは、彼が大きく成長していく中での通過点一つにしか過ぎない。この男の子は空手を通じて師匠から「大切な何か」を受け継いだのだ。細かいことは省くが、それは映画を見れば容易に分かるはず。
また日本のドラマにも多くあるだろう。思いついたものを挙げれば、刑事モノで「踊る大捜査線」がある。いかりや長介演じる和久刑事と織田裕二演じる青島刑事の関係の中にも「継承の物語」がある。そこで継承されたのは、ただの刑事の心得や仕事術といった単純なものだけではないだろう。たとえこれ以降、いかりや長介・和久刑事が登場しなくても、青島刑事の警官としての姿勢に(人生においても)大きな影響を与えていること分かる。それは青島刑事が直接的なセリフを吐かなくても、それは十分に伝わってくる。そしてこれは深津絵里の恩田刑事にも受け継がれていることが分かるだろう。(映画版はクソだが、あそこには「継承の物語」がふんだんに盛り込まれている。)

また変形した「継承の物語」も提示しておけば、、ポール・ニューマン主演の「暴力脱獄」がある。ここでのラストでは、残された刑務所の囚人たちが、主人公の死を英雄的に語る場面で終わる。ここにもその「魂」が受け継がれていることになるので、これも「継承の物語」だといえる。
また、クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」も「継承の物語」である。ここで継承されたのは「アメリカ文化」とその「魂」であり、その象徴として米国車の「グラン・トリノ」が有効に使われている。これは次回以降。
これら次回以降まとめる「黒澤明の映画」や「スター・ウォーズ」といったものも最も理解しやすいものであろうし、一見何の内容もなさそうなアニメ「けいおん」も実は継承の物語である。(過去記事、「今日も部室でお茶を飲む。 「けいおん」は奥が深い!」 詳細は次回以降)

では、今回は「ゴッドファーザー」を取り上げてみましょう。
「ゴッドファーザー」はまさしく父から子への「継承の物語」と言えるでしょう。
そのことが良く書かれている「ゴッドファーザー」の本から引いてみます。
ハーラン・リーボ著「ゴッドファーザー レガシー」から
ゴッドファーザー ハーラン・リーボ著
「スクリプト・ドクター」という章をそのまま書き起こす。
以下引用。

ロバート・タウンは、全編中、最も重大な場面の脚本を、わずか一晩で改訂しなくてはならなかった……。「あれほど追い詰められたことはなかった」

5月の終りには、主要なシーンの撮影はほとんど終わっていた。屋外で行われる結婚式、頼みごとに耳を傾けるドンの姿、“馬の首”、ウォルツの撮影所を訪れるヘイゲン、そしてマイケルがファミリーのドンとして初めて会談を行うシーンなどは、問題なくフィルムに収められた。
ブランドの撮影もスムーズに進行した。しかし彼を撮影するために残された時間はわずかだった。ブランドの都合による中断を計算に入れても、彼の契約期間は6月の第1週目には終ることになっていた。
それまで、ブランド自身が問題になることは一切なかった。問題は、まだ撮影していない彼の登場シーンの脚本に、手を加えなければならないことだった。制作中に脚本のカギになる要素を絶えず修正してきたにもかかわらず、ビトーからマイケルへの権力の継承という、最も重要な部分には誰ひとりとして満足できていなかったのである。2人の登場人物の関係を完全なものにするためには、力強さと感情表現が不足していた。
(中略 修正前の脚本など省略)

この会話は、原作からほぼそのまま引用されたものだが、父と息子が互いに抱いている愛情や尊敬の念、そして世代間の権力の継承を充分に表現できていない。製作初期段階では、コッポラはさまざまな場面を即興で演じさせ、それによっていくつかのセリフを修正する時間があった。しかし監督としての作業に忙殺され、この最も重要な場面を書き直す余裕を失っていた。第三者の協力が必要なことは明らかだった、コッポラは、ロジャー・コーマンの下で働いていた時の仲間に助力を求めた。それはハリウッドで最も優れたスクリプト・ドクター(訳注 脚本校閲者。製作におけるあらゆる段階で脚本の手直しを請負う)として名高い人物だった。
(中略)
タウンは6月2日に撮影現場に到着した。そしていくつかの場面に対して多少の編集や追加などの修正作業を行った。彼は『ゴッドファーザー』の脚本に対して行ったスクリプト・ドクターとしての作業を、「大手術ではない、一部にメスを入れただけだ」と語っている。彼が手を加えた部分には、マイケルがソロッツォとマクラスキーの殺害を宣言する場面も含まれていた。
しかし彼の最も重要な任務は「権力の継承」の場面を仕上げることだった。「フランシスは途方に暮れていた」。タウンは語る。「原作では、ビトー・コルレオーネとマイケルの関係は解決していない。だが、彼はこの2人の場面を必要としていたんだ。口癖のように言っていたよ。<観客に、2人が愛し合っていることを分からせることを分からせたいんだ>ってね。だからといって2人が実際に愛し合っている様子を描いても、うまくいかないんだ」
他の場面に関しては、タウンの仕事は「一部にメスを入れただけ」だったかもしれないが、一連の権力の継承場面では大幅な変更を余儀なくされた。しかも、マイケルとドンのシーンの撮影は、タウンがニューヨークに到着した翌日に予定されていたのである。その次の日にはドンが死ぬ場面を撮影し、それでブランドの仕事はすべて終わることになっていた。予定が順調に進んだ時の話だが。
「あれほど追い詰められたことはなかった」とタウンは語る。「非常に緊迫した雰囲気だった。この映画があんなにヒットするとは誰も思っていなかったからね」。
これまでスクリプト・ドクターとしてタウンが手掛けてきたのは、脚本全体の改訂や再編集で、映画のカギとなるひとつの場面だけを修正するのは初めてだった。これは大きな危険を伴う作業である。
「普段やっているように、脚本を最初から最後まで書き直したわけではなかったんだ。その代わりに、まったく新しい素材を持ってきて、すでに書かれているものと矛盾しないように組み合わせる―――つまり、それまでに撮影されたものや、監督の考えをすべて理解している必要があった。なかなか興味深い経験だったね。普通なら監督と一緒に作業をするから、どう書けばいいのかもわかっているからね」
(中略 タウンが試写を見た後)
それからタウンはコッポラ、マーロン・ブランド、アル・パチーノに会って、この“権力の継承”に関する彼らの意見や登場人物の関係について尋ねた。「マーロンとアルからは多くのことを吸収することができた」とタウンは思い起こす。「特にマーロンからね。彼がドンに、自分自身を表現させようとしていることに気が付いたんだ……思慮深い頷きではなく、ビトー・コルレオーネの語りによってね。この映画のほとんどの場面で、沈黙が効果的に使われていた……登場人物の持つ力は、深い意味を持った沈黙で表現されていたんだ。けれども私が書き直すように言われた場面では、彼は実際に話してしまったんだよ」
タウンは、脚本に書かれていた親子の会話に、マイケルの将来を示唆するような要素を加える必要があった。微妙な権力の移行、愛情、尊敬、人生観の表現、そして親としての悔恨など――すべては暗黒街の陰謀や殺人といったプロットの陰に埋もれていた要素である。タウンは自分のアイデアを書き出したノートと元の脚本を手に取ると、一晩中書き続けて、完成したときには午前4時を過ぎていた。
ゴッドファーザー 継承2(「ゴッドファーザー」のDVDビデオコメンタリー・コッポラ監督の解説では「権力の移行」の説明が少しある。)

「私は権力の継承を表すシーンを書いた。その場面では、2人の男が互いに深い愛情を抱いていることを明確に表現した」とタウンは語る。「息子の将来に対するブランドの不安、権力を手放すことへの不安。息子に自分の役割を継がせることによる安心感と、自分が一線から退くことの寂しさ、こうした相反する感情がこの場面のカギとなるんだ」
「ドンは言う。<我々は注意深く見守る必要があるな>。するとマイケルがこう応えるんだ。<父さん、僕がやるって言っただろう?もうすでにやっているんだ>。ビトー・コルレオーネは心ここにあらずといった様子だが、それは一番下の息子には自分の地位を継がせたくなかったという気持ちの表れなんだ」
「シーンの途中で、2人の男は本当の意味で定められた運命を受け入れる。たとえ思いどおりではなかったとしても、それが指導者につきものの義務なのだ。ビトーはカップを渡さなければいけないし、マイケルはそれを受け取らなくてはいけない。その姿を通して、2人の男が深く愛し合っていることが伝わる。この映画の場合は、単純に愛情を表す描写よりも、はるかに効果的だ。まさに脚本とはそういうものだしね。ほとんどのシーンでは、主題を説明しないものなんだ」
場所はドンの庭に設定された。マイケルはラウンジチェアの端に腰掛け、父親の方に身を乗り出している。ドンは藤細工の椅子に深々とすわり、赤ワインを飲みながら果物をつまんでいる。

この場面は脚本の形式で記すと3ページほどの分量だが、行間を詰めれば1ページにおさまる。そしてスクリーンではわずか3分45秒だが、ドンがマイケルへの夢を語る、2分間近く続く感動的ショットが含まれている。
これほどまでに簡潔でありながら、タウンは傑作と呼ぶにふさわしい脚本を書き上げ、映画史上最も印象的な場面がここに誕生した。改訂された脚本に、コッポラの緻密な演出と、ブランドとパチーノによる卓越した演技が加わり、この映画の最も重要な瞬間を飾る、心を震わせる間奏曲が生み出されたのである。
たとえその名前が『ゴッドファーザー』のクレジットに登場しなくても、タウンの果した役割が忘れられることはないだろう。アカデミー賞の授賞式で『ゴッドファーザー』が作品賞にノミネートされた時流された映像は、この“権力の継承”シーンだった。そしてコッポラは脚色賞を受賞した際に、タウンに感謝の意を表した。「ボブ・タウンに感謝します。彼は、マーロンとアル・パチーノが庭で語らう非常に美しいシーンを書いてくれました」。コッポラはオスカー像を片手に、こう言った「あのシーンはボブ・タウンが創ったものです」
ゴッドファーザー 継承1(「ゴッドファーザー」のDVDビデオコメンタリーの中でも、コッポラ監督のよってタウンの名が出てくる。)

ビトー  「パルジーニがまずお前に仕掛けてくる。お前が絶対的に信頼する誰かを通して接触してくるはずだ。そいつはお前の身の安全を保証して、会合を手配するだろう。そしてその会合で、おまえは殺される」
(ドンは息をついてワインを飲み、マイケルに対して、自分に殺人が迫っているという状況について考える時間を与える)
「昔よりワインが好きになった。飲む量も増えたよ」
マイケル 「いいことだよ、父さん」
(ドンがグラスを見つめる)
ビトー  「どうかな……お前の妻と子どもたちは……お前は家族に囲まれて幸せか?」
マイケル  (うなずいて)「とても幸せだよ」
ビトー  「それはいい。ところで、私がバルジーニの件について調べても構わないかな」
マイケル 「ああ、構わないよ」
ビトー  「昔からの習慣でな。用心に欠かしたことがない。女や子どもは不用心でもいいが、男には許されんことだ」
(ドン、間をおいて)
「息子はどうだ?」
マイケル (微笑んで)「いい子だよ」
ビトー  「日増しにお前に似てくるな」
マイケル 「僕よりも賢いよ。3歳なのに、もう漫画が読めるんだ」
ビトー (にやっと笑う)「……漫画を読む、か」
(ドン、しばらく回想し、顔を上げ、何かを思い出す)
「かかってくる電話もここからかける電話も、交換手に全部チェックさせよう」
マイケル 「もう手配したよ、父さん」
ビトー  「誰が裏切ったとしても……」
マイケル 「父さん、それはわかっているよ……」
ビトー  「ああ、そうだったな。忘れていたよ」
(ドンは顔をしかめ、口ごもって顎をさする)
(マイケルが身を乗り出して、父親の膝を軽く叩く)
マイケル 「どうしたんだい?何か気になることでも?うまくやるよ。そう言ったよね――うまくやってみせるよ」
(ドンはためらい、しばらく考えをめぐらせる。やがて立ち上がり、目を伏せたまま、マイケルの座るラウンジチェアに向って歩き出す)
ビトー  「サンティーノが私の跡を継ぐと思っていた。フレドーは……」
(ドン、マイケルの座るラウンジチェアの端に腰を下ろす)
「フレドーは……そう……私は決して……決してお前にはやらせないつもりだった。私は一生を家族のために捧げた――弁解はしないよ。愚か者になることを拒否したのさ……大物の操る糸で踊らされるような愚か者には。今さら弁解はしない――だが……おまえの時代は……おまえは糸を操る人間になると思っていた。コルレオーネ上院議員とか、コルレオーネ知事とか……そういったものにな」
マイケル (顔を上げる)「別の権力者になるさ」
(ドン、息子に向き直る)
ビトー 「だが……時間がなかったな、マイケル……充分な時間がなかった」
マイケル 「大丈夫だよ、父さん。必ずそうなるよ」
(ドン、マイケルの頭をかかえ、キスをして、頬を軽く叩く)
ビトー 「ふむ。いいか、バルジーニとの会合の話を持ちかけてくる奴は――彼こそが裏切り者だ。忘れるなよ」
(ドン、立ち上がって溜息をつく。マイケルは椅子の背にもたれかかり、考え込む) 
ゴッドファーザー 父から子へ

以上。

実際に映画を見てみても分かるが、ここは一見すれば、アクションシーンもなく、男二人が語り合うだけのかなり地味なシーンと言える。(アル・パチーノとマーロン・ブランドの名演が見れますが)
だが、ここが「ゴッドファーザー」という物語において、最重要のシーンだというのは、監督のコッポラや実際にこのシーンを書いたロバート・タウンの話を読めばよく分かる。
「権力の継承」というテーマを直接的に語らせることなく、父から子へ「継承の物語」というテーマを表現していることになる。
そして父から子へ継承されたものが権力だけではなく、ここで「魂の継承」が行われていったことは明白であろう。(このシーンの後で、「父の死」の場面に続く。まあ、ある意味「死亡フラグ」でもある。)
それは、「魂の継承」は、続編「ゴッドファーザーPARTⅡ」でより鮮明になる。

さて、そこが重要な場面であることに気づかないこともあるだろう。そして説明されなければこれがこの映画の重要なテーマの一つである権力の移行のシーンだと思わないかもしれない。
ただ、ここをきちんと見ないと、軽率な観客は「ゴッドファーザー」もただのマフィアの暴力映画だということになってしまうのだ。(今でさえ名作と言われるが、当時はそういう批評も多かったという)

さてさて、映画やドラマやアニメをただボケっと見ていると、重要なテーマも見逃すこともある。そんな軽率な態度の、トンチンカンな評論家やプロを名乗る批評家が実際にいる。
案外こういうことは多いものだ。
一見、凡庸な物語の中にも、しっかりとした「継承の物語」が隠されていることがあるのだ。
実は、あれも……。

ということで、この「継承の物語」はしばらく続きます。
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消えた二十二巻

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