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「保守政治の本質」を説く中曽根康弘は新田一族の末裔です。

物語を物語る

平成23年8月14日 読売新聞のコラム「地球を読む」の元首相・中曽根康弘の記事が「保守政治の本質」について書かれたいい記事だったので、書き起こしてみました。
(菅総理の退陣など現在の政局の説明部分は省略)

菅首相退陣へ 国家なき市民主義の限界 歴史・文化背負う政権を

……そこで、菅政権を検証しつつ新内閣のあり方を考えてみたい。
菅政権を一言で表せば、「過去も未来もない政権」だったと言えよう。
菅政権の唱える「市民主義」とは、私たちの周辺を中心とした政権思想で、歴史や文化の伝統を背負った過去や、目標や思想を持った未来への挑戦にかけた政治思想である。
この「市民主義」なるものは、ややもすれば選挙目当ての狭小で迎合的な主張が主となり、国としての歴史や、文化との連続性がないという弱点がある。

「連続性」とは過去と未来のあいだに立ち、歴史と文化の裏付けとともに、いかにこの国の未来を切り開くかということであり、保守政治はそこに最も心を砕かなければならない。
民主党が国民より負託を受けた継承政権としての意義と意味は、まさしくそこにあった。
なぜならば、菅政権が認められた評価のゆえんは、小沢一郎、鳩山由紀夫両氏らと共に、永く続くことで国民に飽きられてきた自民党に終止符を打ち、新しい路線を築こうと政権を樹立し、二大政党主義への道を開拓したことにあった。
いわゆる憲政への常道を実践したわけだが、政権の実態は、といえば左右中立の同床異夢の者たちの寄せ集めであり、憲法改正に対する一致した見解を形成し得ない。民主党には、いまあ綱領すらない。つまり、雑居的性格から抜け出しきれていないのだ。
菅総理は保守党政治家にない柔らかさと、清潔さと、進歩性を売り物にして政権を保持してきた。だが、透視力や説得力に欠けるうえに当初の推進力が落ち、内閣に対する指導力、統制力は格段に落ちてきた。それは菅総理の国家論を持たない「市民主義」なるものの限界が露呈されたからであろう。
新総理は現状を立て直し、官僚組織を存分に駆使して、震災復興やエネルギー問題など、政治の遅れを一気に取り戻さなければならない。新内閣の下では本格的復興を裏付ける第3次補正が中心課題となるだろうし、言うまでもなく、原発事故による放射能や東電問題、エネルギーなどの対策を早急に講じなければ人心の安定はおろか日本の産業にも重大な支障をきたしてしまう。こうしたことに加え、国の歩みの中でのエネルギー政策の位置付けを明瞭にしなければならない。
しっかりとした方策と説明をもって一日も早く政治の信頼回復を図るべきであろう。
民主党政権には経験不足も手伝って政策や政権運営に対する周到さがない。とくに菅内閣は政治家や官僚や評論家や学者など、総理を補佐すべき人材が欠けている。脱官僚の掛け声のあまり、官僚を遠ざけ、その能力を十二分には活用しておらず、企画力、組織力、情報力が不足している。これでは内閣の能力も発揮できない。
その政治は得てして一過性、功利的、場当たり的になり、「過去」と「未来」とをつなぐ「現在」としての政治的継続性がない。このため、衆目を引く課題を次々と見付けだすことで、政権の延命を狙う「機会主義的」なものとなってきた。
新内閣は、内外の人材を集めて、活用すべきであろう。
外交と安全保障政策について、民主党政権、菅内閣は確たる成果をあげていない。
国としての歴史や文化を背負う気概も見えぬ。菅総理が昨年11月に横浜で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の会場で行われた中国の胡錦濤国家主席との会談の際、メモに目を落としたまま話す映像が報じられたが、これはそうした気概なき姿勢を示すもので、落胆とともに国民の記憶に残っている。
日米安保条約改定50年を経て、米国は日米同盟の強化に向け話し合いに応ずる構えであるが、日本側の態勢が全く整っていない。鳩山内閣では、沖縄基地問題の失言で国際社会から日米関係のありようを疑われ、菅内閣では尖閣諸島近海での中国漁船の領海侵犯、また日本領土の国後島へのロシア首脳の相次ぐ上陸など、日本の主権が侵害された。
これは民主党政権下で日本が弱体化したために起きたと言われている。
日本首相の内政外交における毅然たる信念と強さ、かりそめにも主権侵害を許さないという愛国心の強烈さ、国民の首相に対する信頼度が外国の対日政策決定の基本にあることを忘れてはならない。
2012年、中露など日本を取り巻く国々で首脳が交代、再選の時期を迎える。日本外交はこれを見据えて外交の立て直しを図らなければならない。自民党政権の外交路線との継続性、整合性を図りつつ、内閣として民主党としての独自性を発揮する工夫と熟慮が求められよう。
安全保障を含めた危機管理について言えば、自民党は長い政権の過去から学んできたが、民主党はあらゆる危機の可能性を研究し、事前の準備を怠りなくする必要がある。「市民主義」を超えた理想と政治理念が必要となる。
国会議員の任務は、国家の運営をあずかることである。国家にはそれぞれ固有の歴史や伝統の個性があり、世界の中でその個性に立って諸国家、諸国民とともに世界の繁栄に貢献しなければならない。そして、国家に生きる市民は国家の歴史や伝統から遊離した存在ではない。
国務を担当する政治家の主張が市民生活にのみ焦点を当て、背後にある国家や国民を蔑ろにしては本務に反する。居住地域を大切に生きるという意味で「市民」という言葉を用いるなら結構なのだが、首相の言動に歴史や文化の背景が伴わないのでは迫力を欠く。首相は、一国の歴史や文化を背負った存在なのだ。
菅政権を通し、民族や国家の流れを無視した形での、いわゆる歴史的実験ともいうべき「市民主義」の意味が明らかにされ、国家の統治原理としては甚だ不十分である事が示されてきた。
次期政権は、この教訓を生かさなければならない。

「保守政治」の本質を突く部分を太字にしてみました。簡単に言ってしまえば、「市民主義」=サヨク思想であり、この思想を持つ政治家(政党)が政権の中枢を担うことの悲劇を説いているのだ。
歴史・文化・伝統というものを軽視した政党が、この国を破壊しようとしているとしか思えない悪行の数々は枚挙に暇もない。
首相が変わっても民主党政権である限り、この本質は全く変わらないということだ。

それにしても、こういう記事を読むとどうしても三島由紀夫を思い出してしまう。日本文化の連続性や歴史・文化・伝統を守ることが、日本を守るということは、中曽根康弘のこの記事に共通するところ。
過去記事
守るべきは日本文化! サブカル好きもポップカルチャー好きも、神社に集う歴女もアニオタも、みんな三島由紀夫が命に代えて主張したことを聴け!

やはり中曽根氏は新田一族の末裔だから「保守」なのです。
過去記事 中曽根康弘は新田一族の末裔である。
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